16 それぞれの……
「はぁ……」
このエデンに似た世界で食事と云う行為は空腹による動作で行動阻害をさせない他に行動時に有利な修正を与えるものでしか無く、プレイヤーにとっては食堂などで食事自体を楽しむようなものでは無い。
特にツヨシ君とミラちゃんが居なくなってしまった今となってはゲーム的に不利にならない程度でしか飲食をする事が無くなってしまった。
そんな状態もあり、ミラちゃんが大好きだったハンバーガーを口にしても溜息ばかりが出てしまうばかりだった。
あのキャラクター選択の間でふざけた格好の男と会話し、戻って来た世界には自分と関わった人達は全て消えてしまっていた。
ツヨシ君はあの怪しげな男が言っていた通りこの世界から離脱したのだろうが、そのツヨシ君が抱えていたイベントキャラであるミラちゃんや、その相棒である白ネズミのアスプロスまで居なくなってしまい一気に寂しくなってしまった。
そして闘技場のチャンピオンであったネモィエの存在さえ消えてしまっていたのだ。
この世界に三度戻って来るまでは騒がしい程に賑やかだったはずなのに、こうも自身の周りが静かだと胸に穴が空いた様な虚無感さえ感じる。
あのふざけた格好の男が管理者側の存在であるのは間違いなく、彼から得られた情報からそのうちこの世界から
それすらもこの世界で活動を続けていればいずれはその回答に辿り着けるのだろうが、気の置けない者達と行動を共にした後だと虚無感しか無く、そのモチベーションすら保つのがやっとの状態だったりする。
それでも当初の目的であった闘技場での
そしてこの街にテレポーターは存在していなかったものの、古代遺跡の奥に稼働する物が存在しており、これでイリュシオンとアンビティオの間を行き来するのに以前程苦労する事無く移動する事が可能になった。
テレポーターの開放、ツヨシ君やミラちゃん達と一緒に分かち合いたかったな……
午前に二回、午後に三回のチャンピオン防衛に成功し、すでに防衛回数は五十回を超えている状態だ。
防衛回数が三十回と五十回になった時、特別な報酬である封印の石と呼ばれる
お金に関しては闘技場の賞金によってかなり稼ぎ、自分個人の
実際、この闘技場に来た目的であった
「そろそろ生産
今までが騒がしかったのもあり、その寂しさを紛らわせるが如く闘技場の観客席に腰をおろしたまま独り言を呟く。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「
周りにはミラと同じくらいの子供たちが狭い石の部屋に沢山閉じ込められていた。
ミラはこの場所知ってる……だけど知らない場所……
ツヨシお兄ちゃんとはじめて会った場所なのは覚えてる。
でも覚えてるだけ、あの時のミラはミラじゃなかった。
だけど何でまたこの場所にミラは居るの?
ミラが覚えているのはあの意地悪な人がお姉ちゃんをその大きな剣で突き刺したところまで……
そしたら突然この場所にミラと
帰ったらお姉ちゃんの特別なハンバーグより美味しいものを食べさせてくれるって言ってたのに、なんで?
お姉ちゃん大丈夫かな?
顔を向けてくれている白ちゃんに聞いてみてもその小さな鼻を動かすばかりで答えてはくれない。
「置いていかないって言ったのに……お姉ちゃんのうそつき……」
でも今のミラは何も出来なくて誰かが来るのを泣いて待ってたミラとは違うの。
お姉ちゃんがお話してくれた人魚姫のように自分の足で歩いていくの!
ツヨシお兄ちゃんはお姉ちゃんがお話してくれた人魚姫は違うものなんだよって言ってたけど、自分の思い通になる事なんて凄く少ないのを知ってる。
大好きな王子様が別の人を好きになったのなら諦めるんじゃなくて、自分の幸せを求めて別の場所に歩き出すお姉ちゃんがお話してくれた人魚姫の様に自分で何とかするの!
ツヨシお兄ちゃんが教えてくれた本当の人魚姫の最後は海に飛び込んで自殺しちゃうんだって……馬鹿じゃないの?
そんな事したって楽しい事なんて何も無いのに……
「白ちゃん、お姉ちゃんたちの所に帰って美味しいもの一杯食べようね」
そう相棒の
嘘つきなお姉ちゃんに文句を言う為に閉じ込められた部屋から脱出を試みるのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「この世に正義を語る者が居る限り、悪もまた滅する事も無し!」
巨大な岩の上で多くのプレイヤーに囲まれ、声高らかに白衣をはためかせ、骸骨マスクを被った男が叫ぶ。
数週間前から週末に開催される様になった悪役との戦闘イベントである。
戦闘イベントに参加する為には週末までに事件の手掛かりを集め、毎回異なる場所で戦闘が発生する場所に集まれば良いだけである。
「今日こそは倒してやるぞ~!」
「課金アイテム返しやがれ~!」
「プロフェッサー様、素敵ぃ~」
「早く死霊獣出しやがれ!」
集まったプレイヤー達は思い思いの言葉を発して、その演出を楽しんでいる。
「そうか、それ程までに死霊獣に喰われたいか。ならばその願い、聞き届けてやろう。いでよ、我が死霊獣よ!」
集まったプレイヤーの言葉を無視するかの様に白衣の骸骨マスクの男は高々とその腕を天に掲げる。
すると地面が揺れ、巨大な蛇の怪物が集まったプレイヤーの中央に地面から現れ、その大きく開かれた
その体躯は人の何十倍もあるが、それに怯むプレイヤー達では無い。
死霊獣の登場時にプレイヤーが巻き込まれるのは毎度の事である。
それを気にする様子も泣く、集まったプレイヤー達は自身の得意とする距離に速やかに移動し、各々が攻撃を開始する。
ある者は大きな盾を構えてその攻撃をいなし、ある者は自慢の剣を振り、ある者は声高らかに呪文の詠唱をはじめる。
それはこれまで幾度と無く繰り返されたレイド戦の様相。
出て来る怪物はその都度違えど、出現した怪物の生命力を削り切ればプレイヤー側の勝利である。
各々がその役割を果たし、現れた大型の蛇型怪物はこの場に集った人々に時にはその顎で、時にはその太い尾で、時にはその巨大な胴でプレイヤーを次々と理不尽な力で蹴散らして行くが、時間と共にその生命力を削られて行く。
「悪に抗う正義の使徒よ、散った魂と歪な命に安らぎの鎮魂歌を。待たせたな!
集まったプレイヤーの約半分が殲滅され、巨大な蛇の生命力も同様に半分程削られた頃、高みで白衣をはためかせる骸骨マスクの対角から突如現れる特撮ヒーロー然とした明るい青を基調とした衣装に身を包み、高らかに声をあげる男。
そして戦場だと言うのに男は全体に染み渡る様なテノールの美しい歌声を響かせる。
その歌声に呼応するかの様に巨大な蛇を囲っていたプレイヤー達の周りを光の膜が覆う。
歌声の聞こえる範囲に効果を及ぼす【歌唱】、その範囲が広い事からレイド戦と呼ばれる戦いでは使用する者も多い
だがこの特撮ヒーロー然としたコスチュームに身を包んだツヨシンガーが使う【歌唱】はプレイヤーの使うそれとは違い、効果が上書きされる事は無い。
今、ツヨシンガーが【歌唱】しているのは
白衣に骸骨マスクをしたプロフェッサーとと呼ばれている者が呼び出す怪物は必ず不死の属性を持った怪物である。
ツヨシンガーは
その不浄なる巨大な躯体でツヨシンガーに幾多の攻撃を仕掛けるが、それを彼はまるで踊るように躱し続ける。
踊るように──否、実際彼は【舞踊】の
【舞踊】は自身を含むパーティに協力なバフを与えるが、踊っている本人の移動速度は半減する為、通常はパーティー後方で支援するのが一般的な使い方である。
踊りながら近接戦闘をすると云う運用は数多くのプレイヤーが存在するエデンにおいてでも今のところこのツヨシンガー以外実用に至っている者はいない。
故に称賛を込めてプレイヤー達は彼の事を"歌劇で無敵ツヨシンガー"と呼ぶ。
ツヨシンガーの歌声が響き、死霊獣と呼ばれる巨大な蛇の怪物の攻撃を華麗に舞い、さながら舞台と化した戦場で拳を振るう。
そして程なく、プレイヤー達と共にその討伐に成功する。
「おのぉ~れ、おのれツヨシンガー! 秘密結社ネクロマシーは不滅だ、覚えておれ~!」
大型の蛇型死霊獣が倒されると、白衣をまるでマントの様にひるがえし立って居た場所で回転すると、そのまま姿を消す。
「お前との因縁、必ず決着を着けてみせる!」
死霊獣にとどめの一撃により戦闘を集結させたヒーロー然としたその者はそう力強く言い、白衣の骸骨マスクと同様にその場から消えるのだった。
『師匠、必ず戻りますのでそれまで待っててください』
退場した先でヒーロースーツから普段着に着替えた彼は、その空に浮かぶ双子星を見上げながらそこに居るであろう人を想うのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ここは……?」
覚醒したばかりでまだ意識のはっきりしない状態で辺りを見回すと、そこは自分の良く知っているエデンと呼ばれるゲーム世界に酷似した前時代の安価なコンピューターで作られた様な世界だった。
だが本来のエデンとは異なっており、そのゲームに準ずる操作は意識するだけで行う事ができた。
「俺の名前はネモィエと云うのか…… エデンに準じているなら種族や性別を選択できない時点でクソゲーだな」
視界の邪魔にならない様に自身を表す半透明な表示を確認しながら呟く。
本来のエデンであれば種族や性別を選択し、任意の名前を決めるとスタートとなる街のテレポーターからスタートする。
しかし現状は自身が扱うキャラクターも決められた状態で、見渡す限りの平原の中に放り出されている。
疑問に感じたのは自身に関しての記憶が何も無い事。
だと云うのにこの世界に関する知識があり、持っている所持金もエデンのそれとは違いそれなりの大金を持っいる。
所持枠には結構な数の食料と酒が存在し、それらをどう活かせば良いのかも分かっていた。
「何にしても拠点に出来る場所を探すか……」
見渡す限りの草原に放り出されたネモイエは特に目的地を定める事無く気だるそうに歩き出すのだった。
「被検体五十八号と接触した者は何故こうも予想外の事ばかり起こるんだ?」
手元の資料を確認しながら大きな机を囲んでいる白衣の者の一人が溜息まじりに漏らす。
「イレギュラーがイベントと無関係に動き出したのは確かに驚きだが、我々は被検体からのデータ収集とその反映仕様書を作るのが仕事だ。フラグ処理やイベントについてはシステム部に情報を投げるしか無いだろう」
「それよりも犯罪者だった三十九号ですよ。全ての記憶を消去しましたが、これで何度目になります? 処理を施すのに少なくない資金を投入しているとは言え、問題が生じる度にリセットを行っていたのでは厚生プログラムとして期待は持てないと言わざる得ないでしょう」
別の白衣の男が先程意識を取り戻し、エデンに似た世界で何度目かになるやり直しをモニターごしで確認しながら言う。
「それでもサンプルは多ければ多い程良いのは間違いないと僕は思いますよ」
気の抜けた声でまた別の白衣を着た男が言う。
「畑山さんが担当している六十一号は問題も無く、エデンでイベントキャストと活躍しはじめているから、そんな気の抜けた事が言えるんですよ」
モニターを確認しながら呻く様な声で畑山と呼ばれた白衣の男に言葉を返す。
「確かに僕の担当は素直で扱い易く、僕の悪ノリに付き合ってくれる貴重な存在だけどね。でも、彼には彼なりの苦悩だったり考えがあるのは他の被検体と何ら変わらないさ」
畑山と呼ばれた男はやる気のあるかどうかも分からない様子で被検体三十九号の担当者に言葉を返すのだった。
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