繕光橋 加(ぜんこうばし くわう)

眼   

 私のご主人様は目が見えない


 目が見えないから私は巡り合った

 目が見えない人の先を私は歩くから

 

 でもときどき 見えているんじゃないかと思うことがある

 たくさんの人々の行き交うこの駅を 毎朝私らは歩いている


 ご主人様の友達も尋ねて言う

「思ったより動きが早いんだね」


 ご主人様はそれでも気を悪くしない

 ご主人様はさらりと返して言う


「目が見えないと言っても 

  まったく闇にいるわけじゃないんだ

 光と闇 差し込んでくる

  その違いくらいはうっすら分かるんだ」


 赤坂見附のりんご色から

 永田町のそらの色までに


 向かってくる人がいる 

 遠ざかっていく人もいる 


 でもストールを掛けたご主人様は

 軽く肩をひねって避けてしまうのだ

 

 私は蹴とばされないように必死だ

 私はどこかへ迷うわけにはいかないから


 程度の差こそあれ ご主人様はたくさんいる

 目の見えない群衆は あたりに蠢いている

 

 黒い板を片手に遊ばせながら

 二本足で人間たちは動いていく

 

 きっともっと大事なものを見ている

 彼らは時間や空間を掌の板で見ている


 …

 だから見なくていいのかな

 

 私は歩く 私は尽くす

 彼らも何か費やすものがあるのだろうから


 見えないはずなのに見える人

 見えるはずなのに見えない人

 

 かわいそうな彼ら

 戸惑い続ける私


 そんなとき ご主人様は声を掛けてくれる

「おお! 痛かったねえ あぶなかったね

 よしよし いつも大変だよね 

 もう少ししたら休もうね

 ごめんね  もう少しだからね――  」


 高い所から熱い水が生まれる

 涙は決まって眼から浸し出る

 


 ご主人様の目はやっぱり見えるんだ

 見てくれているんだ


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繕光橋 加(ぜんこうばし くわう) @nazze11

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