お世話になりました(棒)

新巻へもん

末期症状

 死に物狂いで頑張って就職活動をして入社した第一志望の超有名企業。

 希望に満ちてその門をくぐった私は、多くの人と出会って成長することを楽しみにしていた。

 まだ若かったなと今では思う。

 その内情が腐りきっているのに私が気が付くのに長くはかからなかった。

 四季報に乗る業績は悪くない。

 カリスマ経営者と呼ばれるワンマン社長の長期政権が続いており、その手腕が世間では高く評価されている。

 ただ、それは表向きの話。

 社長が偉すぎて誰も本当のことを言えなくなっていた。

 都合の悪い話を上げれば、途端に不機嫌になる。この俺の指示した(素晴らしい)アイデアを実現できないマヌケというように見えるらしい。

 かくして耳障りのいいことしか社長の耳には入らない。

 社長直々の命令の結果は報告をせざるをえないが、会社組織の運営は多岐に及ぶ。当然、社長が直接指示を出さないことも多い。

 その場合は、本部長などの高級幹部が代わりに指揮をとるわけだが、その結果が思わしくない場合には責任を取らされることになった。

 そこで編み出したのが、部下への丸投げ。

「新規商品の売上を社長は気にされているようだ」

 こんな感じでふわっと匂わす。それを受けて部長以下の中間管理職は良い結果になるように何か策を考えざるをえない。

 成功したら本部長の手柄。嬉々として自分の功績として社長に報告する。

 失敗したら誰かが勝手にやったこと。確かに指示の記録はない。

 そのしわ寄せは最終的に若手社員に向かった。

 なんで、新卒に毛が生えたような社員が社長目線でものを考えねばならんのだ? だったら、社長と同じ給料とストックオプション付与するのが道理というもの。

 薄給で社長と同レベルの判断を求められるとか控えめに言って頭がおかしい。

 こんな体制で現場の士気が上がるはずもない。

 会社の土台はシロアリに食い荒らされたようにボロボロだ。

 ついに私は退職願を提出する。

 一応、世話になったとの社交辞令は口にした。

 受け取った課長は疲れ切った顔で恨めしそうに私を見る。

「私もあと十歳若ければ……」

 たまりにたまった有給休暇を消化するので、私はもう出勤することはない。世間体を気にするので、その辺は労働者の権利が守られている点には救われた。

 私物をまとめてオフィスを後にする。

 久しぶりに太陽の出ている時間にスキップしながら外に出た私は、最後に無駄に立派な高層ビルを見上げた。

「じゃあね」

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お世話になりました(棒) 新巻へもん @shakesama

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