後篇

 バイトからの帰り道、隣を歩く後輩に私は苦言を呈した。


「前田さん、店長に変なこと吹き込むのはやめてよ」

「えー? でも先輩頭いいじゃないですか。大学の成績もいいですし、ぴったりですよお」


 後輩は悪びれずに言う。同じ大学に通っているけど、彼女は単位をけっこう落としているらしい。


「きっと、私みたいな凡人には解けないトリックがあるんです」

「ねえ前田さん、もしかして最近ミステリーにハマってる?」

「そうなんですよお。昔の小説なんですけどすっごくおもしろくて、気がついたら朝になっちゃってましたあ」

「……」


 こんなことしてたらそりゃあ単位も落とすよ、というツッコミが浮かんだけど、どうせ言っても一緒だと思って私は飲みこむ。


「じゃあ早速捜査をはじめましょう」

「始めるって言ったって、なにを?」

「これですよお、これ」


 前田さんが持っていたビニール袋から取り出したのは、つくねの焼き鳥だった。言うまでもなく、うちの商品だ。


「お店出るとき、ちょうど2本あったから買ったんです。食べたらなにかわかるかもしれませんよお。先輩もどうぞ」

「いや、私はいいよ」ダイエット中だし。

「ダメです。これも捜査のためなんですからあ」


 結局、前田さんに押し切られる形で私はつくねを受け取る。もう夜も遅いし、食べたら太るよなあ、なんて思いながら先端の1個を食べる。さすがは人気商品、ジューシーでふんわりとした食感がたまらない。

 隣を見れば、前田さんは「ぱくぱくぱくぱく」とあっという間にたいらげていた。それから期待感のこもった眼差しをこっちに向けて、


「先輩、なにかわかりました?」

「いや、ぜんぜん……」


 食べて真相がわかるくらいなら、世の探偵たちは苦労しない。そもそもこんな事件扱わないけど。


「うーん……」


 考えながら、最後の1個を食べる。

 合わない売り上げ。ジューシーでおいしい。人気商品。1本の串にさして店で直火焼き――


「あ」


 と、私はあることに気がついた。


「ねえ前田さん」

「はい?」

「今つくね、何個食べた?」

「ええと。たしかあ……」


 前田さんは指折りで数えて、


「4個、だったと思います」

「それって多くない?」

「ああ、言われてみれば……いつもは1本3個ですもんねえ」

「でしょ?」

「でもたしか、1個増量キャンペーンをやってませんでしたっけ?」

「それ、先週で終わりじゃなかった?」


 お店の前のポスターをはがしたことを覚えている。


「じゃあもしかして犯人って……」

「うん。前田さんが考えてるとおりだと思うよ」


 焼き鳥の調理をしているのはただひとり。

 直前までやっていた1個増量キャンペーン。

 そして、プリンの発注単位を間違えるくらいにはおっちょこちょい。

 これだけ状況証拠がそろえば、子どもだってわかる。


 つくねの串1本あたりの個数を間違えた結果、1本足りなくなった。つまりはそういうことだ。


「あんの店長……」


 なにが「困ったなあ」よ。全部自分の勘違いじゃない。


「すごいです、先輩」

「なにが?」

「たった数時間で解決しちゃうなんて、さすがです。名探偵ですね」

「ああ、うん。そうね」


 どっと疲れた私をよそに、前田さんは感激している。


「そうだ先輩。私ほかの焼き鳥も買ったんですけど、よかったら私の家で食べませんかあ? ちょうど冷蔵庫にチューハイも残ってるんですよお」

「あー、そうね……。そうしよっかな」


 この事件とも呼べない事件のことは、今日は忘れよう。それから明日、店長に飲み会のおごりを要求しよう。どこの居酒屋にしようか。

 とりあえず焼き鳥屋さん以外にしよう、と私は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

つくねのゆくえ 今福シノ @Shinoimafuku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ