勘違い別れ
寄鍋一人
「別れましょう」
デートの最中に、付き合って半年の彼女からそう切り出された。
「今……なんて?」
「だから、別れましょう、って言ったの」
入社して出会って一目惚れして、猛アピールの末俺から告白した。彼女も特に渋ることなく、晴れて恋人同士になった。
彼女は美人でとても物静かで、その上真面目に仕事に取り組んでいた。仲のいい友だちはいなさそうだったけど、まあ同期には密かにモテていた。先輩からの信頼も厚い。
俺は正反対。周りからはチャラチャラしてるってよく言われるし、仕事もたまに手を抜いちゃう。たしかにちょっとうるさいかなって自分でも思うときがある。
でも彼女への思いも熱い! 彼女への思いなら負けるつもりはない!
表情があまり変わらない彼女の気持ちをできるだけ、四苦八苦しながら汲んでは喜ばせようと頑張ってきた。
わずか半年だけど、彼女は明らかに話す量は増えてる。表情もときどき変化して、笑ったときなんかギャップで惚れ直しそうになる。
自他ともに俺が溺愛してると認めるし、お互いのご両親にも結婚を前提にと報告、了承済みだ。同棲はまだだけど、そのうちしようねと話をしたばかりだ。
そのはずなのに! どうして!
「このまま一緒にいてもいいことなんて何もないわ。別れたほうがお互いのためよ」
「そんな……急すぎる」
思い返しても彼女にそう言わせるに至った原因が分からない。
背中の汗が気持ち悪い。こんなに焦ったのは今までの人生であっただろうか。
「ちょ、ちょっと……人が見てるからやめて」
絶対に離すまいと彼女の手を強く握りしめる。
「離して、私はもう行くから」
「待ってくれ! 行かないでくれ!」
強く握りしめていたはずのに、汗で滑ってあっさり手を振りほどかれた。彼女は背中を見せてずんずんと先に行ってしまう。
閉まりかけるドアを抑えると、彼女もそれに抵抗する。
「ちょっと、出ていってちょうだい」
「俺、お前に何か悪いことしたか? 喜ばせようとしてたのは俺の自己満足だったのか? 悪いところがあったら言ってくれ! 直すから! 別れたくない!」
「……はあ……」
抵抗がふっと消え、彼女は諦めのような大きいため息をついた。
悪いところくらい自分で考えなさい、とかそういう諦めなんだろうか……。
「この状況で本当に別れる理由が分からないの?」
「あ、ああ……」
「あなた、何か勘違いをしていない?」
勘違い? 別れようっていうのは事実だろう。
彼女はさっきよりも長いため息をつきながら言った。
「あなた、ここは女子トイレよ。男子トイレはあっち。だから別れましょうって言ったのよ」
それに、と彼女は続ける。
「安心しなさい。私があなたを嫌うことなんてないわ。いつもちゃんと喜んでるつもりよ、そんなに信用ない?」
いや、言葉のチョイスとタイミングがおかしすぎるだろ!! どんだけ口下手なんだよ!! そんなところも好きなんだけど!!
この黒歴史は生涯をかけて一緒に背負ってもらうからな!!
勘違い別れ 寄鍋一人 @nabeu
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