明日に向かって走ってください、できればご一緒に
fujimiya(藤宮彩貴)
春、なにかがはじまる予感
私は、新しい門をくぐろうとしている。
新一年生。新しい制服に新しい鞄。
桜が舞い散る中、胸を張って歩く。
鶏に生まれたからには、王道の焼き鳥を目指したい。私は焼き鳥科を希望し、めでたく合格できた。
最近はフライドチキン科や、ラーメンや親子丼を指すどんぶりモノ科が人気なものの、由緒正しい水炊き科にも惹かれた。しかし、水炊きは地鶏出身でないと受験が厳しい。一応、私は銘柄鶏の出身だけれど、しょせんは
この学校では、
庶民ですら、在学中の若いうちに早く、嫁ぎ先=お食事先が決まったほうがしあわせだとされ、学校にだらだらと籍を置くのはみっともないとさえ言われている。
私たちは食べられるために生きている。そして死ぬ。
深く考えてはいけない。
私――モモは、きゅっと唇を引き結んだ。
ほんとうに、食べられるだけの運命なの?
せっかく生まれてきたのに、もう死ぬの?
それがしあわせだなんて、誰が決めたの?
「あら、なにをよそ見してらっしゃるの? ド庶民が」
「じゃまよ」
「道を塞がないでくださる?」
私はまっすぐ歩いていた。なのに、横道から地鶏と思しきキラキラ女子グループがやって来て、私の身体を……わざと、押した。転んでしまった。痛かった。
「まあ、いやだ! 砂だらけよこの子!」
「鶏の風上にも置けませんわ」
「売れ残りそうね」
特権貴族階級とでも呼ぼうか、地鶏出身のお嬢さまは庶民への風当たりが強い。地鶏は選ばれし、鶏の中の鶏。厳しい審査を乗り越えた家柄の者だけがなれる。
いくら庶民に非がなくても、地鶏令嬢たちに反論するのはご法度。トラブルに巻き込まれたくない。私は、頭を下げようとした。
「立てる? ほら、つかまって」
上級生だろうか、生徒会の腕章をつけた男子が私に手を差し伸べてくれた。それどころか、制服についた砂を払ってくれた。
「まあ。生徒会長の、れば様!」
「ごきげんよう、れば様」
「今日もおうつくしい……っ」
「おはよう。はつさん、てばさん、せせりさん」
生徒会長・ればは地鶏令嬢の名前をしっかり呼んだので、三人はきゃあぁあと喜んだ。
けれど、れば様の反応は冷ややかだった。
「ぼくはしっかり見ていたよ? わざとこの子を押して転ばせたよね」
れば様の発言には、鋭く刺さるものが含まれていた。静かな、でも激しい怒りだった。地鶏令嬢たちも肌で感じたらしい。顔を青くして逃げて行った。
「もうだいじょうぶだよ、新入生さん」
ほんとうに、れば様の笑顔は眩しかった。モモは、恥ずかしいやら照れるやら恐れ多いわで、混乱してしまった。
れば様は、すらりとしているのに、ほどよく鍛えられていて、均整が取れた体つき。とても美味しそう……タレかな、塩も合いそう。いやいや、私ったらなにを考えているの。
「すみません、ありがとうございました。すぐに去ります。お手数をおかけしましたっ」
「そんなに恐縮する場面じゃないよ、後輩さん。ぼくは焼き鳥科二年の、れば。生徒会長をしているけれど、去年の今ごろはきみのような立場だったし」
え? れば様が、同じような……?
「ぼくはそもそも庶民で、地鶏出身じゃないし。どうやったら生き残れるか、それだけを考えていたんだ。そしたらたまたま生徒会長になって」
「生き残る?」
私以外にも、生きることを必死に考えている鶏がいたなんて。驚いた。
「あ、ごめん。こういうの校則違反だった。聞かなかったことにして」
「いいいえ。私、立派な焼き鳥になりたいと願いつつも、それがほんとうに大切なことなのかどうか知りたいです」
周囲の視線を気にした私が少し小声で伝えると、れば様はふっと表情をやわらかくして笑ってくれた。
「もしかして、運命かもしれないね。話は後日詳しくさせて。きみ、名前は?」
「焼き鳥科一年の、モモと申します」
れば様……れば先輩は、満足そうに頷いてくれた。
「モモちゃん。これから長い付き合いになりそうだ。力を貸してほしい。よろしくね」
「は、はい! 私にできることがあれば喜んで協力しますっ」
握手を交わす。れば先輩の手はあたたかくて、がっちりしていて大きかった。
散りはじめた桜の木を背にして、私はこうして出会った。
(了)
明日に向かって走ってください、できればご一緒に fujimiya(藤宮彩貴) @fujimiya
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