卒業写真の裏側に

水定ゆう

3月……それは

 3月とは何か。

 人はこう思うだろう。『別れの月』。


 何に別れを告げるのか。

 それは、例えば卒業だったり、仕事の異動だったり、どちらにせよ何によせ、人の人生に大きく左右して、そして新たな門出かどでと不満を生み出す。それが、3月の悪魔だ。


「はぁー」


 俺はふと部屋にある写真たてを睨んだ。

 そこには楽しそうに写る男子生徒、女子生徒たちの姿がある。俺はそれを忌々しいのでもなく、懐かしむでもなく、とにかく視線が睨むようだった。


「懐かしいな、一年前か」


 それは俺が大学を卒業した時に、クラス全員で撮ったものだった。もちろん、俺の姿もある。

 当時仲の良かった親友と、最愛の彼女と一緒に隣り合っていた。


「この時はよかったな」


 そう懐かしむ。

 何故ならあの時の俺は社会に夢を馳せていた。

 世の中の闇に立ち向かえる。それだけの覚悟もあったし、何より仲の良い友達に囲まれて、まさしく順風満帆じゅんぷうまんぱんだった。


「卒業後も会社は上手くいったな」


 俺は第一志望の会社に就職できた。

 そこではパワハラなんかはなかったし、上司とも同僚とも仲良くやれていた。

 やれていたと思っていたのではない。仲良くやれていたんだ。


「ああ楽しかったな。本当に、あの頃は本当に……」


 俺はふと写真たてを持ち上げた。

 今にも滑り落ちそうなそれをひっくり返し、裏側を見る。


 そこにあったのは、なんてことのないケースだ。

 だがそれをじっと睨めば、中に収まっていたものが分かった。


 何が書いてあるのかはわからない。

 だけどこれを俺に渡してくれた、プレゼントしてくれてはずの彼女は、最初からわかっていたんだよな。


 見たこともない赤い血文字。

 この写真たてを受け取ったのは、ちょうど卒業の頃だった。

 そして俺は昨日の夜、事故巻き込まれて死んでしまったのを、俺は理解できずに彷徨さまようだけだった。


 彼女と俺の親友は付き合っていた。

 俺はそのカモフラージュ。単なる、噛ませだった。

 仕事が順調に行っていたのも、俺の実力。しかしそれを親友は恨んでいた。そのせいで、自分は志望していた会社に落ちたから。

 単なる腹いせが、時には人生を食い破る。

 例えば“二度と戻らない”ものだとしても、人の狂気は常に心の内側にある。


 狂気と欲望が混ざり合った、鋭いナイフは、時に残穢ざんえとなって、人の心をその身すらも、殺してしまうらしい。

 それは時として、自分の命すら。


「そうなんだろ、アイ」

「ごめんね、ユウ」


 いいんだよ。

 それだけ俺のことをあいつのことを思っていたんだったら。でもそれはあいつにとっては、どうなんだろうな。本当にあいつは恨んでいたんだろうか、だってあいつはもう……


「そうなんだよな、シン」


 俺はそう口にする。

 親友愛。そんな繋がりは、時として狂気に、そして時につぐないに変わってしまうのだろう。

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