卒業式コンテスト! 十三回目は運命です。

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

決まり手は「あなたの答辞の内容も好みです」

 今年もついにこの日が来てしまったか。


 卒業式コンテスト。

 SNSで広まり始まった狂気の祭典。

 会場は廃校になった中学校の体育館。

 なぜか毎年大々的に募集をかけていないのに自主的に集まっている。

 主催者が「今年ももう卒業式か」と思ったら開催だ。

 気象庁の桜の開花予想を見て決めているだろこいつとみんな思っている。

 ちなみ主催者の家は学校制服の専門店であり、第二ボタンを販売しまくっている悪徳商人だ。

 何回か炎上している。


 存在しないはずなのに毎年ハンカチを濡らしてしまう在校生代表の送辞。

 なぜかこの日のために結婚式参加者レベルの装いを決める運営スタッフ。

 そしてその学校に通ったこともなければ仲間との思い出もないのに、自分達の学園生活を涙ながらに騙る自称卒業生たち。

 メンバーはいつもバラバラ。

 その年の卒業生枠だけでなく教員やスタッフや誰の親でもないのに保護者役まである。

 カメラマンが本職が自主参加。

 この時期忙しいだろうに自主参加だ。

 同じくこの時期忙しそうなのに本物の市長までが自主参加してくる。

 一体なにがここまで人を惹き付けるのかわからない。

 でもなんかみんなこの時期になると「なんの卒業かわかんないけど、感動したいしとりあえず卒業式やるか」と集まってくるのだ。

 テレビドラマの最終回だけ見て満足する奴が多いのだろう。

 俺は通算十回目の参加だ。

 当然ながら皆勤賞。

 しかも十年連続で卒業生として参加している。

 さてどんな妄想を卒業式で騙ってやろうか。


「あの先輩隣いいですか?」


 行きの電車でそんなことを考えていると女性が隣に座ってきた。

 しかもこちらをじっと見つめてくる

 おかしい。

 見られていることがではない。

 いい年した大人が学ラン着て電車に乗っている時点で見られて当然だ。

 おかしいのはそんな見るからに頭がおかしい奴の隣に座る勇気。

 電車内には空き席があるだろ。

 

 女性の服装を見ればその理由もわかった。

 女性は若いが二十代には見える。

 でもその服装はセーラー服だ。

 コスプレではなく昔通っていた時の本物だろう。

 年季が違う。

 よく見ればその女性自身にも見覚えがあった。

 毎年参加者の涙腺を壊す名女優だ。

 俺と同じ皆勤賞の常連。

 年に一回だろうと十年連続で参加していれば十回は顔を合わせている。

 覚えているのも当然だ。

 だが俺が女性を覚えていた理由はそれだけではない。

 彼女こそ在校生代表を十年勤め続けて参加者の涙腺を壊す名女優だからだ。

 まさに卒業式コンテストの顔だ。

 十年間顔を合わせているはずだが話したことはない。

 一方的に気まずくなったが女性は気にした様子もなく話しかけてきた。


「今年も卒業式の季節ですね」


「え……ええ。そうですね」


「実は今日は私も卒業しようと思っているんです」


「え!? 在校生代表のあなたが!」


 素で驚いておかしな台詞を吐いてしまった。

 市長とカメラマン以外在校生も卒業生も全員身分詐称だろうに。

 そんな俺がおかしかったのか女性は口元に手を当てて笑った。


「ぷっ。なにを言っているんですか先輩。いえ先輩ではありませんね。ずっとそう呼んでいたのですみません。今年は同級生です」


「そ、そうですね。いえ十年在校生代表を勤め上げた方だからつい。なにか理由があるんですか?」


「……在校生って置いて行かれるじゃないですか」


「そうですね」


「十年ですからね。置いて行かれるプロです。知っていましたか? 卒業式コンテストってスタッフ以外で毎年のように参加する人は少ないんです。なにかから卒業したい記念に参加する人が多いから」


 確かに顔ぶれの変動は激しい。

 みんな何らかの想いから卒業したいから参加する。

 俺みたいに面白いから参加する人は少数派だ。


「ちなみに十年連続で卒業生やった人は先輩しかいません」


「え!? まさかそんな!」


「……むしろ他にいると思っていたことが驚愕です。十年連続の参加者も少ないのに」


「……マジか」


 かなりの変人っぷりを自覚させられてへこむ。


「そんなわけで私たちは去年まで在校生代表と卒業生代表コンビとしてスタッフ内で有名だったんです」


「やっぱりスタッフの人なんですね」


「ええ。初期スタッフですよ。今でこそ他の役で参加もできますけど初回の参加者は卒業生のみでしたから。その時はまさか十年続くと思ってなかったです。十年連続で卒業生やる人が現れると思ってませんでしたけど」


「十年は長いですからね」


「ええ長いです。今年で私も三十歳になるんです。在校生代表が三十歳はダメだろうと直談判しました」


「……あなたの送辞が聞けなくなるのは寂しいです」


「ありがとうございます。そう言われると毎年必死に文面考えた甲斐がありますね。今年の送辞の原稿も私が書いたんですけど」


「それなら少しは期待できるかな」


 なんか打ち解けた。

 年に一回でも十年の月日を感じる。

 気まずさはない。

 そのあともずっと話していたら電車が目的の駅にたどり着いた。


「それでは卒業式で在校生代表ではないあなたの答辞も楽しみにしてます」


「あっ……あの! 卒業式が終わったら校舎裏を少し上ったところの伝説の桜の木の六番に来てもらえませんか?」


「伝説の桜の木の六番? ……わかりました」


 伝説の桜の木。その六番。

 参加者が校舎裏に植えられた桜を伝説の桜の木と呼び定着して、記念撮影スポットになった経緯がある。

 でも参加者が順番待ちなどするのは熱気が冷めるので、主催者が伝説の桜の木を用途に応じて何本も用意したのだ。

 一番が団体用記念撮影。

 二番が二人での記念撮影。

 三番がカップルでの記念撮影。

 四番が公衆の面前で告白用。

 五番が隠れたところでひっそりと告白用。

 六番が事務用らしい。

 つまり事務連絡だ。

 内心のがっかりは顔に出さず……いやこの切ない落胆さえも卒業式に組み込み暴れよう。


――――――



――――――


 MVPは急遽卒業生として参加した市長の「カツラからの卒業」だった。

 あの衝撃には勝てる気がしない。

 ずっとフサフサで若々しいと思っていたのにまさかカツラだったとは。

 十年間騙され続けていたわけだ。

 そんなわけで今年も笑いあり涙ありの卒業式コンテストも無事終了した。

 もう少し卒業式の空気に浸っていたい気持ちもあるが、俺には事務的な呼び出しがある。

 校舎の裏山を登った伝説の桜の木の六番は少し遠いので急ごう。


 彼女は伝説の桜の木の下で一人佇んでいた。

 絵になる人だと思った。

 今年三十歳。

 ずいぶん若々しい見た目だが十年間このイベントに参加していたぐらいなので妥当な年齢だ。

 手に持っているのはポンッとなる筒。

 卒業証書を模した卒業式コンテスト参加証が入っているはずだ。


「来てくれたんですね」


「まあ呼ばれたからな」


「今からする話は割と深刻な話です。心して聞いてください」


「お、おう」


 彼女は電車内とは打って変わって真面目な顔だった。

 一抹の期待さえ抱かせない真剣さだ。


「実は私……あなたに送辞を読むのは去年で十二回目だったんです」


「へ? 九回じゃなくって?」


「はい十二回です。あなたは私よりも一つ年上で。小中高と出身校が同じです。別に調べたわけではないです。あなたが行った過去九回の答辞で普通に言ってました」


「……そういや言ったな。そっか同じ小中高か。在学中話したことがあったり?」


「いえ。それはないはずです。先輩も卒業生代表ではなかったですし。でも現役学生時代三回も在校生代表として答辞を送っていたので、先輩は覚えてくれていてももいいのでは?」


「それはすまない」


 普通は話したことのない在校生代表の後輩の顔は覚えていない。


「まあ覚えていないのはいいです。卒業式コンテストでは覚えていてもらっているようですし。ただまあ私が一方的に運命を感じたわけです」


「……運命?」


「はい。在校生は置いて行かれるモノ。それでなくても私は三十歳。ずっと成績優秀で真面目に生きてきました。仕事もあります。趣味はコスプレ。大学に進学してから卒業式コンテストようなふざけたイベントにも参加するようになりました。でも周りに置いて行かれるんです!」


「お、おう待て待てヒートアップするな!」


「待てません! 去年までは友人の結婚式の招待状が怖かった! でも三十歳を過ぎると子供が結婚式の招待状が少なくなって子供ができたという報告をSNSで知るんです! いよいよヤバいんです。置いて行かれるんです!」


「わかった! わかったから!」


「わかってくれましたか! なら結婚を前提にこの書類にサインしてください。あなたが未婚なのは知ってます」


 ポンッと卒業証書の筒から取り出されたのは婚姻届けだった。


「え? いやこれは」


「わかってくれたんですよね! これは運命なんです! 小中高同じ出身でこんな頭のおかしいイベントに十年連続で参加している男性なんて他にいません! 三十歳になってもセーラー服を着ることに躊躇のないコスプレ好き女を引き取ってください!」


「でも出会って急に」


「なんだかんだで少なくとも十三回同じ卒業式に出てます。濃厚な関係です」


「そうだけど」


「あなたの答辞の内容も好みです」


「わかった。俺と結婚してくれ」


 そこまで言われたら彼女に応えることに迷いはなかった。

 こうして俺と彼女は出会いと別れを繰り返し十三回目で結婚した。


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