街角のマチコさん
御剣ひかる
わたしが待ってたのは
僕がマチコさんに出会ったのは中学校に通い始めてからだった。
通学路で通る商店街の端っこに、マチコさんが立っているからだ。
小学生の頃もウワサは聞いていたけれど、そんなの嘘だーと思ってたから、わざわざ確かめに行くことはしなかったし友達が本当にいるんだぞって言っても「ふぅん」って受け流してた。本当に信じていなかったんだ。
けれど、朝、商店街の隅っこにじっと立っているのを見て、あ、本当だったんだってすとんと信じることができた。
ちょっと小柄で、ちょっと昔っぽいデザインのピンクのワンピースを着た二十代ぐらいの女性だって話は聞いていた。もしもいるならって勝手にイメージしていたより可愛らしい。
でも彼女がマチコさんだって一発で理解できたのは前情報と同じ服装だったからじゃない。
マチコさんって半透明なんだ。マチコさんの体の後ろに電柱が透けて見えている。
ずっと誰かを待ち続けている幽霊のマチコさん。
それが単なるウワサから現実になった瞬間だった。
「あら、南中の新入生? よろしくね」
じっと見てしまったから僕の視線に気づいたんだろう、マチコさんが挨拶してきた。
「あ、ども……」
なんか変な返しになってしまったけど、そんな反応も慣れっこだって感じでマチコさんは笑った。
笑うともっとかわいいんだなぁって思った。
それから、マチコさんと挨拶する毎日が続いた。時々は立ち止まってちょっとお話なんかもしたりして。
マチコさんは幽霊だけど全然怖くない。見た目もだけど、話をすると楽しいのもある。
長い間ここにいるみたいで、商店街のおじちゃんおばちゃんの子供のころなんかも知ってるらしい。おばちゃん達と昔話に花を咲かせていることもある。
それに、幽霊だからか、予感みたいなのがよく当たる。
シツレイだけど天気予報にはうってつけだ。
今日は夜に雨だから早く帰った方がいいですよ、なんてアドバイスしているのを見かけたことがある。そして本当に夜に雨が降ってた。天気予報の降水確率は十パーセントとかだったのに。
だからみんなマチコさんには好意的なんだ。
幽霊だけどみんなに愛されているマチコさん。
どうしてここにいるのかとか、ちょっと聞きたい気もするけれど、なんか聞いちゃいけない気もした。
ある夜、進路のことで親と喧嘩して家を飛び出した。
ムカついて勢いで飛び出したはいいけれど、行く当てがない。スマホとか財布とか持って出ればよかった。
とぼとぼと歩いていて、いつの間にか、商店街の近くまで来ていた。
そういえばマチコさんって夜もやっぱりいるんだろうか。
幽霊だからむしろ夜の方が似合ってるのかもしれないけど。
まさか夜だけ悪霊になっちゃってるなんてことはないよな。
そんな好奇心とちょっとした怖いもの見たさで、マチコさんに会いに行こうと足を向けた。
マチコさんは、やっぱり、いた。
お店がシャッターを下ろして、人通りも夕方よりは少なくなっている。街灯の光の下にいるマチコさんは、相変わらず透けている。
「ただいま、マチコさん」
「お仕事お疲れ様ですー」
サラリーマンが挨拶をして、マチコさんがにっこり笑って応えている。
マチコさんが僕を見た。
「どうしたの? 塾帰り、って感じじゃないね」
「実は、親とケンカしちゃってさ」
僕は親への不満をマチコさんにぶちまけた。
マチコさんは時々相槌をうってじっと聞いてくれている。
それだけで、なんとなく落ち着いてきた。
「お父さん達と、落ち着いて話をしてみたら? 感情的にいうんじゃなくてさ」
「そうだね。ありがとうマチコさん」
「どういたしまして。お役に立てたなら嬉しいわ。わたし、ここでずっといろんな人と話してるから人生経験だけはあるのよね。あ、幽霊経験か」
マチコさんは肩をすくめてあははと笑った。
「マチコさんはどうしてここにいるの?」
ずっと聞きたいけど聞けなかったことを、聞いてみた。
「実は、よく覚えてないのよ」
マチコさんはかわいい顔をちょっと寂しそうにゆがめた。
「あ、ごめん」
「ううん。ただ、なんとなく判ってるのは、わたしは誰かをずっと待ってるってことかな」
だからマチコさんってニックネームをつけられたそうなのだ。
「もういつから誰をどうして待ってるのかも思い出せないんだけどね。ここの近所の人達の話だと五十年は余裕で超えてるみたいよ」
「それじゃ、成仏できないんだね」
「多分ねー。でもいいわ。ここでこうしてみんなと楽しく過ごせるならそれも悪くないし」
にこっと笑うマチコさん。
「そうだね、僕もマチコさんにはここにいてほしい」
「ありがとー」
なんて言いあってたら。
「やっと見つけた!」
男の人の声がした。
えっ? とそっちを見ると、二十代後半ぐらいかな? 男の人がこっちに歩いてくる。ちょっと古いカッターシャツとズボン姿で、マチコさんとおんなじで透けちゃってる。
ってことはこの人がもしかして……。
「まさか君の母親の故郷にいるとは思わなかったよ。住んでた家の近くとか、思い出の場所とかにとどまってると思ってた」
男の人がマチコさんの目の前に立った。
「あなたは……」
考えるような顔だったマチコさんだけど、男の人の手がマチコさんに触れた時、電気ショックを受けたみたいに体がびくっとなって目を見開いた。
「思い、だした……! そうか、わたしが待ってたのは、あなただったのね!」
やっぱりそうだったんだ。
二人に話を聞くと、マチコさんはこの男の人と結婚間近だったんだけど病気で亡くなってしまった。
で、それから五十年くらいして、今から数えると一年近く前に男の人も死んじゃって、霊界でマチコさんを探したけど見つからなかった。
転生とか、生まれ変わりとかはしていない。っていうかそういう人の霊は来てないって霊界の偉い人? 霊? に言われてずっと探し回ってたんだって。
「よかったねマチコさん」
「うん、ついさっき、ここにずっといるって言ってたばかりなのに、ごめんね」
「寂しいけど、マチコさんが幸せな方がいいよ」
「おっ、生意気言っちゃってー。でもうれしい。ありがとう」
マチコさんと笑いあった。
「商店街のみんなには僕から話しておくよ」
「うん。それじゃ、ね」
マチコさんは僕に手を振って、男の人は礼をして、二人で仲良く歩いて、透き通って消えて行った。
突然の別れに、いなくなっちゃったって実感に、すごく寂しくなって涙がこみ上げてきたけど、泣いてられない。
僕は僕の問題を片付けないと。
しっかりしなきゃ、マチコさんが心配して戻ってこないように。
僕は家に帰ることにした。
親には家を飛び出したことを叱られた。
僕は素直に謝って、マチコさんのことを話して、ケンカの原因になったことも冷静に考えを伝えた。
親も怒鳴って悪かったって謝ってくれた。これからのことはゆっくり考えて行こう、って。
やったよマチコさん。一つ乗り越えたよ。
明日の朝、マチコさんがいたところに報告しておこう。
……って、なんでいるのっ?
「マチコさん、成仏したんじゃないのっ?」
思わず声が裏返った。
「そうなんだけどねー。ケンカして飛び出してきた。彼とはお別れよっ」
「はぁっ?」
「だってさー、彼ってばマザコンだったんよっ。これからは親子三人で暮らそうって言っちゃってさー。彼のお母さんもどうしてまだいるのって感じ!」
えぇっと、つまり?
霊界で次の生まれ変わりまで彼と二人で仲良く暮らそうって思ってたのに、彼のお母さんも一緒にって言われて怒っちゃったんだ。
「マチコさん、言いたいことは冷静に――」
「ダメっ。冷静になんてなれないし、冷静になっても受け入れられないっ」
あぁ、そうですか……。
「ってことで、もう誰かを待ち続けることはなくなったけど、ここにずっといるわ」
マチコさんは今まで見ていた中で一番かわいい笑顔だった。
なんだかなぁって思ってるけど、ちょっと、いや、結構嬉しいのは、ナイショだ。
(了)
街角のマチコさん 御剣ひかる @miturugihikaru
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