痒みと疼き

鯨ヶ岬勇士

痒みと疼き

 瞼の裏を虫が蠢くような痒みが襲う。目が飛び出しそうなほど血走り、ついつい擦ってしまいそうになるが、そうすれば無駄に伸びたまつ毛が眼を傷つけてしまう。


 花の奥は雪解け水が溢れるが如く、鼻水が垂れ、肌はぴりぴりとする。


「この季節が来たな」


 私は小さく呟く。梅の花だとか、桜の花よりもこれが——花粉症が春の知らせだ。この目鼻を襲う痒みで虫や蛙が冬眠から目覚め、新たな命の芽吹きを感じさせる。


「早く行かないと間に合わないよ」


 母にそう言われ、私は制服に袖を通した。これを着るのも、今日が最後か。そう思うと普段よりも何だか重たく感じる。


 眼科でもらった目薬を垂らし、鼻の奥に向けてスプレーを吹く。しかし、そのようなことをしなくても目は潤み、鼻はぐずっていた。


 目が赤いのは痒みのせいか、否か——それは私にもわからない。だけど、確かに目は熱くなり、喉に何かが込み上げる感覚がした。


「もう家出るよ」


「わかってる」


 そう言って、まだ世界が温まりきらない頃、私は家を出た。


 夕方、家に着いて制服を脱ぎ去る。それもこれで最後かと考えると、体が急に軽くなるように感じる。


 そのとき、生物の授業で習ったことが思い出される。それは痒みと疼きを伴うものだが、成長や変化には必要不可欠なものだ。


「脱皮か」


 今日、私は制服という古い皮を、古い殻を脱ぎ去った。あとは軽くなった体で羽ばたくだけだ。そう思っても、目鼻は痒く、肌にはまだ疼きが残る。それでもこれが成長の証だと思えば、少し気が楽になれた。


 制服との別れは、また新たな出会いを告げる春の知らせだ。

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