また会おうぜ!

杜侍音

また会おうぜ!


「じゃ、また会おうぜ!」

「おう。今度仕事が落ち着いたらさ、飲みにでも行こう」

「そうだな!」


 と、様式美の約束が果たされることはまぁない。

 仲の良い友達であれば予定を合わせて年に数回近況報告飲み会をすることがあるかもしれないが、大学の同じゼミの、それも授業中に何度か話したことがある程度の関係性だ。在学中に飲みに行ったことがないのだから、卒業後に会うことはまずない。

 俺は野口のぐち。去った方が佐田さだ。お互い下の名前を知らなければ、コロナのせいで顔の下半分も知らない。

 数年後にゼミの写真を見たとしても、「こいつ名前なんだっけな〜、えーっと、佐野だっけ?」って、部分点が貰えるくらいにしか自信はない。


 さて、それはともかくとして、ゼミの友達とはひと通り写真を撮った。次はサークルの方に赴いて、みんなと集合写真を撮らなければ。


「お」

「ん?」


 ゼミ室の扉を開けると佐田がいた。

 どうやら傘を置き忘れたらしい。

 今日は大学卒業というハレの日だというのに、あいにくの大雨だ。式が執り行われた総合体育館からゼミ室までの距離はそう遠くないというのに、スーツの裾が濡れてしまった。


「傘忘れてよ。じゃ、また会おうぜ!」

「おう」


 佐田は二回目でも元気よく挨拶をして、部屋を出て行った。

 俺も荷物をまとめて出て行くか。ゼミの教授から受け取った卒業証書をバッグに入れた。

 友達と、こっちの方が実現性の高い飲みに行く約束を取り付けて、サークル棟へと向かう前に俺は学部棟のトイレへと寄った。


「うお」

「おう……」


 トイレから佐田が出てきた。

 スーツの裾と同様に手が濡れている。どうやらハンカチやティッシュなどを持っていないらしい。こいつとは仲良くなれなさそうだ。


「トイレ行ってたんだよ」

「だろうな」

「じゃ、本当の本当にまた会おうぜ!」


 佐田が自然乾燥も兼ねた形で手を振りながら去って行くので、俺も小さく振り返した。

 用を済ませた俺はしっかりとハンカチで手を拭いてサークル棟へと向かった。


 俺が所属していたフットサルサークルでは、同期の男子が19人、女子が12人といて


「あ」

「え」


 また佐田だ。


「野口ってフットサルのサークルだったんだな。俺その隣の部室、セパタクローのサークル入ってたんだよ」


 セパタクローサークルが隣にあったのはもちろん知っていた。だが、マイナー競技のためか自分のサークルとは違い、人数も少ないし活動しているという様子はこの4年間であまり見受けられなかった。

 まさかこいつが所属していたとは知らなかったな。


「結構何度も会うな〜。こういうことってまぁあるよなー。じゃ、また会おうぜ!」


 足じゃなくて手を上げて、佐田は去った。

 佐田と一度目に別れてから、もう三回も会ってしまった。二度あることは三度ある。もう次はないだろうと、そう高を括っていた。


「またか……」

「おう、野口! そっちも帰るとこかよ」


 サークルの友達と帰っている途中、大学の最寄駅にて俺は再四佐田と出会った。


「いや、これからサークルの友達と飯食いに行くとこだよ。もしかしてそっちもか?」

「いや、俺は行かねぇよ。飯食いに行くほどサークル活動してないからな〜。じゃ、また会おうぜ!」


 この感じだったら、さすがに飲みの席まで一緒ってことはないか。元々行動範囲はかなり近く、卒業式という特別な場では多くの人がさらに行動が似たものになる。偶然もきっとここまでだろう。

 電車に乗ったら佐田は気遣ってくれて隣の車両に移った。


 ようやくこれで佐田と別れられたから、心置きなく飲み会を楽しめるだろ──


「おぉ⁉︎ 野口! お前ここに飲みに来るのかよ!」

「佐田、お前ここでバイトしてたのか⁉︎」

「おん。まぁ、来週でバイト辞めるけどな!」


 飲み屋が多い乗り継ぎ駅の居酒屋で佐田はバイトをしていた。手際の良さから長く働いていたのは分かるが、何度もこの店を利用してきた俺は一度も佐田を見たことがなかった。

 どうして今日という日にそのことを知るんだ……⁉︎



「「「ありがとーございやしたー!」」」



「じゃあな野口。多分これでお別れだ!」

「そうだな。ごちそうさま」

「おう! 野口、また会おうぜ!」


 レジが佐田だったので、最後にそう挨拶された。卒業日だと言うのにバイトするなんて偉いな。そして何度出会って別れようとも、きっちり挨拶をするところは好感が持てる。

 ただ、この日は引き続き佐田はバイトをするようだし、もう会うことはないんだよな。


 こうして日は流れ、4月1日。初出勤。


「あれ? 野口じゃねぇか! なんだお前もこの会社かよ!」


 佐田はいた。

 採用時期が違っていたらしく、今の今まで同じ会社の、しかも同じ部署にどちらも配属されているとは知らなかった。


「佐田……今日、仕事終わったら飲みに行くか?」

「おう! いいなそれ!」


 縁というのは分からないものだ。

 何度出会っても何度別れても、仲良くなるのが初めて出会ってから数年後であっても、いつか必ずそういうやつとは巡り合うものなのかもしれない。


「──ぷはっ! 労働の後の酒はいいな! 野口! また行こうぜ!」

「そうだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また会おうぜ! 杜侍音 @nekousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説