専門家
結騎 了
#365日ショートショート 077
「串から外すかどうかで揉めるなんて、くだらない。もうやめて。こうなったら専門家を呼ぶから」
女は語気を強めた。大学を卒業して以来、久しぶりの集まりだというのに。まさか、焼き鳥の食べ方ひとつで揉めるなんて。こんなくだらない人達だったなんて、知らなかったわ。
「いや、やっぱり串を口に入れて思いっきり引き抜くのが美味しいんだよ」
「そうしたら、そのネタはその人しか食べられないじゃない。みんなでシェアするためには、串から外すのが一番いいのよ」
スマホをタップし、通話が終了した。女が場をなだめる。「はいはい、その話はもう終わり。間もなく専門の人が来るから、それに任せましょう」
程なくして。店のスタッフに通されてテーブルにやってきたのは、一流レストランのボーイのような風体の男だった。
「ご依頼をいただき、参りました。串外し師の紺野です」
「確かあなたには以前も一度お願いしたわよね。今回もよろしく」
「かしこまりました」
女を除く全員が呆気に取られる中、紺野は手指をアルコールで消毒し、さらにビニールの手袋をはめた。それも、指が透けて見えるような安物ではない。肌にぴったりと張り付く、外科医がオペで着けるようなものだ。
「では、失礼して……」
紺野は丁寧に、焼き鳥を串から外していく。その指先の動きは、まるで高級宝石店のカウンターを見ているようだ。鳥皮がすっと抜かれ、皿に丁寧に並べられていく。ねぎまは綺麗に分類され、つくねはいつの間にか手に握られていた小型の包丁で小分けにされていた。
「さて、そちらのお兄さん。お好きなネタは?」
「えっ、僕ですか。えっと、皮と砂肝です」
「かしこまりました」
懐から取り出された新しい串に、紺野が任意のネタを刺していく。最後に、小型のバーナーで一瞬だけ表面を炙った。
「こちら、お兄さんのための一本です。ご賞味ください」
皮と砂肝が丁寧に刺さった串。一度外されたとは思えないその仕上がりに、一同は目を丸くした。
「そしてこちらは、お嬢様方へ」
ばらばらのネタは、いつの間にか綺麗に盛り付けられていた。なんということだろう、彩りのために花まで添えてあるではないか。
「さすがね。やっぱり餅は餅屋。専門家に限るわ」
女は得意げな笑みを浮かべた。
去り際、紺野は女に尋ねる。
「それで、本日はどのような集まりなのでしょう」
「大学時代のサークル仲間の同窓会よ。私は、田中紀子の代わり。代理出席の専門家って、案外忙しくって」
専門家 結騎 了 @slinky_dog_s11
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