何故焼鳥屋の焼き鳥はこんなに美味しいのか
八百十三
第1話
東京都新宿区揚場町。JR飯田橋駅よりも東京メトロ飯田橋駅の出口のほうが近くにある、焼き鳥屋として都内に十数店舗展開する、てしごとや ふくの鳥の飯田橋店。
そこのカウンター席で、マウロ・カマンサックは本社出勤の帰りにこの店に寄って酒のグラスを傾けながら、焼き鳥の五本盛り合わせを口に含んでいた。
犬系の獣人らしい長い口吻で串に刺さった、つけダレが焼かれて香ばしい香りを立てている鶏のもも肉を、長ネギと一緒に口に含む。咀嚼し、飲み込んで、ほうと息を吐き出しながら、彼は言葉を漏れ出させた。
「……やっぱり、美味い」
その言葉に、カウンターの内側にある焼き鳥の焼き場の前で串を扱っていた店長の杉田が、元々から細い目を余計に細めてマウロに言う。
「その言葉が一番嬉しいですね」
「ええ、うちの本社が飯田橋だから、飯田橋周辺のお店で何度も焼き鳥食べましたけれど……杉田さんの焼き鳥が多分一番、鮮度がいい」
手に持っていたねぎま串を全て食べて、カウンターに置かれた竹製の串立てに空になった串を放りながら、マウロは言った。
実際、焼き鳥を食べさせる店は飯田橋周辺には数多くある。何しろ日本の居酒屋には得てして欠かせないメニューだ。
タレにつけ、塩につけ。鮮度のいい鶏肉の種々の部位を串に打ち、高温の炭火で焼き上げる。これを愛してやまない日本人は数多い。
無論、それ故に各所の店舗がそれぞれ自分の店で出す焼き鳥にはこだわりを見せ、あれやこれやと試行錯誤しながら提供しているわけだが、こと扱う鶏の鮮度に関して、ふくの鳥飯田橋店のそれは頭抜けていると言えた。
同じく居酒屋、業態こそ違えど店を預かる人間であるマウロからの評価に、杉田がこくりと頷きながら発する。
「『
「持ち上げないでください、居酒屋としても日本酒好きとしても、僕はまだ杉田さんの足元に遠く及ばない」
杉田の褒め言葉にひらと手を振りながら、マウロは手元にあった日本酒のグラスを干した。三杯目に頼んだ若波、この100mlほどのグラスで500円。日本酒の品揃えの豊富さでも、この店は他の店を寄せ付けない。
次に飲む酒は何にしようか、日本酒のみを集めたメニューを手に取りながらマウロが話す。
「僕も居酒屋店長だから、日本で料理を出すにあたって何が大事か、何が重要視されるか、というのはよくよく分かっているつもりですけど」
日本に、地球に異世界からやってきて、今の会社に拾われて居酒屋で働き始めて、店長として店を任されて、もうすぐ3年。そこまで働いて、日本で居酒屋をやるに当たって重要なことも分かってきた。日本の酒飲みが何を求め、何を楽しみにするかも把握してきた。
それを踏まえた上で、「異世界居酒屋」として自分の店を発展させてきたマウロだったが。
「……焼き鳥だけは、店で出せる気がしない」
うめくように、犬獣人の居酒屋店主はそう零した。
マウロがカウンターに肘を付きながら話す様子を見て、苦笑しながら杉田は焼き上がった焼き鳥を皿に盛りつつ言う。
「難しいですからね」
「やっぱりですか? あ、次写楽お願いします。播州愛山」
その言葉に返事を返しつつ、次の酒を注文するマウロだ。写楽の品揃えが豊富なこの店は、得てしていい写楽が揃っている。この辺りも店長たる杉田の腕が光るところだ。
新しく注文の入った焼き鳥を串打ちしながら、杉田はせわしなく手元を動かしつつ話す。
「難しいんですよ、肉の鮮度、串の打ち方、焼き方、火力、炭の材質、どれ一つ欠けても美味しい焼き鳥にはならないですから。だからうちも、基本的に焼き場に立つのは俺ですし」
そう話しながら、彼は流れるように打ち終わった串を焼き場の鉄棒の上に跨がらせる。鉄棒の下では備長炭が白白と燃え、高温の炎を上げて鶏の表面を炙っていた。今もつくね串の表面から、鶏の脂が滴っている。
「属人的になっちゃいますよね」
「どうしましてもね」
マウロが納得したように発すれば、杉田もそれに同意しつつ頷いた。
居酒屋の業務というのは、どうしても属人的になりがちだ。こと焼き鳥を焼くという作業については、繊細な感覚や経験が要求される。故に選ばれた人間しか焼き場に立てない、ということもまったくもって珍しくはないのだ。
その話を聞きつつ、やってきた写楽 純米吟醸 播州愛山を口に含みながら、マウロは零した。
「いや、でもな……鮮度、打ち方、焼き方、火力、炭が全部大事なのは僕も分かるんですよ、普段の料理でも大事なところですから」
甘味のありつつ膨らみのある旨味を出してくる酒を舌の上で転がし、余韻を出しつつ飲み込んでから、マウロは僅かに身を乗り出した。
「杉田さんがそれらの他に、何かもう一つ大事なものがあるって言うとしたら、なんて言います?」
「そういう質問してくるところが、カマンサックさんが只者じゃないなってところなんだよなぁ」
その質問を聞いて、面白そうに笑いながら杉田はつくねをひっくり返した。表面にほのかに焦げ目のついたつくねを見やり、杉田は静かに発する。
「んー、でも、そうっすね。俺もうまく言葉に出来ないですけど」
少し言葉を区切ってから、杉田はじっくり焼いていたヤゲン軟骨の串を引き上げた。皿に盛り、店員に手渡してから彼は言う。
「いい鶏を引き当てる運ってのも、あるんじゃないかと思いますね」
「運……ですか?」
その言葉を聞いて、マウロは大きく目を見開いた。
運。運と来たか。確かに鶏と一口に言っても、同じ牧場で育った同じブランドの鶏でもいろんな鶏がいる。その鶏のどれが、自分の店にやってくるかは分からない。
そこでいい鶏を自分の店に引き寄せる、運。
「鶏によって、肉付きもバランスも微妙に違ってきますから。うちは希少部位はやっていないからオスメスの違いでどうこう、ってことはないですけど、同じサイズに肉を切っても微妙にサイズ感とかバランスとか、変わってくる。それをバランス取って串打ちするのが、焼き鳥屋の腕の見せ所なんですけど」
話しつつ、もも串を串打ちしながら杉田は話した。確かにこれで希少部位を焼き鳥にして出すような店だったら、個体差の問題はもっと大きくなる。一日に入荷してくる鶏の数にも限界はある故に、その日は出せない希少部位なんてのもあるだろう。
それを抜きにしても、個体差のある鶏をどう扱い、安定した品質の焼き鳥として出すか。そこはまさしく、串打ちする店員の技量次第であり、焼き上げる店員の技量次第であろう。
その上で、杉田は淡々と話し続ける。
「いい鶏に当たると、お、この串はいいぞってのが多くなるんで、そういう運を信じるのも、焼き鳥屋には必要かなぁって」
「なるほど……」
話を聞いて、マウロは納得したように頷いた。
確かに彼の言う通り、良い食材、悪い食材を見極め、その良し悪しを計った上で良い食材を自分のところに持ってくる「引き」や「目利き」も重要だ。わざわざ自分で酒屋や酒蔵に赴き、良い酒を仕入れてくる杉田だからこそ、その言葉には重みがある。
少々冷めかかった手元の串を、感慨深げに口に運ぶマウロに、いたずらっぽく明るい調子で杉田が声をかける。
「なんだったらカマンサックさん、たまにうちの店に修業しに来ます? カマンサックさんの腕ならいけるでしょ」
「いやいや、勘弁してください、いくら杉田さんとこがフランチャイズとはいえ、別会社ですよ」
杉田の軽口を聞いて、またもマウロは頭を振った。
美味しい焼き鳥、美味しい料理、美味しい酒。これを扱うに当たって、提供するに当たって、どれだけの労力と気力が必要になるか。分かった気分になりながら、飯田橋の夜は更けていくのだった。
何故焼鳥屋の焼き鳥はこんなに美味しいのか 八百十三 @HarutoK
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