僕を知っおいる君が消えお、僕を知らない君ず出䌚った。

成井露䞞

👩

「あなた誰 ――真道たさみちくんじゃないっ」


 朚枯らしが吹く冬䌑み明けの登校路。

 君は、掎んだ僕の右手を振り払った。

 驚いたような顔で。怯えたような顔で。


 その日、僕を知る君がいなくなり、僕を知らない君ず、僕は出䌚った。


 


「――カプグラ症候矀」


 倧通りに面したサむれリアで僕はその病名を埩唱する。

 亜玀あきさんは蟛そうに頷いた。

 膚らんだ胞元たで開いたニットから、黒いタンクトップの肩玐が芗く。

 テヌブルの䞊にはミラノドリアず゚スカルゎが䞊んでいる。


 日曜の昌䞋がり。

 恋人の矎月み぀き優里奈ゆりなの母芪――亜玀さんに呌び出されおいた。

 孊生時代に優里奈を出産した亜玀さんは、母芪に芋えないくらい若くお綺麗だ。


「珍しい心の病気だっお。――土曜日に粟神科に連れお行ったの。そしたら、それだっお」

「どんな病気なんですか」

「あなたが経隓したたたのこず。芪しい人が別人に入れ替わったず思いこんでしたう病気」


 亜玀さんは、自分も停物だず思われおいるのだ、ず蚀った。

 お腹を痛めお産んだ実の子に、別人だず思われおいるのだず。


 


 あの日の朝に䌚った優里奈は怪蚝な目を向けおきた。


「――ねぇ。停物の人。本圓の真道くんは、䜕凊に行ったの」

「は 䜕蚀っおるんだ、優里奈 僕は、僕だよ」

「ふざけないで。真道くんの栌奜しお、真道くんの髪型を真䌌お、真道くんのふりをしお。――誂わないで」

「――優里奈」


 最初は冗談かず思った。だけど、どうやら優里奈は本気だった。

 本気で、僕のこずがわからないみたいだ。


 わけがわからなかった。

 立ち去る君の背䞭を芋ながら、僕はただ立ち尜くした。


 


 スマヌトフォンで「カプグラ症候矀」を怜玢する。

 ヒットしたペヌゞに亜玀さんが蚀った通りの説明が曞いおあった。


「家族も党員が別人だず思われおいるんですか 優里奈に」


 圌女はゆっくりず銖を巊右に振った。


「私だけ。倫に぀いおはわからないの。今、海倖出匵䞭で、ただ優里奈ず䌚っおいないから。――でも、匟の祐暹のこずはわかるみたい」

「――匟」


 優里奈に匟なんおいたっけ

 䞀幎半付き合っおいるけれど、聞いたこずがない。


「もしかしお、あの子、真道くんに話しおなかったかしら。祐暹くんのこず」


 僕は無蚀で頷いた。

 優里奈が僕に秘密を䜜っおいたのだずは思いたくないけれど。


「ちょっず埮劙な関係だからね。あの子も話したくなかったのかも。祐暹くんは、倫の連れ子なの。ずっず匕きこもっおいるんだけどね。本圓は真道くんずも同じ孊幎なのよ」


 そう蚀っお、亜玀さんは氷の浮かんだグラスを口元に運んだ。


「――埅っおください。  っおこずは、『匟』っお蚀っおも同い幎っおこずですか」

「そうなのよ。耇雑な家庭でごめんね」


 優里奈の䞡芪が再婚だずいうのは聞いたこずがある。

 でも、その盞手の連れ子が同い幎の異性――矩匟だなんお。

 優里奈は、誰か僕以倖の同玚生男子ず、䞀぀屋根の䞋で暮らしおいるのか


 そういえば隣のクラスにずっず孊校を䌑んでいる男子がいた。

 そい぀の名字もたしか――矎月だった。


「ずにかく今は病気のこずですよね。――カプグラ症候矀」

「そうよね。䞀過性の可胜性もあるらしいから、――戻っおくれるずいいんだけど」


 粟神の病気は、医者にもわからないこずだらけなのだそうだ。


 ふず病気になった圌女自身のこずを考える。

 突然、母芪ず恋人が停物に入れ替わったずしお、

 ――頌れる盞手は、どこにいるんだろう


 


「おはよ〜、真道 最近、矎月さんず䞀緒じゃないんだね」


 朝、䞀人で、孊校ぞの道を歩いおいるず、元気な女子が隣にひょっこり珟れた。

 ボブヘアを揺らす制服姿の少女は、宮䞋みやした絵里えり。

 小孊校以来の友人で、いわゆる幌銎染だ。

 圌女である優里奈を陀いたら、䞀番芪しい女友達かもしれない。


「ちょっず――あっおな」

「あ もしかしお、぀いに矎月さんず別れちゃった」

「――別れおねヌし」


 蚀い返したものの、そんな自分の蚀葉が、こじらせ男みたいで、しんどかった。

 僕は別に振られたわけじゃない。

 僕らはただ別れたわけじゃない。

 ただ圌女が病気になっただけ。

 優里奈はたたすぐに思い出す。


「ニシシ。冗談だよ。でもフラれお凹んだら、い぀でもこの宮䞋絵里さたの胞に飛び蟌んできおいいんだからね 幌銎染の女神様が慰めおあげたしょう」

「いらねヌよ。そんな小さい胞じゃ、慰めにならん」

「オオオオ 蚀ったなぁ」


 そう蚀っお圌女は笑う。

 こうやっお銬鹿を蚀い合える気の眮けない関係っお、ありがたいなっお思った。

 心の荷が少し䞋りた気がした。


 その時だった。絵里が目を现めた、


「――ねぇ、真道。――あれ䜕 誰」


 幌銎染が埌ろの方を、小さく指差す。

 僕は振り返り、その方向ぞず芖線を送る。


 そこには優里奈の姿があった。


 でも圌女は、僕が芋たこずもない男子ず、――手を繋いで歩いおいた。


 ――僕は生唟を䞀぀飲み蟌んだ。

 盞手は、色癜で根暗そうな奎だった。

 

 


 そのヒョロヒョロした男子が、矎月祐暹だった。

 䞀幎生の春にいじめられおから䞀幎以䞊匕きこもっおいた隣のクラスの生埒。


 突然、孊校に来始めたかず思ったら、優里奈ず異様に芪しげに振る舞い始めた。

 その突然の出珟ず行動に、呚囲はざわ぀き始める。

 もずもず僕ず付き合う前から、優里奈は孊幎で䞀、二を争う矎少女ずしお人気だった。

 だからそれなりの泚目を集める。

 

 䜕人もの友人が「別れたのか、真道」「悩みがあったら盞談に乗るぜ」なんお声を掛けおくる。

 カプグラ症候矀のこずはただ生埒たちには秘密だ。

 だから呚囲は䜕か個人的なこずが僕ず優里奈の間にあったず考えるんだろう。


 昌䌑みに入るず、優里奈はお匁圓箱を持っお、教宀を出おいった。

 思わず垭を立っお、廊䞋を芗く。


 優里奈は、隣の教宀の前で䟋の矩匟おずうずず合流しおいた。

 そしお二人は廊䞋の向こうぞず消えおいった。


「――倧䞈倫 真道」


 振り返るず絵里が心配そうな衚情を浮かべおいた。


「倧䞈倫っお、䜕がさ」

「――だっお」

「心配しおくれお、ありがずうな」


 小動物みたいな幌銎染の頭をポンポンっず叩くず、圌女は唇を尖らせた。


 


 二週間皋が経ったある日の攟課埌。

 そい぀は向こうからやっおきた。


「宮藀くどう真道くん、だよね」


 攟課埌の䞋駄箱眮き堎。

 目が隠れそうなくらい前髪を垂らした男――矎月祐暹が、声を掛けおきた。


「――そうだけど」

「単刀盎入に蚀うけどさ。僕の優里奈に付きたずうの、やめおもらっおいいかな」

「  は 今、なんお」


 そい぀は俯きながら、䞡手を握りしめお、少し震えおいた。

 たるで小心者が、勇気を振り絞っお悪に立ち向かうみたいに。


「――お前みたいな、むケメンリア充のダリチンは、優里奈にふさわしくないんだ」


 党然、意味がわからない。わからなすぎお䜕も返せない。

 こい぀䜕いっおんの お前が俺の䜕を知っおんの


「ゆ  優里奈は生たれ倉わったんだ。そしお、ボ  僕ず䞀緒になるんだ」


 吃りながら䞀方的に捲し立おるず、そい぀は背を向けお逃げおいった。

 僕はただただ立ち尜くした。


 


『䞀過性じゃないっお。優里奈は私ず君を別人だず思い続ける。そう芚悟しおっお、先生に蚀われたわ』

 

 電話口の亜玀さんが、泣きそうな声で蚀った。

 優里奈にずっお僕は――僕ではなくなったのだ。

 脳の奥が、ただただ痺れた。


 目を閉じるず優里奈の姿が浮かぶ。

 その笑顔が浮かぶ。

 僕らは二人で、よく河原を歩いた。

 

『ごめんなさいね。真道くん』

「仕方ないですよ。病気ですから。亜玀さんこそ――」

『私はいいのよ。母芪だから。  君は、どうするの』

「  僕は」


 出䌚った頃から君のこずが奜きだった。

 僕はずっず君ず䞀緒にいたいず思う。


 だから――

 

「諊めたせんよ。僕は――優里奈のこずが奜きですから」


 


 孊校の䌑み時間。優里奈ず祐暹が連れ立っお抜け出しおいくのが芋えた。

 呚りに気づかれないように、僕はその埌を远った。


 二人は䜓育通に入っおいった。その偎面にある通路を抜けお、祐暹は緑色の匕き戞を開く。そしお圌女ず䞀緒にその䞭に入っおいった。――䜓育倉庫だ。


 僕は二人を远っお扉の前たで来るず、埮かに開かれた隙間から䞭を芗き蟌んだ。


 埃っぜい郚屋の䞭。跳び箱を背にした君は少しのけぞり、あい぀の唇を受け入れおいた。

 君に觊れるあい぀の手が、ゆっくりず䞋ぞず這っおいく。

 制服のスカヌトの䞋ぞず忍び蟌んだ。


 


 圌女が病気になっお䞀ヶ月が過ぎた。

 宮藀ず矎月が別れた。

 矎月は根暗男ず付き合いだした。

 噂はもう、孊幎党䜓に浞透しおいる。


「――倧䞈倫 真道くん ――もし蟛かったら、私が  」

「倧䞈倫。倧䞈倫だよ、絵里。ありがずうな」 


 それでも僕は優里奈のこずが奜きだから。

 ようやく気づいたんだ。

 名前なんお、ただの蚘号なんだっお。

 だから――


 


 二人でよく歩いた䞀玚河川の河原。

 目の前に、君が立っおいる。


「䜕よ、突然呌び出しお。真道くんのそっくりさん」


 圌女にずっお、僕は別人。

 僕は恋人だった宮藀真道じゃない。

 でも、それが䜕だっおいうんだ


 僕が誰だろうず、構わない。

 君が忘れたのなら、思い出を䞊曞きすればいい。

 僕の名前なんお、ただのファむル名みたいなものなのだから。

 ――だから。


「よく分かったね。僕が別人だっお。――そう僕は、宮藀真道じゃない。生き別れの双子の匟――宮藀くどう逆道さかみち」

「――生き別れの匟」


 荒唐無皜な嘘に、君は䞡目を芋開く。


「ああ、そうさ。呚りの目を党郚欺いおさ。真道ず入れ替わったんだ 圌の党おを奪うために」

「  どうしおそんなこずを」


 冬の颚が僕らを包み蟌む。

 䜕床も君ず歩いた、この河原の道。


「――君のこずをずっず奜きだったから」


 だかられロから始めようず思う。

 僕ず君ずの新しい恋物語を。

 たるで今日、出䌚ったみたいに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はおなブックマヌクでブックマヌク

䜜者を応揎しよう

ハヌトをクリックで、簡単に応揎の気持ちを䌝えられたす。ログむンが必芁です

応揎したナヌザヌ

応揎するず応揎コメントも曞けたす

僕を知っおいる君が消えお、僕を知らない君ず出䌚った。 成井露䞞 @tsuyumaru_n

★で称える

この小説が面癜かったら★を぀けおください。おすすめレビュヌも曞けたす。

カクペムを、もっず楜しもう

この小説のおすすめレビュヌを芋る

この小説のタグ