別れの後に出会いがある話

志波 煌汰

(完)


 根源的時空超越存在が、これ以上ないほどに泣いていた。

 そんなアルの様子を見て、横たわったまま私は笑う。

「もう。邪神がそんな顔で泣かないの」

「だってひまりぃ……」

 そっと震える手を伸ばし、私はアルの涙を拭う。しわくちゃの手にアルの涙が吸い込まれていき、本当に年老いたものだと実感する。

「もう、そんなに泣くくらいなら私を不死にしちゃえば良かったのに」

「そんなのお断りだって言ったのはひまりだろぉ……」

「……そんなこともあったわねぇ」

 既に遥か遠い記憶。確かにそんな会話も存在した。

 本当に、長い月日が経った。この邪神と出会ってから。

「泣きすぎて地球壊さないでね」

「そんなことしないぞ……ひまりとの思い出が詰まった、大事な星だからな……」

「ありがと」

 尚も泣きじゃくるアルの手をとって、私はゆっくりと口づけした。

「本当にありがとうね、アル。おかげで本当に楽しい人生だった。思い残すことはないわ」

「うっ……ふぅ……どういたしましてぇ……」

「最後に一つだけお願い。どうか笑って」

「ぞんなごど言ったってぇ……」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、邪神は涙を止めようと顔を拭う。

「分かってたけど、やっぱ辛いんだぁ……ひまりが死ぬのは……」

「もう……そんなんでこの先大丈夫かしら。心配だわ」

「だい、じょうぶ……!」

 アルは無理くりに歯を見せ、にっかりと笑う。

「この後、ひまりに会えるから。めっちゃ悲しいけど、わたしは大丈夫」

「そう。それなら安心だわ。それじゃあ、さようなら。私の大好きなアル」

「ああ。大好きな、ひまり」

 最愛の邪神の涙ながらの笑顔を見て、私は穏やかな気持ちで、もう開くことのない瞳を閉じた。



***


 春眠暁を覚えず。昔の人はいいことを言ったものだと思う。

 ただし、少しばかり不足がある。明け方じゃなくても、春は眠い。日差しの良い午後など特に。

 そういうわけで私こと時任ひまりは公園のベンチでハトを見ながら首をぐらぐらさせていた。夢の世界にダイブ寸前である。

「ひまりっ」

 そんな私の意識を覚醒させる一言がかけられた。

 後ろから? 前から? 横から?

 いいえ、正解は上から。

 ばっ、と顔を上げると友人の邪神がふわふわと浮いていた。

「日向ぼっこで寝落ちとか、おばあちゃんか?」

「……アル。そういうのは目立つからやめて」

 私がそういうと、アルは「はぁーい」と返事をし、くるくる回って地面に降り立つ。

 翻る銀髪がキラキラと陽光を反射して煌いて、本当に綺麗だなこの邪神は、などと私は思った。

 アルは、私の無二の友人で、邪神である。

 正確には根源的時空超越存在、とかなんとか言っていた。見た目は単なる(単ならない)美少女だが、その実超凄い存在、らしい。普通の中学生であるところの私にはその全貌は把握しきれていない。おおよそなんでも可能で、軽いノリでヤバいことを巻き起こしてくれちゃうので、私的にはこんなの邪神だろと思ってる。否定もされない。

 アルという名前は初対面の時に名前を聞いたところ「我は全てであり全てでない……ここにあり、かつどこにもないもの……」とか抜かしやがったので、めんどくさいから私が付けたものだ。なんか小難しいことを言っていたが、要するにここに『在る』じゃん! という意味である。雑ネーミングにもほどがあるが、なんかやたらに気に入られている。

 そんな訳の分からん存在かつ友人に、大きくあくびをした後尋ねた。

「なんか用?」

「ん~? ひまりが暇そうだから遊んであげようかと思って」

「偉そうな口聞いて。本当は自分が遊んで欲しいんでしょ」

「実はその通り!」

「素直でよろしい」

 まあ私も暇なのは本当だ。せっかくなので遊ぶのもやぶさかではない。特に当てもないので、とりあえず連れ立って歩き出した。

「それにしても、すっかり春ねぇ」

 私は鮮やかに咲く梅を見て呟く。そろそろ長袖もしまった方が良さそうな陽気だ。もうじき桜も咲くことだろう。

「もう少しで春休みだな! 夏休みや冬休みみたいに、いっぱい遊べるな!」

「そうね……」

 返事をしながら、私はつい遠い目をする。目ざとく気付いたアルが問いただす。

「どうした? 楽しみじゃないのか?」

「いや、春休みは楽しみなんだけどさ。その前に、卒業式が近いなぁと思って」

「ソツギョウシキ……」

 アルは初めて聞いた単語を咀嚼し、しばらくの間むむむ、と唸った後、ピンときた様子で顔を上げた。アカシックレコードとか言うのにアクセスして意味を調べたのだろう。Wikipediaみたいなものらしい。

「なるほど、卒業式か。寂しいのか?」

「仲のいい先輩が卒業するから、ちょっとね。遠くに行くわけでもないし、いつでも会えるけど」

 それでも、寂しいものは寂しいのだ。別れというものは。

「そういうものか……春は出会いと別れの季節っていうもんな」

 分かってるんだか分かってないんだか、そんなことを言うアルは「ところで気になったんだが」と尋ねてくる。

「どうして『出会いと別れ』の季節なんだ? 卒業式の後に入学式があるんだから、『別れと出会い』の季節じゃないのか?」

「あー確かに。でもそれはあれじゃない? 出会いの後に別れがあるから、じゃない?」

 私がそう返すと、邪神はぽかんとした顔を見せた。

「どしたん」

「出会いの後に別れがあるのか?」

「そだよ。何当たり前のこと言ってるの」

 アルは時々、こういう極々当たり前のことにぽかんとする。元々人間とは尺度が違う存在らしいので、そういうこともあるのかもしれない。

「出会わなきゃ別れられないじゃん。逆に言えば、出会えば必ず別れることになる」

「必ず!?」

 アルは酷くショックを受けた顔をした。

「必ずか!?」

「うん」

「ひまりともか!?」

「そうだよ。ずっと一緒にはいられないでしょ。だって私、いつかは死ぬし」

「シヌ……」

 またアカシックレコードに接続し、アルは今までで一番愕然とした顔を見せる。

「ひまり、死ぬのか!!???」

「そりゃいつかはね。アルは死なないかもしれないけど」

「嫌だ!!! 耐えられない!!! ひまり、不死にならないか!?」

 手足をばたばたと、駄々っ子のように暴れるアル。私はその申し出を「いやだ」ときっぱり断った。

「なんで!?」

「いやだってみんな死ぬのに私だけ生きてても……」

「じゃあ人類全員不死にする!!」

「そんなことをしたらめちゃくちゃでしょ」

 とにかく不死とかなしで、という私に、アルはそんなぁと泣きそうな顔を向ける。子犬かなんかのようだ。

「う~分かった、不死は諦める……でもひまりと別れるのは嫌だ」

「そんなこと言ったって」

「ので、今から因果律を書き換える」

「は?」

 は?

「出会ったら必ず別れなきゃいけないのが嫌すぎるから、逆にする。別れた後に出会えばいい。これで解決。ついでに死んだ後に生きるようにもする」

「は? いや、何それ、そんなこと出来るの?」

「出来る。わたしだから」

 出来るらしい。何がどうなるのか分からないけど。でもそれってやっていいの?

 私が戸惑っているうちに、アルは「何か」を始めていた。

 空中に手を伸ばし、「どこか」に手を伸ばし、それから……え、何やってるんだろうこれ。どう形容したらいいの。私の日本語じゃ説明できないんだけど。

 そうこうしているうちに、アルは「どこか」から手を引っこ抜いた。

「出来た!」

「やったの!?」

「やった!」

 やったらしい。何がどうなったのかさっぱりだけど。

 何か変わったかな……? と確認しようとするも、全然分からない。因果律書き換わるって何。

 戸惑う私の横で、邪神はんーっ、と伸びをする。

「これで安心。それじゃ、どっか遊び行こ」

「え、あ、うん」

 うーん、とりあえず大変なことになってないし、いいのかな?

 考えても仕方ないので、私は懸念をとりあえず放り投げる。

 しかし本当に何がどうなってるんだか……と横を見たところで、私はぎょっとした。

 アルが泣いていたからだ。

「な、なになになに、どうしたの!?」

「え、あ、うん? なんでもないぞ」

「なんでもないのにそんな号泣するわけないじゃん!」

「いや、本当になんでもないんだ。ただ……」

 ぐしぐしとアルは目を拭う。

「さっき因果律改変したせいで、ひまりと別れた時のこと、思い出しちゃってな。悲しくなっちゃった。順番逆になったくらいじゃ、悲しいのなくならないな」

「そんなの……」

 言われ、私も思い出す。

 アルと別れた日。私が死んだ日。

 気づけば私の眼からも大粒の涙が零れていた。

「あれ、え、ごめん、嘘。はは、変なの。もう終わったことなのに、私も泣いちゃった」

 出会う前に別れるなんて、当たり前の話なのに。なんだか凄く泣けてしまって。

「思い出すだけで辛いな。でも、大丈夫だぞ」

 ボロボロ泣いたまま、アルは言う。

「もう別れは済ませたから。もうわたしたちが別れることはないから」

 アルは、私の親友は、自分も泣きじゃくってるくせに私を慰めるように手をとって、涙と共に綻ぶ桜のように笑いかける。


「さ、遊びに行こう。これからもずーっと一緒だぞ、ひまり!」

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