第一章②
『ドキドキラブ学園~
常に高価なものを身に
「へぇ、ゲームのお嬢は高価なものばっか持ってたってことですか」
「そうよ。何かっていうと自慢して、あの子の私物に対して『あらやだ、なんだか庶民
「そりゃまた典型的な……」
だが悲しいかな、現状この世界の貴族の
やれ何台目の馬車を買って
だが実際のメアリにそういったプライドはなく、目の前で
「でも、これからは悪役として自慢しなきゃいけないのよね」
「そういや、お嬢はそういった自慢をしないですね。高価な物を買い
「なんでって言われても。一応、欲しいものは買ってるし、食べたいものだって食べてるわよ」
「ちなみに、今一番欲しいものは?」
「誰かさんの
「……た、食べたいものは?」
「解雇状がなかなか手に入らなくてねぇ、というか手に入るんだけど決まって書いてる最中にどっかにいっちゃうのよ。ねぇアディ、あなた書きかけの解雇状が無くなっちゃうことに関して何か知らない?」
「いいえ、まったく、
「予想以上に夢あふれる回答が返ってきたわ」
「それで、俺じゃない誰かさんの、俺にはまったく関係ない解雇状はさておき、今一番食べたい物は?」
コホンとわざとらしく
「コロッケ!」
「お嬢、その感覚で
はぁ……と盛大に
ちなみに、現在地は食堂。ちょうど昼時とあってか、かなりの
そんな中、メアリとアディはランチメニューの一覧を眺めつつ、
それどころか、
「それにしても、改めて考えるとバカみたいに高いわよね、ここの食堂って」
「そりゃ貴族が通う学校ですし」
「フォアグラだのキャビアだの、よく学生
呆れたように溜息をつき、メアリがメニューを眺める。
確かにメアリの言う通り、カレリア学園の食堂はどのメニューもやたらと高く、デザートでさえ
だがその反面やたらと客の
「相変わらず
「お嬢、また貴族らしからぬことを……美味しいものが食べられるんですから、大人しく待ちましょうよ」
「あのね、私はメアリ・アルバートなのよ? 食堂のメニューなんて、家でいつだって食べられるの。アディが食堂に来たがらなきゃ、
「そりゃ、ここにでも来なきゃ俺はこんな高い飯食えませんからね」
そんなことを考えていると、何かに気付いたのかアディがメアリの
「お
「え、どこ!?」
アディが指さす先を見れば、確かにアリシアの姿がある。
食堂の
それを見たメアリがニヤリと口角をあげた。
「アディ、これはチャンスよ」
「チャンス?」
「ゲーム通りなら、あの子はお金が無くてお弁当を持ってきてるはず。そこに現れるのが……」
「なるほど、悪役令嬢メアリ様の食事自慢ってことですか」
「そういうこと。豪華な食事を見せつけ、貧相なお弁当を
「……」
「…………」
「お嬢、それは無いです」
「あ、やっぱり?」
太字で書かれた『産地直送 海鮮丼』の文字は
それを思い出し、海鮮丼で食事自慢は厳しいかしら……と
「アディ?」
「急に海鮮丼が食べたくなったんです。お嬢、
「
「
「本人目の前にすりゃ良いってものじゃないのよ。それは置いといて、本当に交換していいの?」
食べられる? と首を
まったくどうして不器用な従者ではないか。だがそれを
「そういうことなら仕方ないわね。
と、メアリが交換したチケットに視線を落とす。
『
「……アディ、貴方食費が
「
「まぁいいわ、とにかく今日はこれでアリシアに格の違いを見せつけてあげる」
トレーに食事を受けとり、
転校生かつ庶民出身という異質さゆえかアリシアの周りには誰も
おまけに、
「隣、座ってもよろしくて?」
という──本人にとっては──
これにはアリシアもアディも目を丸くするしかなく、アリシアは「……どうぞ」と
「あら、
チラとアリシアの弁当と一品料理を
「私、今までちゃんとしたテーブルマナーなんて習ったことがなくて……だから失敗するのが
だが確かに、
この学園においてテーブルマナーは習うものではなく、出来て当然なのだ。ゆえにアリシアは教わることも出来ず、美しく
「ふぅん、まぁ庶民の貴女にはテーブルマナーなんて
そうしてゆっくりとステーキを切って口に運ぶその仕草は、誰が見ても完璧な所作である。それも当然、メアリはアルバート家の令嬢、テーブルマナーなど
そんなメアリの優雅な所作に
(……お
二人の前に座ったアディがそんなことを思いつつ海鮮丼を口に
「忘れがちだけど、『ドラ学』は
「そういや、乙女ゲームってのはそういうもんだって話してましたね」
「
「へぇ、そりゃまたお嬢の前世ってやつには
乙女ゲームの説明をするメアリに、彼女の向かいで本を読んでいたアディがうんうんと
ちなみに二人の現在地は学園内の図書館。利用者が
「メアリ・アルバートはそんな乙女ゲームに出てくるライバルキャラ。ことごとく主人公の恋愛を
「そいつは良いんじゃないですかねぇ」
「……いいかげん本を閉じないとお父様に言いつけるわよ」
「さぁお嬢、頑張りましょう! まずは何をしますか!!」
「ねぇ、貴方の中のヒエラルキーおかしくない!? 私とお父様の差が激しすぎない!?」
これでも私アルバート家の
「それでお嬢、アリシアちゃんの恋愛を邪魔するってどういうことですか?」
「さらっと流したわね……。まぁ良いわ、とにかく今はアリシアの恋愛よ、あの子いつの間にかフラグ立ててるんだから」
現在、アリシアが親しくしている異性は三人。
その中でもとりわけ親しく接しているのが、歴史の長いカレリア学園の中でも過去最高の優等生と
文武両道・
『ドラ学』での
実際のパトリックもまた同様に、やたらと見目の良い男達が
そんな生徒会長と、生徒会の書記と物理教師。この三人が今のところアリシアが親しくしているキャラクターである。
といってもパトリック以外はゲームでは初期好感度が高く、どんなに低いステータスでも親しげに接してくる。実際の彼等も同様に、誰にでも分け
今のアリシアの成長具合からすれば、まずまずの進み具合といったところだろうか。
付き合い方も友人以上恋愛未満といったところで、別段誰かのルートに
「
至って順調、とアリシアの成長具合と恋愛事情を語るメアリに、アディが感心したように頷いた。
「さすがお嬢、しかしよくそこまでアリシアちゃんのこと調べましたね」
「……あの子、最近やたらと私に話しかけてくるのよ。
どういうことかしら……と視線を
「と、とにかく! アリシアが三人と親しくしてると知ったからには、邪魔をしないわけにはいかないわ!」
『ドラ学』でも悪役令嬢メアリは事あるごとに主人公アリシアの恋愛を邪魔していた。
わざとアリシアの前で攻略対象者と親しげにしたり、自分こそがお似合いなのだと
アルバート家
もっとも最終的にはそれらも含めて
「今日
「それもまた本人から聞いたんですか?」
「……聞くどころか、
「うわぁ……」
「やめてよ引かないでよ泣きたくなるでしょ! 今はとにかく
何だったかしら、とメアリが
確か市街地で見られる
「思い出した! 私とパトリックが馬車に乗ってるのを、たまたま
ゲームの中でも、今と同じように主人公アリシアは市街地へ向かう。
その
といっても、パトリックのルートを進めればそれが単なる思い過ごしであることが判明する。メアリがアリシアに見せつけようと画策し、半ば
「なるほど、確かにそれは妨害になりますね」
「でしょ。そういうわけだから、パトリックを誘って市街地まで行くわよ!」
幸い、メアリとパトリックは顔見知りである。
それどころか、パーティーがあればエスコートを
「パトリックとの付き合いは長いし、『少し話がしたいの、馬車で送っていくわ』くらい言えば付いてきてくれるでしょ」
「……馬車で、ですか。ところでお嬢」
「なぁに?」
「俺ら、
……。
元より静かな図書室に、耳鳴りがしそうなほど冷ややかな静けさが
「そうだったわ……!」
ガクン、とメアリが
「
「言っちゃあなんですが、お嬢ご自身です」
「だって馬車だと大通り通らなきゃいけなくて五十分もかかるのよ? 自転車なら小道抜けて十五分なのに! とんだタイムロスよ!」
「まぁ確かに、ここいらは馬車が通り抜けられない細い道が多いですからね」
「非効率、ナンセンスよ!」
アルバート家の
対して、自転車ならばアルバート家の裏手にある使用人用
だがあくまで自転車は
「しくったわ。
「お嬢、
「なるほど、だからうちの学園に駐輪場が無いのね。今この
「で、パトリック様はどうします? 俺、アルバート家に
「…………いいえ、このまま誘うわ!」
「誘うんですか!? 自転車ですよ!?」
「乗せるわ!!」
たとえ
相手はあの生徒会長パトリックなのだ。馬車ならまだしも、庶民の乗り物である自転車になんて乗るわけがない。つまりメアリは
で、あれこれあってしばらく。
「……まさか本当に乗るなんて」
と、自転車を
その後ろにはカレリア学園生徒会長のパトリック。
ちなみに
玉砕覚悟でメアリがパトリックを誘ったところまさかのオーケーを
本来の目的を思い出せば、ここはパトリックとメアリが二人乗りをするべきだ。例え本来のゲームのような金持ちぶりは発揮できなくとも、
だが貴族の生まれであるパトリックは当然だが自転車に乗ったことが無い。メアリも、
いや、そもそもの自転車通学が
「ところで、パトリック様を自転車にお乗せするなんて、もしかして俺って今とんでもないことしてるんじゃ……ダイス家から訴えられたらどうしよ……」
「気にするな。俺が言ったんだ。それに自転車には一度乗ってみたいと思っていた」
「え、それは意外ですね。自転車に興味がおありだったんですか?」
「あぁ、風が気持ちいいと以前にアリシア……いや、とある人物が話していてな」
「とある人物ですか」
わざとらしくコホンと
この生徒会長が庶民の乗り物に興味を示しているのだ、どうやらメアリが予想していた以上に──そしてきっと、
『ドラ学』はプレイヤーがアリシアとなり学園生活を送るシステムである。あくまで心情が分かるのはアリシアのみで、相手からどう思われているかは作中の会話と、あとは好感度と言う数値でしか分からないが、どうやらゲームで受ける印象以上にパトリックはアリシアにベタ
そうしてふと前方を見れば、道の先に見覚えのある後ろ姿が見えた。
金糸の
そんなカレリア学園らしからぬアリシアの後ろ姿に、メアリがいよいよだとハンドルを
……上手く、いくはず。
…………上手くいくかなぁ。
本来のゲームとは
ゲームの通りであれば今はアルバート家の馬車の中で、メアリとパトリックが身を寄せ合い親しげに座っているのだ。その光景からアリシアが要らぬ誤解をしてしまう、というのは理解できる。
だが今はどうだ。パトリックはアディと二人乗り、メアリは一人で自転車を漕いでいる。
ゲーム通りアリシアが「なんて仲が良さそうなの、もしかして二人は……」という勘違いをするのであれば、この場合だとメアリとパトリックではなく……。
「やめよう、それ以上考えては
ここで自信を無くしてどうする。
……まぁ、その勘違いが多少
要はアリシアとパトリックの仲を
そんなことをメアリが考えつつ、まさにアリシアの隣を走り抜けようとし……。
「あら、パトリック様」
「アリシアか。悪いアディ、止まってくれ」
「はい!」
キィ! と軽快な音を立てて止まった自転車に、思わずメアリも
「ごきげんよう
ペコリとアリシアが頭を下げる。
その
現に、
対してアリシアはそんなパトリックの視線には気付かず、不思議そうに三人を見るとクイと小首を
「皆さん自転車に乗って、今日はどうされたんですか?」
アリシアが疑問に思うのも無理はあるまい。なにせ、貴族ばかりが通うカレリア学園の中でもとりわけ名門貴族の二人が
そんなアリシアの疑問に対し、パトリックはコホンと軽く咳払いした後、まるでこの場を任せるとでも言いたげにメアリに視線を向けた。どうやら「アリシアの話を聞いて自転車に興味を持った」とは言えないらしい。
分かりやすいパトリックの態度に、メアリが僅かに
だが今はそんなことを考えている場合ではない。
なのでメアリは適当に「運動になると思いましたの」とでっち上げ
「おほほ、ちょっと私アディと話がありますの」と、こんな感じで従者の
そうして二人には声が届かない程度に
「いやぁ、あの二人お似合いですねぇ……ねぇお
「聞きたいことは一つ。なぜ止めた。私の計画を知っていて、なぜ自転車を止めたの」
「ははは、お嬢ほら見てくださいパトリック様ってば照れていらっしゃいますよ。まぁアリシアちゃんは
「……私達いっぺん話し合う必要があるようね。お父様を交えて」
「すいませんでした。いくらお嬢の計画があっても、パトリック様の命令には逆らえませんでした!」
申し訳ありませんでした! と勢いよく頭を下げるアディに、メアリが
確かに、従者の家系であるアディが名門貴族のパトリックの命令を無視できるわけがない。それは分かる。が、その前提にメアリの命令があるのだが、彼の中でそれはどうなっているのだろう。
あと、やはり彼の中のヒエラルキーがおかしいことになっている気がする。そりゃアルバート家の当主であるメアリの父親が最上位に位置するのは当然だが、その
と、そんな
「ほらお嬢、機嫌直して
ね、とアディが笑いかける。
ぎこちないその笑みはご機嫌取りなのが明らかで、メアリが
そうして、パトリックとアリシアのもとへと戻っていく。ここでアディを問い
「お待たせして申し訳ありません」
ニッコリと微笑み、メアリがパトリックとアリシアに話しかける。
どうやら会話が
「ではパトリック様、参りましょうか。ごきげんようアリシアさん、また
「あぁ、その件なんだが……」
アリシアに別れの挨拶を告げたメアリに、パトリックが待ったをかけた。それに対して
で、どうなったかと言えば、こうなった。
「やはり自分で
「
「そうはしゃぐな、乗馬に比べれば楽なものだ」
楽しそうに風を受け走る二人を横目に、メアリが盛大に溜息をつく。
ついでに八つ当たりでアディの
「試合にも負けて勝負にも負けて、おまけに
「お気持ちは分かりますが。お嬢、大人しく
はぁ……と溜息をつきつつ、メアリが言われたとおりアディの腰に腕を回す。
ちなみに、今のメアリはアディが漕ぐ自転車の後ろに座っている。いわゆる二人乗りと言うやつだ。
その
それに対してメアリとアディはと言えば、メアリは死んだ魚のような
パッと見はどちらも
「お嬢、大人しくしていてくださいって。八つ当たりとは言え、
「その
「だってお嬢の八つ当たりですか……痛い! だから大人しくしてください、落としますよ!」
「落とされるときは
「なにその状況、いっそ殺してください」
と、
それでもしばらく走ると目的地の市街地に着き、どちらともなく自転車を止めた。
「送っていただきありがとうございました、パトリック様。メアリ様もアディさんも、ありがとうございました」
深々と頭を下げるアリシアに、メアリが「気になさらないで」と
とにかく、そんなメアリの胸中など知る
完敗だ、むしろ
更に、何を思ったか──大方、アリシアを目的地まで届けるためであろう──パトリックまでもが「ここで結構」と言ってのけるのだ。これでは
そうして、楽しげに話しながら去っていく二人の背を、メアリが死んだ目のまま見送った。
「何がしたかったのかしら、私は……」
そう呟いたメアリの言葉に、流石に今回は自分の責任もあると感じたのか、アディが気まずそうに顔を
アルバート家の令嬢は没落をご所望です さき/角川ビーンズ文庫 @beans
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