ブルーム―ン(KAC2022:⑥焼き鳥)

風鈴

やきとり

 「大将、いつもの、お願いします」


 僕は、カウンターの奥がいつもの指定席だったが、この日は通りが見えるレジ近くの席に座った。


「へい!いつものね!いつもの、ひとつ!!・・お客さん、今晩は満月らしいですね。しかも、ブルームーンって言うって、娘が言ってましたけど、ブルームーンって知ってます?」

「ええ、一か月に2度満月が出るとき、2回目の月の事をブルームーンって言うそうですね」

「へぇ~~、物知りですね。へい、お待ち!」

 僕の前に、レモンサワーが置かれた。


「ありがとう。いえね、たまたま知ってただけですよ」


 僕は、そう言うと、おもむろにレモンサワーを取り、割りばしで軽く混ぜると口をつけた。


 ―――――そうさ、知ってただけだ。もう忘れても良いよな、あんな事は・・・・


「大将、あの『やきとり』を焼けます?」

「へい、やきとんスペシャルですね。丁度良かったですよ、お客さん、肩ロースの良いのがありますんで」


「じゃあ、それを3本もらえませんか?」

「へい!スペシャル3本!」


 ―――――このレモンサワーを飲むと、いつも思い出すなぁ。酸っぱくもあり、少し甘くもある、ここのサワーは、焼酎とかではなく、スピリッツを使っている。それだけにスッキリとしていて、レモンをより感じられるんだよな・・・・


「へい、お待ち!スペシャル3本!」

「ありがとう。あとは、もも、はつ、せせり、レバー、うずらの卵それぞれ2本ずつ、お願いします!」


 また、同様に大将が威勢よく繰り返すが、僕は、ある想いに沈んだのだった。



 **

 彼女との出会いは中学1年の時。


 彼女は、惜しくも委員長とはならなかったが、小学時代から人気は既にあったようだ。

 僕とは、出身校が違うが、彼女の明るく誰にでも話しかけてくるオープンな性格と、可愛く愛嬌のある笑顔は、誰にも好かれるアイドルちゃんだった。


 4月の初めの席替えで、その彼女と机をくっつける同じ班となり、普段でも喋るようになったのは自然の成り行きだった。

 僕が班長ってのもあったからだ。


 彼女の明るい性格のためか、気軽にいつもおはようと言っていたっけ。


 体育のあった時のこと。

「えっ?どうして休んでるの?熱でもある?」

 僕は、心配をして訊いた。

 彼女は、曖昧に笑った。

 周りの見学している女子も笑った。

「おい、よっしー(僕の名前は義男)、アレの日だよ」

 最初、何のことかわからなかったが、親友も呆れ顔をして僕を見たので、やっと悟った。

「・・あっ、そうか!ごめん!」

 でも、何でみんな、そう言う事は良く知ってるんだよ、とは思った。


 僕は、当時、そのように話せる女子が出来、しかもその子がとても可愛いので、学校へ行くのが楽しくて仕方がなかった。


 ついつい、授業中に、彼女の方を見てしまう。

 これが恋ってことなのか?

 僕は、好きな子とかは、今までもいたけど、そんなのとは比較にならない程の想いを感じた。


 そうして、GWが終わり、日差しが暖かい、ある日。

 僕は、彼女にフラれた。


「わたし、好きな人が居るんだ。ごめんね・・・・」

 あと、彼女は何を言ったのか、全然耳に入らなかった。


 僕は、その時、新しい掃除場所になったので、班長の為、早めに集合場所の昇降口前に来ていたのだった。

 彼女も早めに来て、僕と二人だったので、そう言ってきた。

 やがて、他の者達も来たので、僕は、前もって考えていたことを指示して、掃除が始まった。

 外掃除だった。


 明るい、ポカポカした太陽は、僕にも彼女にも等しく、照り付けている。

 女子達は女子同士で掃除をしていて、笑い声が聞こえてくる。

 でも、僕は一人で、班員たちがやっていない所をフォローするように、黙々と掃除をした。


 暗いな、今日は。

 太陽が暗い。

 ふと顔を上げると、明るい日差し。

 えっ、でも、周りの景色が見えないよ。


 僕は、涙を流していた。

 他人に見られないように、涙を拭う。

 この時の事は、今も忘れられない。

 なぜなら、その日は、僕の誕生日だったから。

 その日の夕方、豚の『やきとり』が食卓に並んだ。

 この時の『やきとり』の味も忘れられない。


 僕は告白したわけでもないのに、向こうから、言ってくるなんて。

 まだ、その時には、なぜそうなったのかを理解していなかった。


 僕は、他に好きになる人なんか、もう、出来そうにない、その時以来、ずっとそう思うようになった。

 フラれても、好きなままだった。

 見ないでいようとしても、彼女をついつい見てしまうんだ。

 片想いだった。



 **

 もう、例のやきとりは、全部食べ終わり、鳥を食べていた。

 鳥は鳥で美味いのだが、やはり、『やきとり』が、僕には最高だ。

 そして、レモンサワーが合う。

 もちろん、洋ガラシも、ピリッときて、感傷を刺激する。


「大将、サワー、お代わりください!」

「へい!まいど!!サワー、ひとつ!」


 直ぐに、お代わりが来る。

 ググッと飲み、横についてるレモンを中に入れて、グジグジと割りばしでつついて、汁を絞り出す。


 そして、レモンの果肉が浮いているそれを、またググッと呷るように飲んだ。

 「大将、聞いてくれる?」

 「へい?」


 **

「あの人、注意してよ!あなた、委員長なんでしょ?」


 そう言う彼女は、僕の初恋の子だ。

 あのアイドルちゃんだ。


「ごめん、注意しとくよ」


 その子は、その男子と同じ班になってから、ずっとちょっかいを出されて嫌だったらしい。

 久しぶりに話した言葉が、これだった。

 彼女とは、アレ以来、殆ど、自分から話すことは無くなっていたのだ。

 でも、彼女の事をいつも見ていた。


 その男子は、クラスでもモテていたので、彼女も、よく笑っているのを知っていたから、てっきりイチャついているのだろうと思って、彼女のやめてよ~って言う言葉を文字通りには思っていなかった。


 その男子は、僕には苦手だった。

 その日、ソイツと一緒に帰った。

 ソイツとはいろいろと話し、ケンカにはならずに済んだ。


 それ以来、彼女を見なくなった。

 あまり意識しなくなった。

 好きなのには変わらないが、彼女は遠くなってしまった。

 彼女自身も、最初の頃のアイドル風の感じはしなくなっていた。


 それからも、ちょっとしたことはありつつも、中3になり、その冬の1月の事。


 僕は、帰り際に、昇降口の出た所で、ある紙片を拾った。

 そこには、彼女の事が書かれていた。

 なぜ、そこに落ちていたのか、誰が書いたのか、なぜ、僕が拾ったのか、そんなことはどうでも良く、そこに書いてある事は確からしい事が、僕には直感としてわかった。


 


 僕の親友、もう、保育園からの付き合いだ。

 コイツは、僕にないものを持っていた。

 イケメンであること、賢い事、女子にモテる事、友達が多い事、みんなから好かれている事、明るくリーダーシップがある事などなど。


 だが、コイツは、僕を親友で、秀才で、カッコイイと言う。

 小学時代は、女子達から僕が妬まれたくらいに、コイツは僕の事をかまってきた。

 そして、僕の好きな子は、コイツが好きであることが多かった。


 そして、今回も、あの彼女は、コイツが好きで、付き合っているというのだ。

 そうだ、この時、彼女は、コイツと同じクラスだった。


 その日、塾の帰りに見た夜空には、満月が昇っていて、寒気の中、綺麗に見事に輝いていた。

 ブルーム―ンだった。


 そして、2月。

 僕は、受験に必死になっていたので、バレンタインとかは頭になかったし、もちろん、チョコももらえなかった。

 受験後、僕は希望の私立に合格し、ヒマになった。

 そんな時、例の親友は、チョコが余って仕方がないので、これやるよって、僕にくれたチョコがあった。

 ハートの横に、たつや、あつみ、っていう文字が書いてあった。

「おい、これって?」

「ああ、この前、あつみとは別れたんだ。だから、そのチョコ、食べにくくって」

「なんで別れたんだ?」

「まあ、あいつ、嫉妬深くて、めんどくさくなったからかな、あはははは」

「おまえ!」

 僕は、カッとなって、胸倉を掴んで、顔を殴りつけた・・・・と、脳内ではそうした。

「おまえ、今、何人と付き合ってるんだ?」

「5人くらいかな?あれ、よっしー、そういう話、嫌いなんじゃなかったっけ?」

「いいから、教えろよ、好きで付き合ってたんだろ?だったら」

「よっしー、やっぱ、おもしれーわ!女の子もオレの事、好きで付き合ってるわけで、それにアッチの方も興味があって付き合ってるわけだし。そこは願いを叶えてやってるっていうか、お互いの了解があってやってるんだから、もちろん、、合う合わないってのもあるじゃん。まっ、そう言う事だわ」


 オレは、何か、闇を見てしまった気がした。


 その2月は、ブラックムーン(満月が無い月)だった。


 そして、3月の終わり、僕は、久しぶりに通学路を歩いていた。

 そっち方面にある本屋に行きたかったからだ。

 もう、夕方になっていた。

 彼女は、自転車通学でよく、ここを通っていたよなと不意に思った。

 と、その時、彼女が向こうから、自転車を漕いでやって来て、僕の方を見ずに通り過ぎていった。

 その時の、彼女の、澄ましている顔、それでいて、あの頃と変わらない顔を、僕は一生忘れないだろう。

 その時、彼女が行く道の向こうには、大きな満月が昇って来ていた。


 それは、3月の2回目の満月だった。

 


 **

「そう、そんな事があったんだ~~~!大将、サワー、お代わり!レモン増し増しで!」

「えっ?おまえ、なんで?えっ、オレ、何を喋ってた?」

「もう、今日、良いモノ見せてやるからって、誘ったの、よっしーじゃん!」

「あのな~、アレは言葉のアヤってもんで」

「はい、これ、『やきとり』!私も大好きなんだ、これ!」

「ちっ!それを教えてやったのは、オレだからな。ありがたく思えよ!」


 そうして、久しぶりにサワーと『やきとり』を堪能して、外に出た。


「ほら、あれが、ブルーム―ンだ。実は、季節に4回満月が出ることがあって、その3回目が!!」

 キスをされた!


 キスの味は、やきとりだった。















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