ママは能力者⑥ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話
ゆうすけ
オペレーション・バーニングバード
「タワーコントロール、こちらスフィンクス・ナイン・デルタ。十四番にアプローチング」
パイロットは無線で滑走路の着陸許可を取っている。目の前には一面の暗闇。十字にまたたく着陸灯。夜の滑走路は暗くて、そして明るい。近未来的であり原始的でもある。眼前に広がる風景を、戦闘機のシートに収まったミサとレーは興味深く見守っていた。
「スフィンクス・ナイン・デルタ。こちらタワーコントロール。十四番に着陸を許可する。風速強し、注意されたし」
空港の管制から無線で返信がきたのがヘルメット内に仕込まれた、スピーカー越しに耳に入った。
今回ミサたちを護衛してくれたパイロットはかなりのすご腕だったらしい。ここまでわずか数十分でスムーズに飛んできた。あっという間に北の大地は目前だ。
それでも地上は真っ暗な夜、おまけに風雪が強いらしく、さすがのパイロットの腕をもってしても機体は盛大に横揺れ縦揺れを起こしていた。
「レーはこれぐらいの揺れはなんともないのですか」
「ママ、こんなの全然平気」
「乳がないのもたまには役に立つのがわかったのです」
「関係ないから!」
揺れは細かく激しくなってきたが、ミサもレーも冗談を言い合う余裕はある。それだけパイロットの腕は確かだった。
しかし、そのパイロットが着陸を目前にして切迫した声で空港管制に叫んだ。
「タワーコントロール、こちらスフィンクス・ナイン・デルタ。
「なんか、すっごいでかいデブな鳥みたいなのがいた!」
レーがパイロットに告げる。パイロットは操縦かんを引き上げながら驚きの声色でレーに問いかけた。
「ああ、すみません、レーさん。滑走路に鳥みたいなのがいたの、見えたんですか? 旋回して着陸をやりなおします。この吹雪であれが見えるとは、レーさんすごい動体視力ですね。訓練された現役のパイロットでもなかなかそこまで見切れません」
戦闘機は着陸するはずだった滑走路を機首を上げて通り過ぎる。そして大きく左に旋回した。
「あのデブな鳥を避けて着陸できないの?」
「いや、あれだけ大きいとよけきれないです。巻き込んじゃいます。おい! コントロール! あのデブ鳥はなんだ! 危ないからどけてくれ!」
「スフィンクス・ナイン・デルタ、こちらコントロール。こちらでも確認した。あれは
コントロールからの無線を聞いてミサが悲鳴をあげた。
「冗談じゃないのです! 他の空港とか寄り道してるヒマはないのです!」
「要するにあの鳥をどかせばいいんでしょ? それでこの飛行機、戦闘機なんでしょ? レーザーで焼いちゃえばいいじゃん」
「いや、レーさん、さすがにそれは無理ですよ。着陸寸前の時速二百キロの超超低空から一発で打ち抜かないと、滑走路自体に穴開けちゃいます。それに私は着陸操縦中で機銃まで手が回りません!」
レーはにやりと笑って裸Yシャツの腕をまくった。
「私が撃つわ。ただの有視界射撃でしょ? クレー射撃と同じじゃない。しかも相手は動きののろいデブな鳥。楽勝よ。まかせて」
「無理です! 機体が水平になる一瞬の間にロックオンして発射しなきゃならないんですよ? 訓練された隊員でも超難度です。失敗したら機体ごとデブ鳥に突っ込むか、空港の建物を壊すかですよ。オリンピック選手でなければ無理です!」
「オリンピック選手にできることなら大丈夫。これで狙ってここを引けばいいのね?」
「マジですか!」
「マジマジ。あなたはいつもどおり着陸してくれればいいから。私がなんとかする!」
◇
コンサート会場ではHave&Bakichiがビートに乗せて「い・け・な・いベージュマジック」を歌っていた。
「私のBakichiさんが引退するなんて許せない!」
Have&Bakichiが歌っている最中、間奏で一瞬音が途切れた瞬間に観客席の女が一人大声をあげた。
「お腹の赤ちゃんをどうしてくれるの!」
そして、続くセリフに一気に会場が静まり返った。曲の伴奏とHave&Bakichiの歌声だけが淡々と続く。叫び声をあげた女は観客席の中央部分からステージに上がろうと駆け寄ってきた。
「私のお腹にもBakichiさんの赤ちゃんが!」「私は双子よ!」「私なんかHaveさんの子供がいる! もう二歳よ!」
たちまち会場中の女性がセンターステージに殺到し始めた。
「えええ?? Have&Bakichiってファンの子みんなに手を出してるの? 子供何人いるのよ!?」
メグは狂乱する観客の女子たちの様子を見ながらドン引きしていった。メグの後ろでサイリウムを振っていた女の子も「私もBakichiさんの子供ほしい!」と叫び、メグを突き飛ばしてステージに向かって走って行く。
「いやあ、さすがに半分ぐらいは嘘か想像妊娠だと思うけど、それにしてもすごい人数だね。二万人ぐらい子供がいることになっちゃうよ」
ユウは絶叫の収まらない観客席を冷静に見渡して言葉をつなぐ。センターステージの上ではさすがに演奏は中断している。Have&Bakichiの二人はそのまま立ち尽くしていた。
「ユウちゃん、メグちゃん、この騒ぎ、どうもさっきのガスの幻覚作用のせいなんじゃないかなあ。みんな自分がHave&Bakichiの子供を身ごもっている錯覚に陥っているみたい」
マークが腑に落ちないと言った表情でつぶやいた。
その時、Bakichiの声がマイクを通して会場に響きわたった。
「おまえたち、愛してるぜ! 今から俺の言うとおりにしたら、おまえたちの子供全員認知してやるぜ!」
会場はまるで神の祝福を受けたかのように、一気にどよめいた。
「まずはここにいる全員で、会場のどこかにいる敵を抹殺しようぜ! その敵は……ピンクのレオタードを着ている!!」
ステージ上のBakichiの呼びかけに会場全体がざわついて観客がおのおの四方八方を見渡している。
「ユウちゃん、なんかヤバいよ。見つかるとリンチされちゃう!」
周囲をざっと見てメグが叫んだ。人違いだと思いたかったが、見渡す限りピンクのレオタード姿はユウしか見当たらない。
「どう見ても私以外にいないもんね。ピンクのレオタード姿って。どうしよう?」
「ユウ姉ちゃん、とりあえずしゃがんで隠れてて!!」
マークが叫ぶと同時にユウは床にうずくまった。今はこれしか対処法がない。これでどれだけの間、狂気に取りつかれた観衆の目をあざむけるのだろう。
「どこにいるの? ピンクのレオタード!」「見つけ出してぶっ殺してあげる」「お腹の赤ちゃんの認知のためなら人殺しぐらい平気よ!」
頭上を飛び交う殺気だった狂乱集団の声を、ユウは身体を縮めてやり過ごす。
◇
「レーさん、行きますよ。やり直しは効きません。俺の命、レーさんに預けました!」
パイロットは緊張した面持ちで操縦かんを引いた。黒い滑走路が目前に迫ってくる。着陸寸前の戦闘機は心持ち機首を持ち上げた状態で滑走路に近づいて行った。普通はこのままお尻から着陸する。しかし今は滑走路上のデブ鳥をレーザーで焼かないと着陸できない。
「高度三十で一瞬だけ機首を下げます! 機体が水平になった瞬間に撃ってください。早いと空に向かって、遅いと地面に向かって打ってしまいます。もちろん左右がぶれてもアウトです。三十五、三十四、三十三、」
「まかせて! 行くわよー」
「三十二、三十一、機首下げます!」
パイロットが操縦かんをぐいと押し下げた。機首が下がると揚力が減って機体は加速する。ずいっと背中を押される感覚は、ジェットコースターが下り始めるときのそれに近い。
「それー! ファイヤー!」
レーは後部席から思い切り発射レバーを引き絞った。
吹雪まじりの白い闇夜に青白色の閃光が突き刺さる。
その二筋の光の向こうでのっそりと動くデブ鳥を、一瞬にして焼き尽くした。デブ鳥はフライドチキンよろしく焦げあがり、燃えカスを残して滑走路の両脇に燃えっ散る。
「よっしゃー!」
レーのガッツポーズは着陸した戦闘機の逆噴射ブレーキによる逆Gで、変な踊りのようになってしまっていた。滑走路を数十メートル残して戦闘機のジェットエンジンは唸りを止める。
パイロットはほっとしてヘルメットを外した。イケメンに安どの笑顔をうかべている。
「いやあ、お見事でした。始めてのレーザー射撃でぴったり射抜けるなんて、ただものではないですよ。これは我が部隊の年代戦記『スフィンクス・クロニクル』に物語として載せるべき作戦でした。
パイロットは戦闘機のカウルを開けて立ち上がってミサに手を差し伸べた。
「さあ、私の護衛はここまでです。行ってください。もう時間がありません」
ミサはパイロットの手を取って、据え付けられたタラップの階段に足をかけた。
「私はぜんぜん心配していなかったのです。レーならあれぐらいできて当然なのです。だって、私の娘なのですから。ここまで護衛してくれて本当に助かったのです。お名前をお聞かせいただきたいのです」
パイロットはヘルメットを小脇に挟んで敬礼で応えた。
「藤山光永一等空曹です。フジコーと呼んでいただければ」
白い歯に笑顔を浮かべた自衛官の敬礼はまぶしく雪空に輝いていた。
……つづく(Bakichi、ちゃんと認知してやれよ)
ママは能力者⑥ ~ある日チート能力を手にした主婦が天下無双する話 ゆうすけ @Hasahina214
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