エピローグ
季節は巡り、春。
結局、翌日にマリアンヌはエルスタット家に戻ってきて、「申し訳ありませんでした」とアミルに、顔面蒼白で謝罪していた。
ひとまず、彼女の事情を知っているのはアミル、レオンハルト、ライオネルの三名だけということになり、他の使用人には知られていない。他の使用人たちには、少し体調が悪かったから休んだだけという形にしているそうだ。
まぁ、勘のいい使用人がいたとしても、マリアンヌがミシェルの手の者であり、アミルからゴーレム技術を学んで、ミシェルのために『テツジン』を作ることができるようにエルスタット家に潜んでいた――そのあたりの事情まで察することができる者はいるまい。
加えて、二十八号――アミルが必死に作った図面も、無事に戻ってきた。
今後は『テツジン』をはじめとして、アミルは様々なゴーレムを作っていくことになる。だが、今まではレオンハルトの趣味という形でやっていたものが、完全に仕事という形に変わった。
レオンハルト曰く、「完成品は、最初に僕が思う存分楽しんでから、ミシェル殿下に引き渡す方向で話がまとまっています」とのことだった。
「さて……」
春が訪れて、ようやく裏庭へ出てきたアミル。
そこには、一年以上もずっと鎮座し続けて、出番を待ち続けていた作業用ゴーレム――二十七号がいる。
何故かレオンハルトは「二十七号は盗まれると思っていたんですけどねぇ」と言っていたが、こんなにも巨大なゴーレムをどうやって盗むのだろうか。
「マリアンヌ、準備は良いですか」
「は、はい。昨日も、しっかり復習してきました」
「では、二十八号の製作を始めましょう。わたしは頭部パーツを作っていきますので、マリアンヌは腕のパーツを作っていってください。製作が終わったものについては、わたしが一度確認します」
「承知いたしました」
マリアンヌから返してもらった図面――そこを指差しながら、アミルは頷く。
一応この図面は、レオンハルトから「次は量産で」と言われることを覚悟して作ったものだったが、まさか本当に量産が決まるとは思っていなかった。
今後アミルを中心としてゴーレム業は、基本的に完全受注生産、顧客はミシェルだけという形で進んでいくらしい。
鉄板に対して《成形》の魔術を施しながら、完成図を考えてアミルは頭部を作っていく。
真っ直ぐな鉄板が魔力によって歪み、その形をゆっくりと変えてゆく。この頭部に関しては、何度も何度も同じものを作ってきたのだ。その完成形は、完璧なまでにイメージできている。
一応危険な作業をするため、頭に防御用の兜――レオンハルト曰く、ヘルメット――を被りながら、アミルは作業を続け。
唐突に、後ろから足音が聞こえた。
「やってますか、アミル」
「……ああ、レオンハルト様」
「今は、頭を作っているところですか? いや、ついに実物大の鉄人ができるんだなと考えると、なんだか落ち着かないんですよ」
「はぁ」
実物大というのはよく分からないが、恐らく発注通りのサイズということだろう。
アミルからすれば既に慣れた作業であり、今更新鮮味はないのだけれど。
「いつ頃完成する予定ですか?」
「わたしとマリアンヌで、ひとまず秋には完成する目安です。今後、人員が増えていくのならまた変わっていきますが」
「準ゴーレム師は、何人か雇い入れる話が決まっていますよ。女性でも割といるんですね、準ゴーレム師って」
「わたしもそうですからね」
アミルはそう、レオンハルトに言われたことを思い出す。
今後、『アミル製造工房』の拡大のために、人員を増やす方向だそうだ。ただし、それにあたって雇い入れるのは、女性の準ゴーレム師だけらしい。レオンハルト曰く、女性が活躍することのできる職場にしたいのだそうだ。
まぁその実、「下手な男を、アミルに近付けたくないので」とも言っている。
そのため、女性だけという形で探しているらしいが、割と見つかっているようだ。
「ああ、それでアミル。考えたのですが」
「はぁ」
「僕たちの結婚式なんですけど」
「……ええ」
既に、この家にやってきて四年目。
まだ結婚式してないのかよ、という話ではある。そのあたりの話題を、アミルが極力避けてきたのも理由の一つだ。
まぁ、お互いに忙しかったのもあるけれど――。
「二十八号が完成したら、バージンロードを二人で二十八号の肩に乗って歩くというのはどうですか?」
「……」
想像してみる。
真っ赤な絨毯が敷かれた式場で、ゴーレムの両肩に乗ったタキシードのレオンハルトと、ウェディングドレスのアミル。
それがずしん、ずしん、と足音を響かせる二十八号に乗って、バージンロードを歩く――。
ふっ、とアミルは笑みを浮かべて。
「いいですね」
「ええ、そうでしょう……え?」
アミルの答えに、レオンハルトが目を見開くのを尻目に、作業に戻る。
これ以上、何も話す必要はないとばかりに。
悪くない、と思えたのだ。
ゴーレムの両肩に乗ってバージンロードを歩く結婚式――そんな、レオンハルトの妄言が。
「さて。ではわたしは、結婚式のためにもゴーレムを作るとします」
「ちょ、アミル!? 本当に!?」
「ああ、レオンハルト様。それ以上は近付かないようにしてください。危険ですから」
「アミル!」
今日も、明日も、これからも。
アミルは、エルスタット侯爵家でゴーレムを作り続ける――。
ゴーレムマスターの花嫁~プロポーズの言葉は、「僕のためにゴーレムを作ってください」~ 筧千里 @cho-shinsi
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