“ああ素晴らしき焼き鳥”

木元宗

第1話


 キッチンに立った彼女は、「焼き鳥と言えば、大人も子供も好きですよね」と切り出しました。


「ぷりぷりな身に、ジューシーな脂をいっぱいに満たした鶏肉に絡む、あのコクのある甘辛いタレ。香ばしい匂いも食欲をそそります。その上材料は鶏肉と、家にある調味料で出来るタレというシンプルかつ経済的なものですし、宅飲みの際は持って来いな所も素敵です。もしかしたら、非の打ち所が無い料理かもしれません。何せ作り方も簡単ですから! タレは酒と砂糖と、しょうゆとみりんでしょう? そこに切った鶏肉を漬け込んでおいて、後はあのタレの焦げた香りが上るまで、フライパンで焼くだけ! あっと言う間に居酒屋気分です。たっぷり肉厚な長ネギを一緒に焼いて、ねぎまにするのもいいですね。香ばしさとジューシーさが倍増です。こんがりきつね色に焼き目の付いた長ネギの、あの瑞々しくもざくざくとした繊維質な食感が、ぷりぷりな鶏肉と鮮やかなギャップを生んで堪りません! そして仕上げに、鶏肉と長ネギから溢れた甘みと旨味を吸い込んだ甘辛いあのタレが、完璧なタイミングでやって来てベストマッチ……! いいですねえ、焼き鳥! 家でまったり日曜日の昼下がり、ベランダからそよぐ風に春の訪れを感じながら、出来立てあつあつのその焼き鳥を、ビールで流し込むっていうのはどうですか……!? まだ肌寒い日もありますから、熱燗で楽しむのもアリですね……! 熱燗なら桜の開花も近いですし、夜桜を見ながらってのも乙ッ……! ああ、なんて幸福度の高いおうち時間!!」


 彼女は喚きながら、話していたレシピ通りでしょう、甘辛いタレに包まれた焼き鳥を作ると、テーブルに運んで来ました。


 お皿にどかっと乗るその焼き鳥ったら最高です。粘りと深みのある飴色のタレの奥で、部屋の照明をつやつや照り返す鶏肉は、もう見るだけでよだれが出ます。香ばしいきつね色の香りにつつかれたお腹が、ぐーぐー鳴り出しそう。居酒屋のように串に刺さっていませんから、そのままお箸でガツガツ食べられるお手軽さも食欲を走らせます。辛子を添えながらごはんに乗せて、焼き鳥丼にもしたくなって来ました。


 でも、折角せっかく作ったんですから、あなたからどうぞ。


 そう彼女へ告げました。


 いつの間にか向かい合わせにテーブルに着いていた彼女は、ひらりと手を振ります。

 

「いや、いいっす。甘い味のおかず、ガキの頃から超嫌いなんで。でも世間はタレの方が好きなんでしょう? だからそれに合わせて、タレで作っただけですから。“焼き鳥が登場する物語”っていう、KACのお題に沿ってやってみましたけれど、案外出来るもんっすね。嫌いな食べ物で飯テロ。嫌いだからこそ情が乗らず客観的に見られるから、描写に力が入るのかもしれませんが。好きなものについて書いたら、語彙力が落ちる気があるんですよね」


 別人のように冷め切った顔になって彼女は言うと、懐から取り出したポケットガムを噛み始めました。

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“ああ素晴らしき焼き鳥” 木元宗 @go-rudennbatto

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