宇宙からの帰還Ⅱ(KAC2022:⑦出会いと別れ)

風鈴

再会

「これ、見てくださいよ」


 いつも着けてる特殊メガネを外し、幸田哲郎こうだてつろうは、難し気な顔をした。

 この幸田は、僕の宇宙船での同僚、若菜純菜わかなじゅんなの甥だ。

 彼は通信、機械制御関係の最先端技術を研究している技術者である。

 今や、各家庭、いや建物全体が世界とのネットワークを持ち、その有機的な機械制御技術により、セキュリティーや防災、娯楽、家事、医療、ネットショッピング、教育、行政サービスなどを提供している。


「うん?どうしたんだ?」

 そう返事をしたのは、僕こと、八条達也はちじょうたつや

 元、天才科学者。

 地球年齢88歳だが、実年齢は30前だ。


「不自然じゃないですか?これ、いわゆるカメラ目線ですよね?そして、音声も再現できたんで、これを聞いてください」


『愛してるよ、アカリン!』

『私も、ミッチー!!』

『あんな童貞のヘタレなんかより、オレで良かっただろ!ほら!!』

『あん、もう、アイツのことなんか忘れたわ。顔なんて、イカ臭い顔だったし』

『おまえ・・うははは・・もっと言ってやれ!なんか、昔はよく、アイツをダシにして、燃えたよな、オレ達。まだ、そんなプレイで・・燃えることが出来るなんて・・うん・・うっく・・くおっ!』

『あん・・あんっ・・えらぶってたわね、昔から・・でも、私が居ないと何にも出来ないお子ちゃまだったわ・・はあ・・あん』

『くふふふ・・そう・・お子ちゃまだよ、アイツは!アソコもな!・・くっふふ・・』

『キスも下手で・・誘っても・・女の子のこと、全然、わかってないヘタレだったわ・・居なくなってよかった・・帰ってきても会わないでしょうけど・・あはん・・ああ~~ん・・もっと~~』


「切ってくれ!!」

「はいよっと!でも、こんな話をしてるところって、タイミングよく録れるとか思います?」

「まあ、それはそうかもしれないが・・・」


「イカ臭い顔って?ふふふふふ・・・」

 こう言ったのは、若菜だ。

 セミロングのヘアーに、大きめのムネが笑う度に揺れる。


「どんな顔だよ!って、こんな顔だよ!」

「うんうん、それで童貞って?うふふふ・・・」

「くっ、自分はどうなんだ?知ってるぞ、処女だろ?」

「ば、ばかな事言わないでよ!っていうか、乙女に向かって、何てこと言うのよ!」

「だから、乙女って・・・」

「へらへらしないの!」

 こいつのアホ発言で、この場の何とも言えない雰囲気が救われた。


 ―――――くそ、でも、ちょっと冷静になれたかな。昔よりも綺麗になったな、朱里!アカリンとかって、いいおばあさんのクセにな、ははは・・ちっ!


「もう少し、データが欲しいな。引き続き、朱里をマークしてくれ」

「でも、もし、これが罠ならどうします?」

「そうよ、タツヤ、あなたの調べてるのは、ヤバいヤツよ」

「わかってる。、何らかの接触があるハズだ。ここはセキュリティーが万全で、これを見ている僕の顔がわからないだろ?」


「えっと、それって、どういう意味?」


「あいつは僕に、朱里を自分のモノにしているのを見せつけたいのさ。そして、それを見た僕の顔を、どうしても見たいってことだよ」


「変態ね」


「ああ、あいつは変態だ。だが・・もっとデータが集まってからだな」

 僕は、幸田に指示を出し、ある程度のクレジット(世界共通通貨)を渡した。


 **

「あなたが、ケレスさん?」

「はい、あなたがアカリンさんですね?」

「ええ、お会いできて嬉しいわ」

「こちらこそ、とてもお綺麗ですね」

「まあ、そんなこと。あなたも、ステキよ」


 朱里は、昼間は違う男性と出会い、身体を重ねていた。

 浦路うらじだけではないのだ。


 ――――なぜ、何度もそんな事を繰り返すのだろう?そういえば、あいつ(妹)も、デートがあるからとか言ってたよな。


 疑問は、そこから始まった。



「あっ、あっ、イイ・・・えっ?もう?」

「ごめん、君がとても素晴らしかったから」

「ヤダ、もっとがんばって!」

 そう言うと、2回戦が始まった。

 そして、3回目が限界だった。


「もう、限界だ!それにしても、スゴイね、アカリンは!」

「クスリ、使えば良いのに?ケレスって、珍しい人ね」

「ああ、ごめん、そういうの、慣れてないから。経験が少なくて・・ごめんね」

「うふふふ、いいのよ、だから君にしたんだから。とっても新鮮だったわ」

「そうかな~、でも僕、アカリンみたいに、上手くリードしてくれる人を探してたんだ。次もアポ取りたいんだけど?」

「うふふ、いいわよ。そうね、予定は・・・・・・」


 朱里は、人工知能を呼び出し、スケジュールを尋ねる。


 ――――――こいつ、こんなにセフレが居るのかよ?


「また来週の、今日のお時間に、今度はここのエントランスへ来て下さらない?」

「ああ、じゃあ、次まで、持続力を高めておくよ」


 **

「ケー、レー、スくん!どうだった、初めては?」

「ちっ!なんだよ!まさか、見てたんじゃないだろうな?」


 そう、僕は、なんちゃってコスプレをしていた。

 それは、アニメヲタクが開発した即席コスプレセットで、僕は宇宙船内で見たアニメのキャラに変装していたのだ。

 もう、そのアニメを知っている者は少ないだろう。

 そのセットというのは、マスクと目薬。

 マスクは、取り込んだ5D映像に合わせて、形が形成され、質感、匂い、汗腺、産毛に至るまで再現可能な代物だ。

 流石に昔のアニメなので、匂いとかは無いのだが、産毛とかアレンジ可能なのがスゴイ。


 そのマスクは特殊フィルムを使用しており、持続時間は半日だが、装着感に違和感がなく、偏光効果があり、緻密に細部まで設定可能なのだ。


 目薬は、目の色や毛の色を変化させる優れものだ。

 これも効果が半日。


 でも、一部のコスプレマニアやそういうプレイを楽しむマニアでしか使われていない。

 これは、設定が面倒で短時間の割に高価だからだ。


「上手くリードしてくれる人を探してたんだ、君がとても素晴らしかったから!うぷぷぷ」

「ちっ!セリフとか覚えるなよ!ふん、じゃあ、もう僕は童貞を卒業したから、純菜、今晩、うっ!イッテ―!!童貞はヤダって言ってたじゃないか?」

「はあ?なによ、キッモ!その態度、幻滅だわ!」


 ――――そうだ、これが女性の正常な反応ってヤツだろ?どうなってるんだ、この世界は?あの注射ひとつで、全ての事が変わったんだ。権力者は直ぐに飛びついた。最初こそ高かったが、広まれば広まるだけ安くなり、今はこの世界を統一する政府への忠誠と等価交換だ。まずは道徳的観念の転換による宗教の崩壊に始まり、無血的な世界統一。それに伴って、国家の枠、言語、法律、経済、政治、教育、道徳的価値観、民族的あるいは人種的なアイデンティティーなどの既存の観念や慣習、社会システム、生活全般に渡って、改変された。革命だよ、これは。そして、人類が手に入れたのは、平和とアンチエイジングと享楽。しかし、僕に言わせると、とても危うい。なぜなら・・・・。


「あ~~、なんでここのメニューに、お茶漬けがないのよ~!!梅干しも無いし、でも納豆が無いのが、一番の痛手だわ!」


「・・そうだな、納豆か、なっとうく(納得)だ!」

「・・なっとう、く・いたい・・」

「二人とも、いたいよ?つまんないし!それに、テツロウに変な事、教えないでね、タツヤ!」


「ちっ!ダジャレも無くなる文化なんか、許容できん!」

「親父が死語になって、名前で呼ぶようになったからね。お気の毒、ぷぷぷぷぷ」

「いや、純菜、そこは違うぞ。親父ギャグとかじゃなくて、これはダジャレだから!いや、そこじゃなくて、納豆だよ!」


「えっ?納豆が食べたいの?私もだけど?」

「僕も食べたいですけど?」

「いや、ナット―キナーゼだ!納豆については、アンチエイジングの観点からも研究されたことがあるんだけど、解明されていないことが多くある。血栓溶解作用とかは有名だけど、他にもあるハズなんだ」

「ちょっと、良くわからないんだけど?」

「いいか、納豆を禁止する理由がわからん。これを作ったら厳罰とかの理由が明かされていないんだよ」


 僕達は、アンチエイジングと言いながらも、既に歳を取っている状態から注射を打ち続けている人たちが死んでいっているのを確認し、その症状のデータを取っている。


 また、他にも、人体に注入するチクロイドXのデータを解析し、その成分や効果、副作用の情報を手に入れ、考察と検討を重ねていた。


 **

「あっ、あっ、あっ、うん、うん・・イイ・・イイ・・上手よ!うんむふぅ~~、チュパチュパ・・・・」

 熱いキスを繰り返し、お互いの身体を愛撫する。


「うん?これ?」

「あん、それ、モールトだわ、うふふ、始まったようね」

 モールト、つまりは脱皮。

 あのチクロイドXは、昆虫の酵素が主成分で、しかも細胞分裂を促進させるもの。

 そのため、新しい皮膚に置き換わる事が何度も起きるのだ。


「おい、どけ!」

「うっ!おまえは?!」


「あははは!ケレス、もとい、タツ!茶番は終わりだ!抱き心地はどうだった、おい?開発尽くしてやった朱里の身体は?」


「えっ?えっ?もしかして、たっちゃん?」

「ちっ!ここでお出ましか、ウラジミール!」


 達也は、マスクを取った。


「朱里、ただいま」


「!!!」(朱里)

「くくく、今更だな、タツ!ほら、朱里、いつものようにオレと!」

「ミッ、いや、うむぐ、じゅば、ちゅぶ・・」


「ぷはぁ!どうだ、タツ!朱里はもう、オレのもんだ!朱里、言ってやれよ、タツに、ほら!」


「うっ!ううっ!!」

「どうしたんだ、朱里!」

「はあ、はあ!!げほげほげほ・・・・」

 朱里は倒れて、肌がみるみる土気色になっていった。


「朱里!!朱里!!」(浦路)

「・・寿命だろうな。限界だったんだよ、もう!」


 朱里は、薄目を開けて、震える手を達也の方へ伸ばした。


 達也は、無言でその手を握る、あの時のように。


「・・お・・か・・・・」

 朱里の頬を涙が伝わって、流れた。

 それは、悔恨なのか、死の痛みなのか?


 再会し、また二人は、別れる運命になったのだった。


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