飲み屋の話 シアとレン 6

楸 茉夕

飲み屋の話

 彼女は手元を見つめて固まっていた。微かに震えている。

「見るから食べられなくなるんだって。一気に行け、一気に」

「そんなこと言ったって……なんか生っぽいし」

「レアでも食べられるくらい新鮮ってことでしょ。ほらパクッと」

「ぬぬぬぬぬ」

「はいレンレンのー、ちょっといいとこ見てみたいー」

「やめてくれない!? て言うか古くない!? シア何時代の人!?」

 早口で言いながらそっと串を更に戻そうとするレンを、シアは止めた。

「こら。一回手に取ったのに戻さない」

「無理。ほんと無理。ごめんやで。来世で頑張るから」

「一口くらい食べなよ。一個丸ごととは言わないから。あんたが頼んだんでしょ」

「……ううう」

 レンは再びレバー串とにらめっこを始めた。特にレバーが苦手ではないシアは、そんなに嫌うこともないだろうにと思うのだが、苦手なレンには大問題なのだろう。

 レバーとしばらく見つめ合うようなので、シアは店員を呼び止める。

「すみませーん、ネギマとぼんじりとレモンサワーくださーい」

「はーい」

 シアが注文したものが届き、レモンサワーを飲みながらネギマを半分食べたあたりで、レンは思い切ったように口を開けた。

 しかし、レバーはその中に入ることなく閉じられる。面白いので観察していると、それを何度か繰り返してから、五回目くらいに前歯でレバーをほんの僅か削り取った。片手で口を覆い、レバー串は取り皿に下ろす。

「……んん? んんん? んんーーー!!!」

「落ち着いて。とても面白い顔になってる。撮っていい? 撮るね? あとで送るから」

 口を押さえて悶えるレンをとりあえず写真に収め、シアはレモンサワーを飲み干した。それを見て思い出したかのように、レンも飲み物を殆ど一気飲みする。ノンアルコールでなかったら止めていた勢いだ。

 ドン、とグラスを下ろして、レンがやりきった顔をする。

「…………、あーーーー。よし食べた。食べた上で無理だった。これで食わず嫌いではない!」

「お、おお……よかったね」

 レンの挑戦は終わったようなので、追加の注文をし、シアは尋ねる。

「なんでまた急にレバーを食べてみようなんて思ったの?」

「さ……いきん、鉄分が足りないかなって……」

「嘘つけよ」

 わかりやすく目を泳がせるレンを、シアは切り捨てた。鉄分ならば、無理してレバーを食べずとも摂取する方法はいくらでもある。そのことがわからないレンでもあるまい。

「で、本当のところは?」

「えっと……佐藤先輩の実家が焼き鳥屋で、名物がレバー串なんだって……」

「……はぁ?」

 聞き返すシアに、レンは謎の弁解をし出す。

「いやほら、食わず嫌いは駄目かなって。ちゃんと食べた上で嫌い……んん、苦手なら、苦手ですって言えるじゃない? 食わず嫌いだったから、万が一食べられる可能性もあったわけだし。駄目だったけど」

「わたしはむしろあんたが佐藤先輩の実家に行く予定があるっていうほうがびっくりなんだけど。そこんとこ詳しく」

「え? ないけど?」

「……はぁ?」

 きょとんとするレンに、シアは先程と同じ聞き返し方をした。

「ないけど、あるかもしれないじゃない。ゼロではないじゃない? どんな可能性だって。いつでも備えておくってのが大切だと思うのよ」

「…………ここあんたの奢りな」

「なーんでー!!!!」



 了

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