【ショートショート】ぼんじりはパパに取っておくの【2,000字以内】

石矢天

ぼんじりはパパに取っておくの


 大きなお家の小さなお部屋。

 健太けんたふすまを開くと、畳敷きの和室が二部屋繋がっていた。


「わあ! ママ、今日はここに泊まるの?」

「ええ、そうよ。ほかの人もいるから一人で外に出ないでね」

「うん、分かった!!」


 健太が元気よく頷くのを見て、母親の佐那さなは我が子をギュッと抱きしめた。


「さすが4歳さんは違うわね。ケンちゃんもすっかりお兄ちゃんだ」

「えへへへ。そうだよ。ケンちゃんは保育園でもちっちゃい子と遊んであげてるんだ」


 母親に褒められて、健太はご満悦だ。


「パパはまだ寝てるの?」

「……うん。ちょっと疲れちゃったみたい。あっちの部屋で寝てるから、そっとしておいてあげようね」


 佐那が「あっちの部屋」と指差したのは、隣の和室ではなかった。

 これまでお外に泊まるときは、決まった部屋に三人で泊まっていたから、使っていい部屋がいくつもあるなんて、すごいお家だなと健太は驚いた。


「じゃあ、そろそろご飯にしよっか」

「わーい! ケンちゃんはね、焼き鳥が食べたい!!」

「ふふふ、もちろん買ってきてあるわよ」


 そう言うと、佐那は和室のテーブルに置いてあったスーパーのレジ袋を、ガサゴソと探り、焼き鳥が入った紙袋を取り出した。


「焼き鳥、ちょっと温める?」

「ケンちゃんはそのままがいい。アチチだと食べられないから……」

「そっか、じゃあこのままお皿に出しちゃうね」


 紙皿を二枚用意して、塩味の焼き鳥と、たれ味の焼き鳥をテーブルに並べる。

 たれ味は、もも、つくね、レバーが二本ずつ。

 塩味は、なんこつ、ぼんじりが二本ずつ。


 まずは大好物のつくねを一口。

 甘いたれが絡まった柔らかな肉団子の感触がたまらない。


 その様子を見ながら、佐那は健太の前にもう一つ空の紙皿を置く。


「どう? 美味しい?」

「うん! ケンちゃんこれ好き! あと、このちっちゃい丸いのも好き。でもこのくろいヤツはちょっとやだ」

「レバーはいやかあ、ママも子供の頃は食べられなかったなあ。じゃあ、こっちのちっちゃくて丸いのをあげよう。あとは、これと、これも」

「やったー!!」


 健太の皿に、もも、なんこつ、ぼんじりが1本ずつ置かれた。

 佐那は続けて、自分の取り皿にも、もも、レバー、なんこつと並べる。


「んふふふ。おいしいねえ」


 健太はつくねを一本食べ終わり、ニコニコとぼんじりへ手を伸ばす。


「そうだね、美味しいね。ママはなんこつが好きだなあ」


 ママが好きと聞いて、ぼんじりを食べ終わった健太もなんこつにかじりついた。

 塩だれの風味が口に広がる。噛むとコリコリとした触感がした。


「んー。ケンちゃんにはちょっとカタいかも」

「そっかあ。ケンちゃんにはちょっと早かったかな。いいよ、残りはママにちょうだい」


 健太は一口かじったなんこつを、そのまま佐那の皿へ置いた。


 不意に健太が「あ!」と言って、紙袋に入っていたぼんじりへと手を伸ばす。

 その小さな手を佐那が見咎めた。

 

「あ、ダメよ、ケンちゃん。まだ自分のお皿に焼き鳥残ってるでしょ? 食べ終わってから次のを取りなさい」


 たしなめられた健太は、そうじゃないと首を振った。


「違うの。ぼんじりはパパが大好きだから、取っておいてあげるの。無くなっちゃったらかわいそうでしょ」

「……あ、そうだね。ママ、気づかなくって……ゴメンね。そうだよね、パパも食べたいよね」


 一瞬、佐那の顔から表情が消えた。

 次は一転してクシャクシャの顔になった。

 その両目からはポロポロと涙がこぼれた。


「ママ、あたまいたいの? おなかいたいの?」

「ううん、ちがうの」


 佐那は覆いかぶさるように、健太を抱きしめる。


「ケンちゃんが優しいから、うれしくて泣いちゃった。へへへ。パパが起きたら、これ食べさせてあげようね」

「うん……ママ、いたいよ」


 佐那の首にかかったが、健太のおでこに当たっていた。


「ごめん、ごめんね。もう少しだけ、ギュってさせて」


 健太はどうしてママが離してくれないのか分からなかった。

 ママのに押し付けられて前も見えない。


 頭に、ぽとり、ぽとりと冷たいものが当たる。

 見えないけれど、きっとママが泣いているんだ。


 早くパパを呼びにいかないと。

 パパならきっとママを元気にしてくれる。いつもそうなんだ。


 焼き鳥を食べたら、ぼんじりを持ってパパを起こしに行こう。

 

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