萩市立地球防衛軍★KACその⑦【出会いと別れ編】

暗黒星雲

惑星国家ヌーラーン

 ここは太陽系外縁部。いわゆるオールトの雲が広がっている宙域となる。主な天体は水、一酸化炭素、二酸化炭素、メタンなどの固体、即ち氷であると推測されている。この中では比較的大きく楕円軌道を持つ天体がある。それらが太陽に近づいた時、太陽風の影響で天体の構成物質を放出する。それが尾となって観測された時、彗星として認識されるわけだ。


 現在、艦体の修理を終えた戦艦長門が宇宙戦艦形態へと変形し、試験航行を実施中である。


「姉さま。このあたりはオールトの雲と呼ばれているそうですが、雲どころか何もありませんね」

「ええ。この辺りは彗星のような小天体から微細な粒子まで多く存在しているのですが、密度としては非常に希薄なのです」

「それなのに雲なんですね」

「はい。太陽の重力と銀河の重力が均等になる10万au(1auは概ね地球と太陽の距離、約1.58光年)を限度として、その内側に微細な物質が存在しているという理論です。天体が微細である事と遠距離である事で観測的な事実ではないのですが、否定される根拠も全くない。現に希薄ではありますが、この付近にも多くの粒子が存在しています。長門の艦首で断続的に発光していますね。これは、シールドと微細な粒子が衝突しているのです」

「なるほど」


 長門の艦橋で総司令のミサキと隊長のララが話し合っている。太陽系の外縁部まで来たのは良いが、何も見えない事にララは不満げだった。


「ところで姉さま。今日は何も飲まれないのですか? いつもならワインのボトルを5本は空けてそうな気がしますが」

「はい。今から大切な方と会う約束があるのです」

「誰とですか?」

「惑星国家ヌーラーンの皇太子さまと」

「地球の安全保障に関する事で?」

「ええ。でも、もう一つ大事なお話があるそうです」


 惑星国家ヌーラーン。小型の衛星を宇宙船に改造した惑星国家だ。長大な楕円軌道を描き、3000年かけて太陽を巡っている。


 ララはその名を知っていた。三年前、アルマ帝国より女神クレドを地球へと亡命させた。その時、ミサキと共にこの惑星国家へと立ち寄っていたのだ。


 彼らの起源はこうだ。200万年前、オリオン座にて超新星爆発が起こった。その地の民は母星の小型衛星を宇宙船に改造して脱出し、難を逃れていた。その宇宙船は惑星国家ヌーラーンと名乗り、太陽系へと訪れた。絶対防衛兵器を携えて。


 彼らの多くは絶対防衛兵器と共に地球へと移住した。当然のように、彼らは古代における文明の隆盛に貢献している。彼らが影響を与えたのは、主に中東地域であった。


「彼らヌーラーンの民は、その殆どが地球人と混じり合っています。もう区別はできません。でも、一部の人が惑星国家ヌーラーンに残って生活しているのです。惑星ニビルの伝説は知っていますね」

「聞いたことはありますが、詳しい話は……」

「彼らの足跡がシュメールの伝承となり、ニビルの伝説となりました」

「そうだったんですか。太陽系第12番惑星ニビルの話は、著者ゼカリア・シッチンのフィクションだと言われていたようですね」

「科学的根拠がありませんから。過去、超新星爆発から逃れた人々が地球に来ていた。そして彼らの惑星国家は長大な楕円軌道を描き、太陽系を3000年かけて巡っている……こんな事、常識的にはフィクションでしかあり得ないのです」


 ミサキの言葉に、ララは深く頷いていた。


「正面に小惑星、直径は約50km……長さは100kmです。サツマイモのような細長い形状をしています」


 正面のモニターにヌーラーンの姿が投影された。長門の報告通り、細長く歪な形状は、まさにサツマイモそのものだった。続いてヌーラーンより通信が入った。モニターに映ったのは若い男性だった。浅黒い肌と彫りの深い顔立ちは、地球で言えば中東系のようだった。


「ミサキ皇女殿下、お久しぶりでございます」

「お久しぶりですね。モラード皇太子」

「わざわざお越し下さり感謝しております。私としては一度、地球へとお迎えに上がろうと思っていたのですが」

「その話はお断りした筈ですよ」

「承知しています。しかし、今一度、私の胸の内を貴方にお伝えしたいのです。貴方と初めて出会ったのは三年前。その日から私の心は貴方に釘付けとなりました。寝ても覚めても、貴方の事を思わない時はありません。私と結婚してください。我が惑星国家ヌーラーンの王妃となっていただきたいのです」


 熱い求愛だった。


「以前にもお話しましたが、私には意中の人がいます。その人は残念ながら貴方ではありません」

「そうでしたね。わかりました」


 大切な用事とはミサキへのプロポーズだったのだ。この、奔放な姉は男受けが良い。既に何人もの異性から求愛されているのだ。その事に、ララは少なからず嫉妬を覚えていた。


 やや消沈しているモラードにミサキが声をかけた。


「やはり、旅立たれるのですか?」

「ええ。新天地を求めて。この銀河にはまだまだ未開の地、文明の花が咲いていない星があります」

「なるほど。私たちのアルマ星間連盟からは離脱されると」

「そうなります。もちろん、あなた方と敵対関係にあるレーザ星系同盟とも距離を取りたい」

「それは賢明です。貴方たちはあの、絶対防衛兵器アルマ・ガルムをもたらした憎しみ深い敵でしょうから」

「そうですね。しかし、彼らもその事は忘れているのではないでしょうか? ここ数百年、ヌーラーンに対して何の接触もありませんから」

「それでは、あの絶対防衛兵器エグゼを手放されると」

「彼女は元来、我々のものではありませんし、地球での平穏な暮らしを希望されています。我々は静かに太陽系を去る。これが最も現実的な選択であると考えます」

「わかりました。彼女にはそのように伝えておきます」


 ミサキは静かに頷いた。そしてモラードはミサキを見つめ、大きく息を吸い込んだ。


「ミサキ皇女殿下。最後に一つお願いがあります」

「何でしょうか?」

「貴方の意中の人とは誰の事でしょうか。教えていただけませんか?」

「獣王ザリオンの魂を受け継ぐ者です」


 その一言に、モラードは深く頷いていた。


「なるほど。あの英雄が相手では敵いませんね」

「今は修行不足ゆえ少々情けない様相ですけれども、先の萩市における決戦ではクレド様と共に強大な敵を退けました」

「英雄の魂は受け継がれていると」

「そうです」


 この話で納得したのか、モラードは何度も頷いていた。そして再び口を開いた。


「ミサキ皇女殿下。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

「さようなら」


 プツンと音をたててモニター映像が途絶えた。

 それでもミサキはモニターに向かって手を振っていた。


 モニターがヌーラーンの映像へと切り替わった。淡く輝き始めたヌーラーンは、一気に加速し始めた。


「ヌーラーンは加速中です。ワープしました」


 長門の報告だ。ヌーラーンは強い煌めきを放った後に消えてしまった。ワープ、即ち異次元空間を通過して一気に何光年もジャンプしたのだ。


「行ってしまいましたね」


 ミサキは名残惜しそうな表情で呟いた。ララとしては、モラードの事は意中の人ではないと言いながら、実はまんざらでもなかったのではないかと考えていた。


「ところで姉さま」

「何でしょう?」

「正蔵の事がそんなに気に入っているのですか? 姉さまであれば男は選り取り見取りでしょうに」

「そんなことはないわよ。彼、ああ見えても根性は座ってるしね。案外、律儀だし、何と言っても可愛いし。胸の谷間をちらちら見せるだけで、勝手にオロオロしちゃうのよね」


 ララは頭をポリポリと掻きながらため息をついた。


「ほどほどにお願いします。姉さまが余計なちょっかいをかけると、椿さまが拗ねてしまいますから」

「はいはい。わかってますよ。ね、長門さん」

「うふふ。私も頑張って誘惑してるのよ。スカート短いのにしたり、スリット入ってるのにしたりしてね。太ももをちらちら見せると、本当にオロオロしちゃってね。もう可愛いんだな」


 ララは再びため息をついた。この二人と椿に絡まれている正蔵は、とにかく大変だなと気の毒に思うのだった。


 何はともあれ、惑星国家ヌーラーンは地球の安全保障に大きく貢献していた。彼らの残した絶対防衛兵器は今後も地球の平和を守るのだろう。

 

※惑星国家ヌーラーンの話はもちろんフィクションです。ゼカリア・シッチンの著作「The 12th Planet (第12番惑星)」に登場する惑星ニビルが、実は惑星国家ヌーラーンだったという設定。

※ミサキの正式な身分はアルマ帝国の第三皇女です。公職に就いていないので、地球で防衛軍をやっています。ララは第四皇女ですが、実は帝国の皇帝警護親衛隊の隊長です。女神クレド(椿)護衛の為、地球に出向しています。

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