第213話 戻って来た日常
「この光景を見ると、温泉街に帰ってきたーって感じがするな~。」
私が今いる桜の広場は、所狭しと屍と化した住民達で埋め尽くされていた。温泉街では見慣れた光景だ。
昨夜は温泉街全員参加の宴という事で、食堂では手狭だっため広場で宴を開き、飲めや歌えの大騒ぎ。ユリアナさんや子ども達もとっても楽しそうにしていたから、私も少し甘くなっていたとは思う。
とはいえ、まさかほとんどの住人が酔い潰れるとは思ってもいなかったよ。当然のように、アンナやガイン、ヒューゴ、フェデリコも屍のお仲間だ。
唯一の救いは、屋外という事で匂いが拡散されていること。おかげでいつもみたいに、臭いで気持ち悪くはならなさそうでホッと息を吐く。それでもコタロウとリュウにはやっぱり耐えがたいらしく、広場に着く前に森へ遊びに行ってしまった。私も一緒に森へ行きたかったな。
目の前の屍達を見ながら軽い現実逃避をしていると、大熊亭の方からクレマンが軽やかな足取りで広場へとやって来た。
「おはようございます桜様。久方ぶりの宴だったとはいえ、管理が行き届かず申し訳ございません。」
「おはようクレマン。私もここまでになるとは予想出来なかったよ。さて、どうしようかな。この人数一人一人に回湯を飲ませて回るのは大変だし、回湯の温泉に自力で入ってくれたら良いんだけど・・・無理だよね。」
「放置でよろしいかと。」
「いやいやいやいや、流石に放置は出来ないよ。元気になれば自分たちで温泉に入って汚れは落とすだろうし、とりあえず回湯をかけて回ればいっか!」
「お手伝い致します。」
「うん、お願いね。」
手頃な樽に回湯を入れ二人で振りまいていると、陽菜達が起きてきた。広場の光景を見て三人とも苦笑いをうかべている。
「おはよう。手伝うよ。」
「ありがとう。人数が多すぎるから助かるよ。」
「不謹慎とは思うんだけど、この光景を見ると温泉街に帰ってきたって実感が沸いてくるよ。」
「僕は大人になっても、絶対こんな風になるまでお酒は飲まない。」
「私もー。見てるだけで気持ち悪くなってくるよね。」
「酒は飲んでも飲まれるなってね。ある意味、良い反面教師達だね。」
「間違いないね。」
皆でクスクス笑いながら回湯を撒いていく。五人で撒いたおかげで、予想より早く全員に撒き終わることが出来た。
「さあ、回復したら順番に温泉で臭いと汚れを落としてきなさい。自分の足で行けますね?行けない者は言いなさい。引き摺って行ってあげましょう。」
クレマンがニコリと笑いながら起き上がってきた住民に声を掛けると、一様に慌てて宿舎へ向かって走って行く。
回湯のおかげで顔色に血色が戻ったかと思ったのに、また青い顔色へと変化している。温泉でしっかりと温まってきてね。
「ここは私が見ています。料理長が張り切って朝食を作って待っていますので、桜様達はお先に食堂へどうぞ。」
「そうさせてもらうね。ありがとうクレマン。」
優しく微笑むクレマンに後はお任せして食堂へ行くと、美味しそうな香りが漂っていた。たまらずお腹から『ぐぅ~~~』と切ない音が鳴る。
思わずお腹を押さえて周りを見回すと、三人もお腹を押さえていた。どうやら私のお腹だけが鳴いたのではなさそうだ。
「おはようございます桜様。朝食の準備は出来ておりますよ。」
少し気恥ずかしい思いを隠すように皆で笑い合っていると、料理長が満面の笑顔で出迎えてくれた。
「おはようございます。美味しそうな匂いがしますね。今日のメニューは何ですか?」
「今日は久しぶりにコタロウ様とリュウ様に食べて頂こうと、パンケーキを準備させて頂きました!!皆様がご不在の間に研究に研究を重ね、今までの物よりフワフワッとしたパンケーキを作れるようになったのです!ソーヤーの畑で採れたフルーツで作ったソースも三種類準備してありますので、飽きずに何枚でも食べられる事でしょう!」
今日の朝食のメニューを説明しながら、嬉しそうな顔で私達の周りをキョロキョロと見回している。コタロウとリュウを探しているのだろうが・・・さて困ったよ。
広場の臭いが薄れるまで、多分いや絶対に森から帰って来ない。私が呼べば帰ってきてくれるとは思うけど、コタロウとリュウに無理はさせたくない。せっかく張り切って作ってくれたみたいだけど、フワフワパンケーキをコタロウとリュウに披露するのは、早くてもお酒の臭いが薄れる午後になるだろう。
「コタロウとリュウは広場の酒の臭いが辛いからって、臭いが薄れるまでは森に避難しているって、さっき桜から聞いたから来ないよ。」
「えっ・・・・・。」
何と言えば料理長のダメージが軽くなるだろうと考えている間に、サラッと大河がオブラートに全く包まずに伝えてしまった。
ドサッと音がした方を恐る恐る見ると、料理長が床に膝をつき、見たこともない程の角度で首が項垂れている姿が見えた。相変わらずコタロウとリュウへの愛が重いな。
その後なんて声を掛けたら良いか分からず困り果てた私達に料理長と一緒に準備をしていたヘレンが作ってくれたパンケーキを食べ終わって食堂を出るまで、料理長はその場に固まったままだった。
コタロウとリュウが戻って来たら、料理長渾身のパンケーキを食べられるようにヘレンに伝言をお願いしておいたので、きっと大丈夫だろう。
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