第一章①


「で、まずは主人公のかくにんですか」

 と、アディが小さく声をかければ、彼の下に構えていたメアリがうなずいた。

 場所はさきほどの食堂から移動して学生りように続く通り道。その曲がり角に、上下に並ぶように身をかくして陣取っている。

 今日の学園行事は始業式のみで、ほぼすべての生徒がすでに帰宅している。それは学生寮で暮らす生徒達も同じことで、明日あしたから始まる授業に備えて自室に戻って休んでいるか、既に遊びに出ているかだ。散歩をするにもおもしろ味が無く、遊びから帰ってくるにはまだ早い時間。ゆえに、しばらくこの道を通るものはいないだろう。

 今からここを通るであろう、主人公を除いて。

 ……あと、曲がり角で陣取るかいな二人組を除いて。

「確か、主人公はオープニングのアニメでここを通っていたはず。毎回スキップしてたから覚えてないけど」

「ちゃんと見ましょうよ。製作者が泣きますよ」

「だって毎回同じなんだもの。ってそうじゃなくて、ほら来たわよ!」

 見つからないようかべに身を寄せつつ、しんちように様子をうかがう。

 見ればカレリア学園の制服に身を包んだ一人の少女が、茶色いトランクケースを引っ張りながらゆっくりと歩いてきた。地図を片手にキョロキョロと周囲を窺う様は、まさに右も左も分からない転校生。貴族の通うこの学園の全てがめずらしいとでも言いたげにあちこちに視線を向けては、あつとうされているのか小さくためいきをついている。

「あれがそうですか」

「そうよ。彼女が主人公のアリシア」

「そうですか、あの子が……いやなんというか……」

 アディがぼうぜんとしながらアリシアに視線を向ける。

 それを聞きながら、メアリは言わんとしていることは分かると頷いて返した。

 可愛かわいいのだ。

 流石は主人公と言えるほど、とにかくアリシアは可愛い。

 むなもとまでびたストレートのきんぱつは日の光を浴びて美しくかがやき、それを手で軽く押さえる姿がまたぼくで愛らしい。金色のかみむらさきいろひとみがよくえ、これからの学園生活を期待しているのか形の良いくちびるゆるやかなえがいている。

 いわゆる美少女というやつだ。もっとも、ゲーム上では『へいぼんな少女』という設定なのだが、そこは乙女ゲームのお約束というもの。

 とにかくアリシアは可愛らしく、なるほどこれは確かに学園の男子生徒達がれ込むのも無理はない。

「えらく可愛い子ですね。おまけに金髪にむらさきの……紫の瞳って王族のあかしじゃないですか!」

「やだ、あんたラストで明かされる事実をオープニングアニメでぶちまけるんじゃないわよ」

おう様そっくりだし、これで最後まで気付かないってどんだけ節穴なんですか!」

「そんなこと私に言わないで。あ、こっちに来るわ。よし、いっちょあいさつしてあげますか!」

 悪役のお出ましよ! と意気込んでメアリが曲がり角からおどり出れば、当然だがアリシアはその登場におどろき「どなたですか?」と目を丸くしつつおそる恐る尋ねた。

 その可愛らしく女の子らしいこわいろ、小さく首をかしげる仕草。まさに乙女ゲームの主人公といったアリシアに対し、ここが悪役のうでの見せ所だとメアリが意気込む。

 ここでビシッと決めてやるのだ。これかられんあいイベントまんさいの学園生活を送るアリシアに、だれが敵かを知らしめてやる必要がある。

「あの、あなたは……この学校の生徒さんですよね?」

「私? 私はメアリ、アルバート家のメアリよ」

「アルバート家の……やだ、私ったられしい口を聞いて、失礼しました! まさかアルバート家の方だなんて!」

「まぁ貴女あなたとは世界がちがうんですもの、わからなくっても仕方ないわね。名乗る前に相手の名前を聞くあたり、生まれの程度が知れるわ」

「あ、すみません! 私アリシアです。今日からカレリア学園に通うことになりました、よろしくお願いします!」

「あら、この私がしよみんなんかと仲良くなるとお思いで?」

 じようだんはやめてちょうだい、とメアリが冷ややかに笑う。その仕草と視線はまさに悪役れいじようそのものだ。そんなメアリに対してアリシアはわずかに息をみ、申し訳なさそうにまゆじりを下げると「そうですよね……」と小さくつぶやいた。

「そ、そうですよね。すみません、私なんかが気安く声をかけてしまって……あの、せめて教えてほしいんですが……」

「あら、なにかしら?」

「はい、その……学生寮の受け付けが分からなくて……」

 どこに行けばいんでしょう、と弱々しく呟くアリシアに、メアリとアディが顔を見合わせた。

「学生寮の受け付けっていうと……アリシアちゃん、こっちとは真逆だよ」

「え!? そうなんですか?」

「まさかあなた方向おんなの? 場所も分からずに歩くなんて、浅はかも良いところよ」

「そんな、知らなかった……建物がいっぱいあってどこに行けば良いのか分からなくて……」

「学生寮関係なら第二校舎だったはずだけど。おじよう、第二校舎って最短でどう行くんでしたっけ」

「目の前にある建物をっ切って、その向かいにある校舎をけてわたろうから行けるわ。でも今日は先生方も早くおかえりになるはずだし、急いだところで間に合うかしらね」

「わ、分かりました、急ぎます! ありがとうございました!」

 あわてて頭を下げ、アリシアがきびすを返して来た道をもどっていく。

 彼女が走るたびに金糸の髪がなびき、ガチャガチャとトランクケースが鳴る。その姿はまさに『ドジな美少女』ではないか。

 確かにおく辿たどれば、『ドラ学』の主人公アリシアは『ちょっとドジな女の子』だった。太陽のようながおと愛らしさ、庶民生まれの活発さとけなさ、それでいてドジなのだからはやかんぺきとも言えるだろう。もちろん、作中で彼女のドジな面は欠点ではなく長所として描かれていたのは言うまでもない。

 そんなアリシアが去って行った先をながめながら、ふとメアリが我に返ってアディを見上げてたずねた。

「……私、悪役っぽかったかしら」

 と。だがそれに対して返ってきたのは、

「いや、単なる親切な人ですね」

 という無情なものだった。

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