新橋、ガード下の焼き鳥はアヒルの夢を見るか?
月城 友麻 (deep child)
新橋、ガード下の焼き鳥はアヒルの夢を見るか?
「この後一杯どうだい? いい焼き鳥屋があるんだ」
星の管理者たちを集めた発表会の客席で、
「お、いいね。焼き鳥は日本に限るよ」
ユータは嬉しそうに答える。
「新橋のガード下のこ汚いところなんだが、味は抜群、ミシュランなんか目じゃないよ」
「ほほう、それは楽しみだな」
ニヤッと笑いあう二人。
と、その時だった。壇上で説明をしていた美しい女性【美奈】が目を三角にして吠えた。
「コラ! そこ! 私語は禁止よ!」
「せ、先輩、す、すみません」
思わず姿勢を正す二人。会場の数千人の人たちの目が一斉に二人に注がれる。
「バツとして私も連れて行きなさい!」
チェストナットブラウンの髪をふわっと揺らしてニヤッと笑う美奈。
「へっ!? 女神様をお連れできるようなところじゃないですよ!」
慌てる颯太。
「ミシュランなんか目じゃないんでしょ? 連れてきなさいよ」
有無を言わせぬ目力で圧倒する美奈に二人は言葉を失った。
クスクスと会場のあちこちから笑い声が聞こえる。
美奈は会場をぐるっと見わたし、ニコッと笑うと、
「はい! じゃあ今年は以上! 次回はまた来年。みんながんばってよ! 解散!」
と、叫んで壇を下りた。
◇
「本当に汚い店ですからね」
新橋までやってくると、颯太は渋い顔で美奈に言った。
「美味しいんでしょ? いいじゃない。不味かったらあんたの星没収だからね」
美奈は楽しそうにスキップしながら答える。
「没収? 先輩すぐそういうこと言うんだから……」
「一応これ、バツなんだからね?」
嬉しそうに笑う美奈。
颯太はそのまぶしい笑顔についドキッとしてしまう。
◇
「ここなんですが……」
颯太はガード下のこ汚い焼き鳥屋を指さす。
道のわきにビールケースを積んで作られたテーブルに小さな椅子、すでに多くの客でにぎわっている。いかにも安い庶民の店である。
「へ? こ、ここ?」
美奈は目を丸くして動きが止まる。
「お、いいじゃない。こういう店が美味いんだよ」
ユータは嬉しそうに笑う。
「へい! らっしゃい!」
店のオヤジが焼き鳥をひっくり返しつつ、煙を浴びながら声をかけてくる。
「あー、三人で、お願いします」
颯太はそういいながら手近な椅子に腰かける。
「はいよ! 三名様――――!」
「いらっしゃいませ――――!」「いらっしゃいませ――――!」
元気な声が店内にこだました。
ダダンダダン! ダダンダダン! ガ――――!
丁度山手線が上を通過していく。
美奈は怪訝そうな顔をして、椅子の上をハンカチで拭いて座った。
「はい! 飲み物は?」
おばちゃんが出てきて聞いてくる。
「あー、じゃあ、ビール……」
美奈がそう言いかけると、
「カ――――! 分かってない! ここは庶民の店、ホッピー一択ですよ!」
「ホ、ホッピー?」
「いいから、ホッピー三セットね」
颯太はおばちゃんにそう告げた。
「それから、塩で三本ずつ、ハツ、ボンジリ、ズリ、ネギ間、つくねにせせりをお願いします」
「はいよ! ハツ……、ボンジリ……」
おばちゃんは復唱しながらメモっていく。
「この暗号みたいなの何?」
美奈は眉をひそめながらユータに聞く。
「焼き鳥の種類じゃないですかね?」
そう答えると、美奈は肩をすくめる。
◇
ホッピーで乾杯していると焼き鳥がやってくる。
「おー、来た来た。先輩どうぞ」
颯太はニコニコしながら美奈に差し出す。
焼き鳥は炭火であぶられていい感じに表面がカリッとしていて、それでいてプリッとした弾力のある身が美味しそうに膨らんでいた。
「これがミシュラン級だって?」
興味津々にボンジリを取ると、一口頬張る美奈。
直後、ジューシーな脂がブワッと噴き出して、口いっぱいにうま味が広がった。
「うはっ、ナニコレ!?」
思わず目を真ん丸にして喜ぶ美奈。
「美味いでしょ?」
ドヤ顔の颯太。
「なるほど、これはミシュラン級ね」
美奈は恍惚とした表情を浮かべながら二口目に行った。
と、その時、隣の団体さんたちが騒がしくなる。
「部長! それはセクハラですよ!」
アラサーのOLが大きな声を上げて立ち上がった。
颯太はユータと顔を見合わせ、面倒なことになったと顔を曇らせる。
「何がセクハラだ! お前のとりえなんてオッパイがデカいことしかねーだろ!」
激高した中年の上司はテーブルをガン! と叩くと威勢良く立ち上がった。
と、同時に、美奈の腕に勢いよくぶつかってボンジリの串が宙を舞う。
あぁ――――!
美奈の叫びが店内に響く。
ボンジリはべちゃっと床に落ちてころころと転がった。
美奈は呆然とし、しばし固まる。
直後、全身から漆黒のオーラをブワッと放つと両手で思いっきりテーブルを叩いた。
ガン!
テーブルは粉々に砕け、ホッピーが宙を舞い。颯太とユータは曲芸師のようにそれらをキャッチする。
その、あまりの剣幕に上司の男もOLも凍り付く。
美奈はゆっくりと男の方を向くと、目の奥を真紅に輝かせながら恐ろしい形相でにらんだ。
「あんた? いい加減にしなさいよ?」
ドスの効いた重低音で吠える美奈。
「な、な、な、何だよ! 焼き鳥なら弁償してやる……」
男は冷汗をかきながら言った。
「まず謝るのが先でしょ?」
圧倒的な威圧感で美奈が迫る。
「あ、あ、あ、あの女が食って掛かってきたのが悪いんだ!」
「何? あんたは謝ると死ぬのか?」
さらに詰め寄る美奈。
「す、すみません、お騒がしてしまって。焼き鳥はこちらをどうぞ」
OLは謝りながら焼き鳥の皿を差し出した。
美奈はその皿をちらっと見て何かを考える。
すると男は、
「その皿全部やるからいいだろ。たかが焼き鳥一本で大げさなんだよ」
と、悪びれもせず言い放った。
ブチッ!
何かがちぎれた音がかすかに響く。
「あーあ……」
颯太とユータは額に手を当てて、ため息をついた。
美奈はどこからともなく黄色いかわいいアヒルのおもちゃを取り出すと、無表情のまま男に向けた。
「な、何だよ?」
怪訝そうにそのプラスチックのアヒルを見つめる男。
直後、
グワァ!
とアヒルが鳴き、男はアヒルに吸い込まれていった。
「えっ!?」「ひぃ……」
あまりのことに凍り付くOLたち。
すると、アヒルが甲高い声でしゃべりだした。
「お、おい、なんだよ、どうなったんだ?」
美奈はニヤッと笑うと、そのアヒルをOLに渡した。
「これからあなたの上司はこのアヒルよ。もうセクハラもできないわ。ふふふ」
「えっ、こ、これ、部長ですか?」
「反省して泣いて謝るまでこのままだから可愛がってあげてね」
美奈はそう言うと、焼き鳥を一本つまみ、嬉しそうに焼き鳥にかぶりついた。
「お、おい、こんなの許さんぞ! 俺は一部上場企業の青陵商事の部長だぞ!」
アヒルがかわいい声で叫ぶ。
「あら、そんなこと言ったらこの地球作ったの私だからね? 頭が高いわよ?」
美奈は楽しそうにそう言うと、
「飲みなおしよ、次行くよ次!」
颯太たちにそう言うと颯爽と歩きだした。
「あ、ちょっと待ってくださいよぉ」
颯太は迷惑料込みで一万円札を何枚かおばちゃんに渡し、美奈の後を追う。
アヒルを抱えたOLは呆然としながら、美奈たちが街の雑踏に消えていくのを眺めていた。
ダダンダダン! ダダンダダン! ガ――――!
山手線が景気よく通過していった。
新橋、ガード下の焼き鳥はアヒルの夢を見るか? 月城 友麻 (deep child) @DeepChild
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