ランクを回す日常の為に

 アーティファクト・ドールの娘の手によって撃破されると、プレイヤーのリアルの肉体に害があるかもしれない。

 だからエリカさんとリゲルさんを心配したのだが、Twitterを開くと通知が二件来ていた。

 オレは僅かな期待を込めて送信主を確認してみる。


 すると、送信主は期待通りエリカさんとリゲルさんだった。

 二人のアカウント名を見て、オレはかなりホッとした。

 汗で湿った指をTシャツの裾で拭き、先にエリカさんからのメッセージを開いてみる。

『佐藤さん! ネーブルどうなった!? 佐藤さんは撃破されてないよね!?』

 文章から考えるに、エリカさんの身は当たり前のように無事なようだ。次にリゲルさんのメッセージを読んでみると、

『私はアーティファクト・ドールに倒されましたが、”イノウエ”さんのように気を失ってはいなかったです。佐藤さんも無事だったら、連絡をください』

 と書かれていた。

 二人とも話したいことが多そうだから、それぞれとやり取りするよりは、オレを含めた三人で集まったほうが良さそうだ。

 そこでオレは、二人に”アーティファクト・バトル・ドールズ”内で新しいキャラクターを作ってもらい、序盤の街で話すことに決めた。

 ネーブルのダンジョンに散乱した二人分の高額アイテムを回収してきているので、それらをオレの所持品枠から無くしてしまいたいし、早めに二人に会っておきたい。


 二人にゲームの再スタートしてほしいと頼み、集合時間も伝え、オレ自体は近くのコンビニまで行くことにする。


□■□


 ––––深夜帯の外出は心が安らぐ……。

 ゲーム内のBGMは当然聞こえず、銃声などの物騒な音も聞こえず、人間の姿もない。夏の夜の独特な匂いを意識ながら、少し考え事をする。


(恵梨香さんからの依頼、これからどうするかな)


 もう何度目になるかもわからないくらいに考えたけれど、現状のままずるずるとアーティファクト・バトル・ドールズというゲームを続けるのは微妙だ。

 そもそもエリカさんの兄”マミヤ”が寝たきりになったのは、アーティファクト・ドールの娘に敗北したからであり、今後もあの特殊なAIとのバトルを続けなければならないとすると、やっぱりオレ自身や周りの人間(今回はエリカさんやリゲルさんだった)の安全が気になる。


(やっぱこのままじゃ厳しいよな。イノウエが目覚めなかったら、あいつのPCを借りれないから、最終的には自分の体で試すハメになりそうだし)


 状況的には色々詰んでいて、エリカさんから提示されていた1,000万円は諦めた方がいいような気がしている。

 こんな半端なことになるくらいだったら、前々からやっていたFPSゲームを更にやり込み、プロゲーミングチームに再び声をかけてもらう機会を狙うべきだったのかもしれない。


 コンビニから戻った後、エリカさんにどう言ったもんかと悩みながら歩いていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。

 エリカさんかリゲルさんから連絡が来ているのだろうか?

 

 しかし、通知を示す数字のマークがついているのはTwitterではなく、discardの方。もしかすると別ゲーのフレンドからのメッセージなのかもしれない。


 一応アプリを開いて内容を確認してみると、予想外の人物のアイコンが目立つところに表示されていた。


「え゛っ!? 嘘だろ、イノウエ!?」


 本物かどうか疑ってしまうのは、さっきまでイノウエと双子プレイをしていたネーブルと戦っていたからだ。

 そのネーブルはさっき倒したはずだし、ゲーム外まではAIが接触してくることはない……、と思われるけれど、心の準備をしておく。


(な……、何が起こっても驚かないぞ……、もう心臓の音がやかましいけど)


 出来るだけ体からスマートフォンを離した状態で”イノウエ”らしき人物の書いた文章を読んでみる。


『おいすー! 久しぶり。父親から聞いたんだけど、超絶美女と一緒に俺の見舞いに来てくれたんだって??? やっぱ日本一の男は付き合う女のレベルも違うんだな!』

「うぉぉ、これ本物のイノウエだ。てか、倉科さんとの関係を勘違いしてるのか」


 井上教授とのやり取りの内容など、ネーブルが知るわけがない。

 だからこいつはイノウエだと分かるるわけで……、なんというか、ようやく超絶ストレスから解放されるような感覚になった。

 一生目を覚まさないかもしれないと覚悟していただけに、上手い返事が思い浮かばない。

 その間に、井上から次のメッセージが入ってきた。


『俺のPC貸してほしいんだって? サブPC持ってるから、すぐに貸せるよ。ただし神絵師のエッッッな画像が入ったままだけどっ』


「コイツ相変わらずだな。エロ画像は別に移動させるか。その後借りた方がいろんな意味で安全そうだ」


 リゲルさんこと倉科さんに調べてもらえば、何かしら判明し、1,000万円が手に入るかもしれない。ようやく未来がひらけたような気分になり、自然と口元が緩む。


「えーと、返事返事……」


 家の前で止まって打ったのは、なんの面白味もない文章だ。


『じゃあPC貸してくれ。それから、明日の夜あたりからランク付き合ってくれ』


 流石に一つのゲームをやりすぎてウンザリしてきた。

 こういう時は別のゲームで口直しするに限る。

  



 

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