異世界で、焼き鳥店始めました

横山記央(きおう)

異世界で、焼き鳥店始めました

 鶏肉を竹串で刺す。

 三本を一度に甘辛いタレにくぐらせ、炭火の上に渡した鉄の棒に載せる。こぼれ落ちたタレが、威勢良く炭にはぜる。途端に香ばしい匂いが広がった。

 匂いがショキアが持つ前世の記憶を刺激する。


 ショキアは、モーンメイ男爵家の嫡子として、この世に生を受けた。十歳のとき、初めて乗った馬から落ち、頭を強く打った。そのとき、前世を思い出した。ショキアの前世は日本人だった。

ショキアは焼き鳥が大好きだった。似たようなものはあったが、ショキアの求める焼き鳥は、この世界にはなかった。

 生まれ変わったのは、前世では異世界と呼ばれる世界だった。醤油もみりんも存在していない。なかった。このタレを作り上げるまで、モーンメイ家の持つあらゆる伝手を使っても、長い年月がかかった。今では、ショキアは、モーンメイ家の家督を息子に譲り、隠居の身になっていた。


「おやっさん、塩も二本おくれ」

「はいよ」

 街の通り沿い出した屋台の中で、アキヨシは客に元気よく返事をした。店を出して最初の客だった。タレの匂いが気に入って、塩の方も食べてみたくなったのだろう。

 タレをつけた物と少し離して、串を二本載せた。こちらには塩を振りかける。塩と言っても、単なる塩ではない。木の実や、香りのある草の葉を乾燥させ、細かく砕いてからすりつぶした物を混ぜ込んである塩だ。

 肉が焼け、脂が浮き上がってくると、塩に混ぜ込んだ木の実や葉の香りがふわっと立ち上ってくる。タレとは別種の香ばしい匂いだ。


 しばらくして、あふれ出た脂が炭火にしたたり、音を立てた。

 肉と脂が焼ける匂い。

 タレの焦げた匂い。

 木の実や葉の香ばしい匂い。

 注文した客の鼻をくすぐったのだろう。客のお腹が大きな音を鳴らした。

「良い匂いだねえ。待ちきれねえなあ」

 竹串をつまんで肉をひっくり返すと、小さな火の粉が舞い上がった。


 最初、隠居したとは言え、伯爵家の前当主自らが焼くことに「貴族のやることではない」と、家族は反対していた。しかしショキアは諦めなかった。粘り強く説得し、あるいは強引に話しを進めた。最終的には、正体を隠した状態なら店を出しても良いと、家族に妥協させた。

 その代わり、ショキアが店に立つ条件として、常に護衛が近くに待機することは、了承するしかなかった。

 店を出すまでに何度も試作を繰り返した。


 初めの頃は、熱くなった竹串で、指先を火傷していた。痛みを伴う火ぶくれができ、何度も皮が破けた。それでも焼き続けていると、指先の皮が厚くなる。熱さを感じなくなる頃には、指先が一回り大きくなっていた。

 家で練習を重ね、ショキアの焼き上げる腕前が上がると、家族の中に反対するものはいなくなった。焼き上がったものが、美味しかったからだ。それに加え「上手くいけば、我が家の新しい商売にしたい」という、ショキアの思惑を理解したことも大きかった。


 ショキアは、表面をカリッとさせるよりは、少し遠めでじっくり火を通す方が好みだった。その方が、肉がふんわりと柔らかく、脂も中に残っている。口に入れて噛みちぎれば、口内に脂があふれ出す。そのため、肉は少し大きめに切ってある。


タレの串が焼き上がる直前、タレをハケで一塗り加えた。肉の表面で香ばしく焦げたタレと、縫ったばかりの甘辛いタレが、お互いの味を引き立ててくれる。

 塩の方は、最初に振りかけた物とは別の、塩だけのものをひとつまみ、サッと散らした。仕上げにも木の実や葉を混ぜた塩を使うと、香りがくどくなる。塩だけにした方が、香りを残しながら、塩の辛みで脂の甘さを際立つからだ。


「へい、お待ち。全部で五本、と」

「本当に美味そうだな……熱! 美味!」

 客はあっという間に食べ尽くした。目の前で、美味しそうに食べる姿を見るのは、嬉しかった。

「本当に美味しかったよ。」

「今後ともごひいきに」 

「ところでこれ、なんていう料理なんだい?」

「『焼き鳥』って言います」


 その後、焼き鳥は大ヒットし、各地に店舗を出すほどの盛況を見せた。

 その結果、モーンメイ家は、鳥貴族と呼ばれるようになった。

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