焼き鳥好き彼女の誕生日

束白心吏

断じて餌付けされてるわけじゃありません!

 いくら春先とはいえ、日も傾いた頃は寒い。

 時折吹く寒風に身震いしながら、俺は『神林』と彫られた表札の家の門扉もんぴを開けて敷地内に入る。

 玄関横から漏れる部屋の明かりが人のいることを表していた。


「(暗くなったらカーテンを閉めろと……)」


 レースだから、前に庭があるからセーフということはない。流石にいないと思いたいが覗く奴だっているのだ。注意するに越したことはないだろう。

 漏れる明かりに苦笑していると、少しだけレースのカーテンの端が内側から持ち上げられて濡羽色の頭が顔を出す。顔が上げられて髪の毛と同色の瞳が俺をしっかりと捉えた。

 俺は彼女のそんな愛くるしい仕草に微笑ましさを感じながら、合鍵を錠前に差し込んで時計回りに捻って開ける。

 玄関に入ると同時に廊下の明かりもつき、横開きの戸が開かれる音に続いてバタバタと近づいてくる足音が聞こえて来た。


「こんばんわ。朝陽あさひ

「こんばんわ伊奈……じゃなくてその……昼秋ひるあき、さん」


 頬を赤くして目線をそらしながら挨拶を返す。

 まだ『昼秋』と呼び捨てにするのが慣れないのだろう。付き合い立ての頃と比べればまだマシだけれど、未だに慣れていない様子がとても愛おしくて、ついつい左手を朝日の頭に持っていってしまった。


「……っ!」

「あ、すまん」

「い、いえ……その、もう少し」


 そう言って朝陽は撫でやすいようにと頭を少し俺に寄せて、撫でる手を両手で掴まれてしまった。耳まで赤く染まっているのは別に朝陽だけに言えたことじゃないだろう。

 暫く朝陽の艶やかな髪を撫でていると、外から凄い風の音がした。


「朝陽、そろそろ」

「……はい」


 名残惜しそうにしながらも俺の腕を開放して早歩きに居間に戻ってしまう朝陽。


「秋昼さん、焼き鳥ですか?」

「正解」


 居間に入った途端、キラキラと擬音が付きそうなくらいに目を輝かせた朝陽がそう聞いてきた。犬耳と機嫌良さそうに振られる尻尾を幻視したが、どうにか撫でたい衝動を自制してエコバッグを置く。するとすぐさま朝陽が袋の中を物色して、まだ少し温かい焼き鳥を発掘した。


「温めるか?」

「はい!」


 焼き鳥の入った4つのプラ容器を器用に持って、朝陽は早速台所へ向かった。

 まさかアレ全部食べる気か……食べる気なんだろうなぁ。


■■■■


「~~! おいひいれす!」

「食べてる時は喋らない」

「……美味しいです!」

「そりゃあよかった」


 それだけいい食べっぷりを見せられれば、本当に美味しいと感じているのがわかる。

 俺も朝陽の横でタレのつくねを一本食べる。

 うん。美味い。


「……昼秋さんのも食べてみたいです」

「? いいぞ――あ」


 タレつくねの入った容器を持ち上げかけて、俺は朝陽の言葉の真意に気づき、食べかけのつくねの刺さった串を朝日の口元に持っていく。


「あーん……こっちも美味しいです!」

「俺もそっち貰っていいか?」

「勿論です!」


 朝陽が食べかけのねぎまの串を差し出してくる。


「――美味い」

「ですよね!」


 朝陽が上機嫌に言う。塩はご飯のお供の感覚だけど、単品で食べるのも中々にイケる。

 そんな流れで食べさせあいが始まって少し。二本ほど食べさせあった時、ふと妙案を思いついた。


「朝陽、ちょっとゲームをしないか?」

「ゲーム……ですか?」

「ああ」


 俺は朝陽に簡単なルールを説明する。


「……なるほど。あ~んをご褒美製にするんですね」

「だな」


 要は『出したお題を達成したらあ~んする』だけ。端から見ればただのバカップルだなと思ったが、これで俺は朝陽に『昼秋』とさん付けを取って呼んで貰おうという算段である。

 やるか? と言外に聞くと、朝日の首が縦に振られる。


「じゃあ朝陽からで」

「それじゃあ……私を、後ろから抱きしめてください」

「了解」


 俺は炬燵から出て朝陽を後ろから抱きしめる。

 頭一つくらい身長差がある為、朝陽はすっぽりと俺の胸に収まる。


「これでいいか?」

「……はい」


 耳まで真っ赤にして朝陽は頷き、こちらに振り返って焼き鳥を一本差し出してくる。

 それにしても……近い。気恥ずかしさが湧いてきたが、どこか嬉しそうに背を預けてくる朝陽を邪険にも出来ず、俺はそのままゲームを続ける。


「じゃあ次は俺だな」

「恥ずかしいお題は止めてくださいね?」


 朝陽の言葉に苦笑しながら、俺は前より決めていたお題を口にする。


「『昼秋』と呼び捨てで呼んで?」

「う……」


 朝陽がバツが悪そうに唸る。


「これは恥ずかしくないだろ?」

「恥ずかしいです! いくら恋人だからって……その、年上の人を呼び捨てにするのは……」


 最後の方は声が小さすぎて聞き取れなかったが、何が言いたいのかは大体わかった。


「別に気にしないぞ? 寧ろ嬉しいくらいだし」

「で、でも……」


 ……これでも無理か?

 唸る朝陽を見ながらそんなことを考えが過る。

 朝陽が俺を『昼秋』と呼ぼうとしているのは俺の願望でもあるが、同時に朝陽の願望でもある。元々、今の呼び方も俺を伊奈波いなばさんと苗字で呼んでいた交際開始当初と比べればだいぶ進歩しているのだ。

 それを強要するように呼ばせるのは……と、今更のように罪悪感を伴って理性的な思考が過る。


「ひ、ひるあき……」

「……!」


 震え声ながら、朝陽の口から俺の名前が紡がれた。さん付けはない。呼び捨てでだ。

 それでもだいぶ恥ずかしかったのだろう。朝陽は俺の胸に顔をグリグリと埋めてしまった。


「ありがとう。よく頑張ったな」

「……なら、撫でてください」

「よしよし」


 しばらくそうしていると、満足したのか顔を上げる。


「それじゃあ、あ~んもお願いします」

「はいはい」


 俺はねぎまを取って朝陽の口元に運ぶ。

 口を開けて待っている朝陽の様子が、餌を待つ小鳥のようで可愛らしい――と考えたら朝陽に睨まれた。


「……美味しいです」

「もう一度やるか?」

「……じゃあ、もう一回だけ」


 そう言って結局、最後の一口までゲームをして食べきった。

 なお余談だが、俺がもう一度『昼秋』と呼ばせようとする前に朝陽から『同じお題は禁止』とルールを追加されてしまった。ちょっと悔しかった。



「……ありがとうございます。昼秋さん」

「どういたしまして」


 片付けをしていると、朝陽から声がかかった。

 朝陽は手伝っていない……というか、今日の『主役』にそんなことをさせようとは思わない。片付けを手伝うと言われたが、それを理由に辞退させたからな。


「そうだ。これプレゼント」

「え、焼き鳥じゃなかったんですか?」

「それは俺が一緒に食べたかったから。そっちが本命だよ」


 俺はエコバッグとは別に持ってきていた鞄から丁寧に包装された紙袋を取り出して朝陽に渡す。


「……そういうところ、いけないと思います」

「? なんのことだ?」


 拗ねたような言い方だが、表情を見る限り不機嫌ということもなさそうだ。本当になんだ?

 しかしそれをどれだけ聞いても「秘密です」と言われて教えてもらえなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

焼き鳥好き彼女の誕生日 束白心吏 @ShiYu050766

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ