2、不老不死のベール
ある時、ベールはありとあらゆる芸術作品を作った。絵画に映像作品。小説に絵物語に詩。その他色々。
「どれも気合を入れて作ったわ。この詩も小説も、十年かけて書いたのよ」
「これはこれは、どれも傑作ぞろいですな」
ブレンドルの言葉にベールは満足げに頷いて言った。
「それで全部どこかの賞に出したわ」
「ほほう、それで何か賞を?」
「全然! 私の傑作はぜーんぶ落ちたわ! 落選のメッセージすらなかった!」
「それは残念」
「でね、とても悔しかった。すごくすごく悔しかった。わざわざ受賞作見に行ってどうしてこれが入賞して私のがって歯噛みもしてきたわ」
「なるほど。それで、お嬢様は」
ロボット執事の言葉を最後まで聞かずに、ベールは悲し気に首を振った。
「―――でもねブレンドル。死ねなかった。死ねなかったの。悔しくて死にそうって昔のデータに書いてあったのに!」
「お嬢様。それはものの例え、と言うやつです」
「分からないわブレンドル。確かに血が沸騰するくらいには悔しかったけど、どう頑張ったってこれじゃ死ぬには足りないわ。なのになんで死にそうなんて言うの?」
「それは命を懸けるほど、そのことに必死で向き合っていたということでしょう」
そう言いながらブレンドルの関節はぎぎぎと鳴った。彼が失礼、と言いながら油をさしているのを眺めて、ベールは言う。
「死にそう、なんていうから試したのに」
ベールはまた死ねなかった。
※※※
「ブレンドル! 恥ずかしくて死ぬって書いてあったわ」
「お嬢様、それもものの例えです」
「ブレンドル! 恋をするといいらしいわ!」
「お嬢様、それは命を懸けるほど本気という例えです」
「ブレンドル! 寂しいと人は死ぬらしいわ!」
「お嬢様……」
何回も何回も。ベールの挑戦は続いた。そのたびにたった一人の執事を呼びつけ、また駄目だったと落胆する。毎日がその繰り返しだった。
そして何百か何千か、もう数を数えることも面倒になり始めた頃。
「ブレンドル。ブレンドル。死ぬのかしら」
「お嬢様。ロボットに、死ぬ、という表現はふさわしくありません」
「そう。じゃあ、壊れるのかしら」
彼女よりも先に、ブレンドルが倒れてしまった。メンテナンスをする科学者はつい先日とうとう地下で動かなくなり、ベールが手を尽くしてもアナログなポンコツロボットは直せそうになかった。
ベールは横たわったままのロボットに言う。
「ねえブレンドル。あなたがいなくなったら私は正真正銘の独りぼっちね」
「そうですねお嬢様」
「私が随分と昔、寂しいと死ぬって言ったのを覚えてる?」
「……ええ、覚えてますとも。私が再三それも例えだとお教えしましたので」
「それを本当か確かめてくるわ。だからブレンドル、あなたが壊れてしまっても私は平気。平気だから安心してブレンドル」
「ええ、ええ。お嬢様は本当にお強くなられた。これなら――――」
そうしてブレンドルは動かなくなった。ベールは本に書いてあった通り、その禁足の体を地面に埋めた。見様見真似の墓標を作り、花が無かったので絵を描いてそなえた。
「ねえ、ブレンドル。私、私本当に独りぼっちなのね」
生きている時間が長すぎて、ベールは涙の出し方も忘れてしまった。ただ広い広い宇宙の中、ベールはまた家に入り温かい毛布をかぶる。
次に目を覚ましたら、私の長い不死も終わるかしら。そう願いながら目を閉じた。
※※※
「なあ、ここだよな。例の」
「ああそうだよ! あの神がいるって神殿!」
「神話の話だろ? そんな薬本当にあるのかね」
「馬鹿野郎。丁寧に掃除されてるのが見えないのか。そんな薬があるからこそみんなありがたがるんだろうぜ」
「でもただ惰性で綺麗にしてるってこともあるだろう?」
「アホンダラ。こんな辺境の星に誰が来るもんか。そんなの信心深い奴に決まってる。つまり神話は本当だってことだ!」
「ほんとうかなあ?」
二人の男が星に降り立った。腰に物騒なレーザー銃を吊り下げて、凶悪な人相書きと瓜二つな男たちはそろりそろりと家に向かう。
彼らが生まれる前よりあった神話の話。不老不死の薬を作り上げたものの、不遜な態度を取ったために星から流された紙の話を男たちは子供のころから聞いて育った。そして彼らは大きくなり、罪を犯して星から追われている真っ最中で、言ってしまえば金がなかった。
そして彼らは思い出す。昔聞いた神話の物語。そしてその薬がもしかしたらあるかもしれないという眉唾物のおとぎ話。
不老不死の薬なんてよだれが出るほどの大金になるに違いない。男の片方は頭の中で金勘定を始め、もう片方は首を傾げながら神殿へと足を踏み入れる。
しかし何故か生活感たっぷりのソファーやテーブル椅子に目を白黒させてい二人組へ後ろから年若い少女の声がこういうのだ。
「不老不死なんていいもんでもなんでもないわ。ねえブレンドル。さみしくって死ぬのなんて嘘っぱちよ」
そしてレーザー銃の音が二つ。その後に野太い悲鳴が二つ。
その神話の神殿がどこにあるかはまだ、明確ではない。だが、そこには年若い女神がいると付け足されるのは、それから何十年と先の出来事である。
悔しさで死のうと思ったので きぬもめん @kinamo
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