今はもう無い、変わる町の本屋

幽美 有明

変わる街並みと、消える本屋

 ネットでの通販が当たり前になった今の世の中。

 あまり出歩くことも少なくなった。

 現に僕だって、休みの日にはほとんど家から出ない日が多い。


 そんな僕でも、唯一外出する日があるんだ。

 本を買いに行く。そのために僕は本屋に行く。


 部屋の壁には、本棚が置けるだけ置かれている。それでも本を置く場所が足りなくて。

 部屋の中は足の踏み場もないくらい、本が溢れている。


 僕にとって、本そのものが生活の一部だった。


 本がなくては生きれない僕にとって、本を買いに行くことは大事だ。

 食料を買いに行くよりもずっと。


 自転車に乗って、駅まで行って。

 それから電車に8駅乗って降りる。

 そこからまた徒歩で本屋に向かう。

 華々しい駅を出て、町を歩く。

 駅の周りはどこを見ても、華やかで彩りがあり。活気と熱気があるものだ。


 人の声がする。笑う声、話し声。楽しさと生き生きしている感じが伝わる。


 歩く姿が見える。鞄を持って、スマホを見ながら、イヤホンで耳を塞ぎながら、誰かと手を繋ぎながら。


 町そのものが生きて、そこに人が生きる風景がある。


 でも駅から離れれば離れるほどに。華やかさと彩りと、活気と熱気が減っていく。

 つられて人も減っていく


 栄えている場所から、寂れた場所へ。

 町そのものが元気ではないように、どこか歩く人にも元気が無いように見える。


 音がする。カラスの鳴き声、猫の声、車の音に、木の葉の揺れる音。

 人の世の中に自然が混ざる音だ。


 当然見える姿も、人に混ざり野良猫やカラスが混じる。鳩が飛ぶのを見ることもある。

 歩く人の顔は、元気がない。それに年齢も見るからに上がっている。

 お年寄りが1人道を歩く姿が見て取れる。


 1歩栄えた所から外れるだけで、見える世界も聞こえる世界も。ガラリと変化する。


 寂れた場所にある店は、どこもやはり寂れていて。

 その中に本屋がある。

 少し寂れた雰囲気の本屋。

 でも本屋は真新しいより、少し寂れてた方が雰囲気にあってる気がする。


 扉を開ければ、『チリンチリン』とベルが鳴る。

 少し古ぼけた本棚が視界全てに映り込み、古ぼけた紙と新しい紙の香りが鼻をくすぐる。


「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ってたよ」


 入口近くのカウンターに座るおじいちゃんが、僕を見みてにこやかに迎え入れてくれた。

 表情が少し暗く見えるのは、多分店の中が暗いからだろう。


「今日も買いに来ました、新刊ありますか?」

「あんたが来ると思って入れて置いたよ。少し待っててくれ」


 僕は店主の名前を知らない。店主も僕の名前を知らない。

 相手のことなんて、何も知らないけど。本が好きだという事が、おじいちゃんと僕を結びつける。

 本との出会いが縁であるように、その本を通じで別の縁が結ばれることもある。


「はいよ、これ新刊ね。後はなんか買ってくかい」

「店ん中見て回るつもりですけど、オススメありますか?」

「あたしのオススメで良いのかい?」


 困惑と驚きを混ぜた表情で、おじいちゃんが僕の反応を伺う。


「ええ、おじいちゃんのおすすめの本が読んでみたいです」

「そうかい、そうかい」


 僕の言葉を聞くと、おじいちゃんは目を細めて嬉しそうに頷いた。


「あんたが見て回ってる間に、見繕っておくよ」

「わかりました」


 おじいちゃんがカウンターの奥に見えなくなり、僕は店の中を歩く。

『コツコツ』と床と靴の触れ合う音が聞こえる。

 僕しかいない店内で、靴の音だけが音楽になる。


 白を基調とした背表紙に、色とりどりの色が咲いている。

 華やかでポップな背表紙。これはラノベだろうか?


 白を基調としながらも、アクセントに黒が入る。何処か格式ばった装いで、硬い印象を受ける。

 純文学の類だろうか。いやもしかしたらミステリーかもしれない。


 背表紙を見るだけで、心が踊る。背表紙を見るだけでも、本は楽しい。


 タイトルだってそうだ。分かりずらいタイトルは、一体どんな内容なのか、それを想像するのが楽しいし。

 わかりやすいタイトル。ラノベに多いけど。それだってわかりやすいからこそ、物語を想像して中身を読んだ時に裏切られた時が面白い。まさかこんな展開があるなんて!

 ってやつだ。


 そうやって気になったものを手に取り、カウンターに戻る。今日もまた新しい本に出逢えた。

 すると同じように手に本を持ったおじいちゃんが、カウンターの奥から出てきた。


「あんたも選び終わったかい」

「ええ、おじいちゃんもみたいですね」


 なんにも面白くない。でもこの瞬間、おじいちゃんと何か繋がれた気がして。

 それはおじいちゃんも同じだったようで、2人同じタイミングて笑ってしまった。

 なんてことない日常を、もしくはつまらない日常を。本は感情豊かなものに変えてくれる。


「先に会計済ませちまうかね」


『ピッピッ』と本のバーコードを読み取る電子音がなる。値段の数字はどんどん増えていく。

 電子音と、数字の増加が止まると。僕の買う本は積み上がり。おじいちゃんの持ってきた本には手がつけられていなかった。


「そっちの本も買いますよ?」

「あぁ、こっちの本は良いんだよ。あたしの本だからね。売りもんじゃないのさ」


 買った本を丈夫な紙袋に入れてくれ、その上におじいちゃんの本が乗る。


「あたしのオススメは帰ってからのサプライズってやつだよ。楽しみにしててくれ」

「わかりました」


 両手で持つ紙袋は重たい。紙の重さは何故か心地いい。


「ありがとうございました」

「今日も来てくれてありがとうよ」


 暗い店内で、おじいちゃんの笑顔が花咲いた。

 最後に挨拶を交わして、『チリンチリン』と鳴る音と共に店を出る。


 駅まで歩いて、そこから8駅電車に乗る。駅を出たら自転車に乗って。家に帰る。

 家の玄関をあけ、靴を脱ぎ。手を洗って、正座する。


 おじいちゃんのオススメ本は最後の楽しみに。と、脇によせ。

 買ってきた本を読む。

 ページを『ペラッ』っと捲れば、時計の秒針も『カチッ』と動く。


『ペラッ』『カチッ』『ペラッ』『カチッ』


 ページを捲る音と、秒針の動く音だけが部屋を埋め尽くす。

 気がつけば夜になり、腹が『ぐぅー』と音を鳴らして空腹を告げる。

 そしたら夕飯を食べて、また眠くなるまで本を読む。


 次の朝、目が覚めては仕事に行き。帰ってきては本を読む。


 仕事と食事以外が、本に侵略された。いや、僕が埋めつくした日々が過ぎていく。

 そして1週間が過ぎた。


 僕は今日もまた出かける。本を買うためだけに。


 自転車に乗って、駅まで行って。それから電車に、8駅乗って降りる。

 そこからまた徒歩で本屋に向かう。


 今日もまた寂れた場所にある店は、どこもやはり寂れていて。

 本屋もそこにあった。


 扉には張り紙があった。


【長らくご愛顧ありがとうごいました。この度閉店することになりました】


 短くそれだけが書かれ、小さく日付が書いてあった。1週間前の日付が。


 僕の知る本屋がまた消えた。

 何度目だろう、本屋が消えるのは。

 何度目だろう、店主から本を譲ってもらうのは。今回は僕が聞いて、譲ってもらった。

 前には、おまけだと譲ってもらった。


 部屋にある本の中で、綺麗に本棚に収められた本たち。その全てが、譲り受けた本達だ。

 まるで本屋があったことを表す、墓標ぼひょうのように。本棚には本が収められている。


 今回は墓標にならないように。そう思いながら、本棚に収めるが。毎回数カ月としないで本屋は消える。


 跡地にはコンビニ、スーパー、その他色々な建物が経つ。もちろん、建物がそのまま残ってることもあるし。なんにも無くなることもある。


 また新しい本屋を見つけに行かなきゃ。

 来た道をもどり駅を目指す。


 今度の本屋は、どれだけ遠くだろうか……



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今はもう無い、変わる町の本屋 幽美 有明 @yuubiariake

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