転換のスミソニア連合
01 一期一会
私はアンビティオでの戦闘系
周囲の町や集落で生産された物や、それらの原料が集まるそれ程大きくない街であるスミソニアを中心に、南の鉱山から取れる鉱石を利用し鍛冶で生計を立てる町フェイバー、流行発信地として小綺麗な町並みのモバス、西の森の恵みと木工が自慢の集落が集まったクロプルボッシェのよっつの自治区によって成り立つ土地に私は来ていた。
「はい、野菜炒めがあがったよ!」
昼時の比較的大きな食堂の厨房から【料理】
今世話になっているのはその中でも連合の中心とされる芸能の街スミソニアでも有名な大衆食堂で日々多くの料理を捌いている状態だ。
比較的大きな街と云う事もあり、その中で生活する人々の腹を満たす為、昼時の食事処はどこも毎度戦争状態になる。
私はそんな戦場に訪れる人々を満足させる為、厨房に用意された材料を使って、日々"シェフの気紛れランチ"と称して大量の料理を作りながら
「嬢ちゃん、今日も御苦労様。アンタが来てからと云うもの随分と助けられているよ」
ホールの客足も落ち着き、戦場の様相が落ち着いたタイミングで、食堂オーナーである恰幅の良い女性から厨房にフライパンを振るう私に対して声を掛けて来た。
オーナーからお声が掛かったので、本日のお昼の料理はここまで。
出した皿の数は百に少し届かない程度、ある程度纏めて調理は出来るものの、八時間で一日が経過するこの世界では現実世界のそれよりも短い時間にも関わらず結構な数の皿を出したものだ。
この世界の
その為、現実世界ではお昼時に人気店の食事処だと目も回る様な忙しさになる事も珍しくは無いが、エデンに似たこの世界においてはお昼時に食事をする者は現実のそれに比べて極端に少なかったりもする。
それ故、この店も結構な人気店であるにも関わらずオーナーの女性一人が給餌をするだけでお店を回す事が可能だった。
「アタイは嬢ちゃんって呼ばれる歳じゃ無いんだけどねぇ……」
「そうなのかい? まぁ、ミローリ族のは幼く見えるって云うし、私にとっては嬢ちゃんは嬢ちゃんだよ」
私の返答にオーナーの女性は軽く返事をし、豪快とも思える笑顔を向ける。
「それじゃアタイはまた夕飯時に手伝いに来るよ」
そうオーナーの女性に言って私は厨房を後にする。
エデンでもそうだったが、こちらの世界でもそれぞれの人物の名前を知る事はその本人が明かさない限り知る事は出来ない。
ほかのゲーム等では登場人物が存在するタイプのものだとそのキャラクターの名前が表示されるのが常だが、エデンやその世界に似たここではそれらが表示される事は無い。
これはエデンと云う世界がより現実に即した作りにしたかった為とも言われているが、その真相は開発者しか分からない。
「さて……夕飯時までどうするかね……」
今までがあまりにも賑やかだった為、それを紛らわせるが如く私はやたらと独り言を言う様になってしまった。
柔軟な反応を返す様になった
そう云う意味では本来なら孤児院から動かないはずのミラちゃんが一緒に行動していたと云うのはかなり特殊な事だったのだろう。
そんな事を考えながら特に目的も無くスミソニアの街をぶらつく。
この街はイリュシオンやアンビティオに比べれば街の規模は大きくは無いが、生産に関する材料は群を抜いている。
特に食材を扱う市場は圧巻の一言に尽き、お金に糸目を着けないのであれば【料理】や【製法】で使用する材料を入手する事が可能だったりする。
それは他の生産
そんな市場の通りで珍しいを食材を見ながら食事処の手伝いする時間になるまで暇を潰していた。
「やっぱり高いなぁ……」
そう呟きながらとある食材を膝を抱えて思いにふける女性。
この市場の人通りはそれなりにあるが、その売買をするにしても物思いにふける様な人物はおらず、比較的ドライな取引をするのがこの世界の住人の特徴である。
にも関わらずそのエイリルの女性は視線の先にある食材を購入しようかどうか迷っている様子だった。
エデンのエイリル族は他のタイトルで言えばエルフと呼ばれる種族の特徴に近く、人族よりもスレンダーで美形である者が多く、その耳は披針形の葉の形に近い。
その食材の購入を悩んでいた女性も自分から見てもかなり整った顔立ちをしていると感じられる。
「もしかしてアンタ、プレイヤーかい?」
思わず私はその女性に声を掛けてしまった。
その突然の言葉の投げ掛けに女性は驚いた表情をし、そして返す言葉が見付からないのか、その口をパクパクとさせた。
「ごめんよ、この世界でプレイヤーを見掛けるのは珍しいかったので……つい、ね」
私は驚きで声を発せない女性に対して謝罪の言葉を投げ掛ける。
「いえ、私の方こそ驚いてしまって……」
遠慮がちにエイリル族の女性は言う。
彼女の言う通り、確かにこの世界でプレイヤーと云う存在は珍しいだろう。
この世界にいくつの街や集落があるのか未だ不明であるが、もしエデンと同様なら現実世界のそれと同じ様に個人では知る事も叶わない程に数多くの人が生活をしている場所が存在しているはずだ。
そんな個人の意識の届かない広大な世界で私の知る限りで言えば百人にも満たないプレイヤーしか存在しないのであれば、そのプレイヤー同士が巡り合う確率など極端に低い事は容易に想像できる。
そう考えれば私が他のプレイヤーに立て続けに出会えているのは奇跡とも言える確率なのかもしれない。
「それはアタイも同様さ、こんな口調だけど勘弁してくれよ? それよりもアンタは何を悩んでいたんだい?」
何の食材を見て悩んでいたかは分からないが、彼女も私と同じ食に係わる
なので彼女が興味を示して食材が気になって聞いてしまっていた。
「ぁ……これなんですけど、私の稼ぎじゃ厳しいんですよねぇ」
そう言って彼女が気にしていたであろう食材を手に取り私に見せてきた。
「それ、桃だよね……?」
それは女性の
「おや、嬢ちゃんもこの果物の事を知っているのかい?」
桃を売っている露店の男が聞いてくる。
「えぇ、こっちで見るのは初めてだけど、珍しい物なの?」
エデンでは桃は存在しなかった。
それは単純に桃と云う食材はゲーム上で扱うには面倒な存在であり、それを簡易化して扱うなら生食か潰してジュースにするくらいしか利用方法が無いからだ。
「それ程珍しいものでも無いが、高値で取引される果実なのは間違いねぇ。扱っているのは俺っちの店くらいなモンだろうな」
そう露店の男は得意げに言う。
「ちなみに
思わず聞き返す。
「一個三百クレジットだが、嬢ちゃんは愛らしいから頑張って二百七十でどうだい?」
確かに男の言う様に他の食材や果物であればどんなに高価でも五十クレジットを超える事は無い。
それらの価格からしたらその六倍もの値段設定は半ば無理があるような設定にも思えた。
「高価だと言ってもその価格じゃ売れずに自分で食う事になるか、腐らせるだけじゃないのかい? 出てるの全部貰うから一個二百でどうだい?」
エデンでは食材は駄目になったりする事は無かったし、それと多分同様のデジタルで構築されているであろうこの世界も同じだろうと思いつつも柔軟な対応をするようになった
そう交渉を持ち掛けた横でエイリル族の女性は何故かその様子を緊張した面持ちで見ている。
「……うーん、確かにこのまま売れるのを待ってても悪くしてしまうと云うのも一理ある。仕方ねぇ、嬢ちゃんの言う金額で持って行きやがれ!」
そう言って露店の男はよっつあった桃を渡して来た。
おや? もう少し価格交渉すると思っていたのに結構あっさりと纏まってしまった。
エデンと同様であるのなら仕入れ価格は売価の五分の一である、なので売り手側が損をする事は絶対と言って良い程無い。
だが私自身、その仕入れ値でアイテムを売買しようとは思っていない。
アンビティオでの賞金によって懐は潤っているし、多少高額な品を購入したとしてもあまり痛手とは感じない。
持たざる者が何かを求める場合、それなりのリスクを背負うのは例えデジタルの世界の中であろうとも変わらないものだと私は思っている。
「ほい、それじゃコレはアンタと出会えた記念に」
「え?」
そう言ってエイリル族の女性に購入した桃を渡すと彼女はその私の行動に驚いているようだ。
「プレイヤーに出会えるのなんてこの世界じゃ稀だろうからね。アタイはこの街で一番大きな食堂でしばらく世話になってるから、何かあれば顔を見に来てくれよ」
この世界はエデンと同様に約八時間で一日が経過する。
それ故、昼の忙しい時間帯が終わって休憩時間があったとしても現実世界のそれとは違い、短い時間の休憩時間しか取る事ができない。
この世界の住人達の食事に関してだが現実世界のそれとは違い、昼に一食だけ食べるか、朝夕の二回のどちらかである。
朝夕二回の食事をする者達は、朝食は軽く、夜はガッツリと食べる者が多い為、食堂などは昼食を提供する時間帯から営業を開始する場所がほとんどだ。
そんなこの世界の食事事情もあるが、金稼ぎに必死になる必要性も無い私はこの街に来てから、食事処の手伝いをしながらのんびりと小銭を稼ぎながら過ごしていた。
とはいえ、手伝いとはいっても仕事は仕事、そろそろ食堂に戻らないと夜の営業に間に合わなくなる。
人との出会いは一期一会、機会があればまたこのプレイヤーと会う事もあるだろうと手伝いをしている店の特徴だけ伝え、足早に仕事をする為に戻る為にその場を立ち去る。
見慣れたゲーム世界に閉じ込められた者達の冒険譚 安達 明 @Bansankan
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