現代つくね異聞

高野ザンク

残り物に福はあるのか

 午後7時過ぎのスーパーマーケット。割引シールが貼られているのを期待して惣菜コーナーに向かう。

 少し駆け足になってしまうのがなんともさもしい。


 日本酒のつまみにしたくて焼き鳥の棚を見る。割引ピークの第一弾が終わったせいか、5本入盛り合わせはもちろん、その他もあらかたなくなっていたが、棚の角のあたりに50円引きのシールが貼られた2本入りパックのつくねが残っていた。

 こういう時だいたい最後まで残るのはレバーかつくねだ。ともに好みが分かれるからだろう。


 俺はつくねが好きだ。


 タレなら甘めのものよりも、一度タレの壺にトプンと入れてサッとだしたぐらいの奴がいい。居酒屋で卵黄と一緒に出されたりするが、あまりあの食べ方は好きではない。10本食べるなら2本ぐらいはそうやって食べてもいいが、そもそもつくねって奴は、焼き鳥盛り合わせの中で1〜2本あるのが良いバランスなんじゃないか?


 塩のつくねならシソを練り込んだものが抜群に美味しい。自分の給料で呑めるようになってから、ちょっと高めの居酒屋で毎回頼んでいたが、あの居酒屋はどこだったっけか。つくねとシソという共に好き嫌いが分かれるもの同士が一緒になった代物だが、それがものすごい好きだった。


 目の前に残っているつくねは、そんな大層なものではなく、いかにもスーパー品質のタレの奴。値段からしたら文句なく美味しいし、しかもそれが50円引き。迷うことなくカゴに入れた。



 レジで会計を済ませて、サッカー台で荷物をまとめていると、背後から女性の声がした。


「つくね、お好きなんですか?」


 恋愛が始まるような声色ではない。どちらかといえば何かの勧誘のような声。振り向くと小柄で丸顔の若い女性が立っていた。


「ええ、まあ……」


「最後の1パックを買うほどに?」


 被せるような物言いに俺はムッとして、つくねに関する一家言を開陳してやろうかとも思ったが、今は相手の意図が読めないこの状況を脱するのが一番だろう。


「そうですね。好きですね」


 できるだけ感情を込めずあっさり言うと、女の表情が少し落ち込んで見えた。


「そうですか……」


 そのまま彼女が俯いたままでいるのを幸いに立ち去ろうとすると、再び声をかけられる。


「そのつくね、譲ってもらえませんか?」


 嫌です。と突っぱねても良かったのだが、その切実な様子に、俺はなぜこのつくねに拘るのかを尋ねた。


 訊けば彼女はシングルマザー。5歳の息子が3日前から病気で、ようやく食欲が出てきた今日、つくねが食べたいと言い出したらしい。焼き鳥でなくというチョイスがなんというか通な気もするし、リアリティがあった。


 病床でどうしても食べたいものがつくねと言う息子と、50円引きの残り物だから手にしたあなたと、どちらが本当につくねのことを愛しているんでしょうか。


 その言葉には説得力を感じた。もちろん俺だってつくねは好きだ。50円引きだから手にしたわけではない。だが、愛してるかまでいうとそうだろうか。

 焼き鳥盛り合わせの中のつくねが大好き、というのはハンバーグの付け合わせのエビフライが大好きというのと同じくらいの想いしかないのではないだろうか。


 いやいや、待て待て。完全に相手のペースに乗せられている。そもそも想いの強さで争ってない。っていうか、つくねもエビフライもだ。しかもこのつくねは俺が買ったもんなんだから、この女性に何を言われようと渡す筋合いは1ミクロンもないのだ。


 しかし、だ。


 俺は自分のエコバッグから、50円引きと貼られたつくねのパックを取り出し、彼女の前に差し出した。

 意外な展開だったのか、向こうのほうが面食らったようだった。


「え、いいんですか?」


 怪訝そうな声でそう言う。


「なんだか、このつくねはあなたが持っていったほうがいいかと思って」


 話をするうちに、なんだか俺には彼女が“つくねの精”のように思えたのだ。もちろんそんなことは言わなかった。現時点でおかしいのはこの人だが、それを言ってしまえば、俺の方がおかしい奴みたいじゃないか。



 すると、は笑顔を浮かべてパックを持ったままぼうっと消えた。



 なんてことは当然なく、ペコペコと何度も頭を下げてドアから出て行った。ちゃんと自動ドアも反応した。



「あー、やられちゃったわね」


 サービスカウンター越しに店員さんに声をかけられた。


 彼女はたまに惣菜の値引きタイムに出没して焼き鳥を買い逃すと、手に入れた人に近寄ってあの手この手でねだるのだと、呆れたような口調で言う。


 よかった、病気の子どもはいないんだ。

 などと古いCMのセリフが頭に思い浮かんだが「これで良かった」なんてカッコいい考えにはならない。あー、やっぱりね、という、それだけの感情。そんな奴なら、店員さんも苦笑いしてないで、注意どころか場合によっては通報してくれればいいだろうに。


 「でも、あの人に焼き鳥あげたのお客さんが初めてだよ」


 万引き犯というわけでもないらしいから、苦情がない限り店も放置しているという。じゃあ自分が彼女のカモ1号というわけだ。トリだけにな。


 まあ真実がどうであろうと、俺にとって彼女はつくねの精であり、あるべきものをあるべきところに戻したのだ。それならそれでいいだろう。そう思うことにする。


 ただ、もう一度彼女に会うことがあれば、俺がいかにつくねが好きかを、相手が音を上げるまで散々語ってやろう。つまみのない日本酒を飲みながら、そんなふうに考える。


 どうやら酔いがまわってるようだな。


(了)


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現代つくね異聞 高野ザンク @zanqtakano

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