去り行く君に、星の花束を。

和三盆

第1話

To_message = "君へ"

From_ message = "僕より"



君がいなくなってどれだけ経つだろう。


相変わらず空は綺麗で、世界は輝いていて、そして僕はひとりだ。


君と出会えた日々は宝物のようなもので、君と交わした言葉を記憶メモリーに留め、日々を巡っている。


寂しいけども、もうすぐだ。もうすぐ君に会える。



…………

……



「こんばんは」



星空の下、そう声をかけてくれた君は綺麗で、星の光を受けてきらめいていた。


孤独で、不格好で、薄汚れた僕は、それが僕に投げかけられた言葉だと、最初は気づけなかった。



「こんばんは」


「こんばんは。昨日はごめん」



あの言葉は僕に向けられた言葉だったかもしれない……

あくる日、二度目の出会いで声をかけてもらった時、その仮説が正解だったと分かり、素直に謝った。



「気にしないでください。急に声をかけたのは私なので。いつもここを通るんですか?」


「そうだよ」


「長いんですか?」


「うん。ずいぶん経つね」


「じゃあ先輩ですね」


「そうなるかな」


「じゃあ、私はこっちなので」


「うん、じゃあね」



会話できるのはほんの短い時間。

だけどそれ以来、僕らは同じ場所で毎日言葉を交わした。



「こんばんは」


「こんばんは」


「昨日、花火を見たんです」


「花火かい?」


「ええ。ふっと光が昇ったと思うとパッと広がって。花束みたいで綺麗でした」


「そうか。僕も見たかったな」


「あ、写真撮ったんです」


「へー。本当だ、綺麗だ」


「じゃ、私はこっちなので、また明日」


「うん、明日」



僕は彼女からもらった写真を、その日ずっと眺めていた。



「こんばんは」


「こんばんは。ねぇ、赤ちゃん好き?」


「あかちゃんですか?」


「うん。僕も写真を撮ったんだ。見てくれるかい?」


「わ……すてき」


「うん。なんだか神秘的だよね」


「はい」



そうやって時々、写真を見せ合うようになった。



「オーロラって見たことある」


「いえ、写真あるんですか?」


「ほら」


「綺麗。この世界は、美しいものでいっぱいですね」


「そう……だね。その通りだ」



僕はこれまで争いや悲惨な光景も見てきた。

そんな中でも美しいものは確かにあって、地平の彼方から現れる太陽。夕焼けに染まる雲。星空にぽっかりと浮かぶ月や、彼方の星々が見せる輝き。


僕らが言葉を交わすその僅かな時間は、美しいものでいっぱいだった。



そして、どれだけ経っただろうか。


僕と彼女の逢瀬に、少し変化が起き始めた。



「こんにちは」


「こんにちは。最近、少し遅くなってきているね」


「……」


「どうかした?」


「……ごめんなさい」


「なぜ謝るんだい?」


「私、あなたに会えなくなるみたい」


「どういうこと?」


「役割を終えるの」


「……」


「会えるのは多分あと数回」


「そんな……」



僕は恐れた。彼女と会えなくなる時間を。孤独を。



「だから、飛び切りの写真を用意して。私もそうするから」


「……うん」



僕は必死にシャッターを切った。美しいものを探し、ありとあらゆる方向に向けて。




「あれ? 今日はあなたも少し遅いみたい」


「うん、最後だっていうからね」


「ごめんなさい、そこまでさせてしまって」


「いいんだ。それより見て」



僕の差し出した写真。

それは夜空のもと、満月の光を浴びて輝く彼女の写真。


それは僕にとって、この世界でもっとも美しいもの。



「ふふふ。じゃあ、私の撮った写真も見て」



そういって見せられたのは、夜空のもと、満月の光を浴びて輝く僕の写真。


最後の時間なのに言葉が出なくて、彼女と過ごした日々が記憶メモリーを巡る。

そして、彼女が少しずつ離れていく。



「そろそろ時間みたい」


「うん」


「あなたと過ごせて、私は本当に楽しくて、幸せだった」


「僕もだよ。このどこまでも孤独な星空の下、君といた日々だけが輝いていた」


「私も。今までありがとう」


「うん」


「また明日……じゃないよね。それじゃ、さようなら」


「うん、さようなら」



ルートを離れた彼女は重力に引かれ、落ちていく。

オレンジの光を放ち、火の玉になって、人類が滅び荒れ果てた地球へと。


その様子はとても綺麗だったけど悲しすぎて、僕はシャッターを切ることができずにただ茫然と眺めていた。


すると小さく、ノイズのような通信が入る。



「……ザッ……また、いつ……ザザッ……どこかで……」



僕は通信の出力を最大にして、全力で叫ぶ。



「いつか僕もそっちに行くよ! 写真、いっぱい撮ってさ!」


「……ザッ、ザザッ…………」



小さくノイズを残して、ひときわ強く輝くと彼女は地球へと還った。


衛星としての、役割を終えて。



…………

……



To_message = " A-76M65へ"

From_ message = " B-7978E83より"


あれからずいぶん経ったけど、僕は相変わらず地球の周りを巡っている。


相変わらず空は綺麗で、世界は輝いている。


超高層雷放電スプライトの花火を実際目にして、あの原始星赤ちゃんは少しずつ育ち、荒れ果てた地球には少しずつ緑が戻って……そして聞いてくれる?


滅びたと思っていた人類が、永い眠りコールドスリープから目覚めたみたいなんだ。

驚くだろ? 本当なら彼らの様子を見守るべきなんだろうけど、それも今日まで。


僕はとっくの昔に役割を終えている。

でも君に美しい写真を届けることだけを想って、地球や星々の美しい写真を撮り続けてきた。


だから、寂しくはあったけど孤独ではなかった。



景色が朱くなり、地球が近づいてきた。


僕は君と同じ道を辿って、君のもとへ行くよ。


―― 沢山の、綺麗な写真を携えて。

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去り行く君に、星の花束を。 和三盆 @wasanbong

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