当たり前じゃないか、それは焼き鳥だよ

澁澤 初飴

第1話


 やあ、いらっしゃい。久しぶりだね。しばらく会えなくてごめんね。今日はうちまで来てくれてありがとう。

 うん、メガネ変えたんだ。ちょっとぶつけてフレームが壊れちゃったから。似合うかな。ありがとう。

 

 ああ、その壁、少し汚れたから壁紙を変えたんだ。……違うよ、会えなかったのは本当に仕事が忙しかったからだよ。でも、せっかく君が来てくれるのに、壁が汚れたままなのは嫌だったから。

 ふふ、ありがとう。君が笑ってくれると嬉しいよ。さ、座って。今持っていくから。

 

 今日は焼き鳥にしてみたんだ。珍しい?そうだね、あんまり作ったことはなかったね。でも俺、田舎の出身だから鳥は得意なんだ。しめるところからできるよ。そりゃそうさ、俺にもまだ君の知らないところだってあるよ。君が俺の知らない顔を持っているように。

 ……いや、別に何でも。深い意味なんてないよ。

 全部タレなんだけど構わないよね。うん、ねぎま、あるよ。君はいつもねぎまだものね。さあどうぞ。


 はは、そう、ねぎまばっかりなんだ。モツの処理面倒になっちゃって。うん、自分で処理すると大変だよ、お店で食べるだけならいいけど。

 ええ、そんな、だって君は食べないじゃないか。俺が自分のためにそんなに頑張らなくても……そんなことないよ、ねぎま好きだよ。一緒に食べよう。


 何か飲む?俺は、今日は日本酒にしようかな。君も?飲める?へえ、そうなんだ。

 知らなかった、サワーとハイボールしか飲んでるの見たことなかったから。そうだね、君とお酒飲むの久しぶりだもんね。なかなかゆっくりできなかったから。


 うん、今日はゆっくりできるよ。君も良かったら泊まって行きなよ。着替えとか君が置いてたもの、そのままだから。……そうかな、まだ大丈夫じゃないかな。ダメなの?そうなんだ。肌につけるものだものね。

 先に言っておけば良かったね、忙しくなくなったって。うん、そうなんだ。もう忙しくないんだよ。

 だから、焼き鳥なんて凝ったもの作ってみたんだ。ふふ。うん、俺料理好きだから。


 どう?おいしい?良かった。

 ちょっと味が濃いから君の好みに合うか心配だったんだ。好みの味?ああ、あのお店の。俺も行ったことあるよ。君もあるんだね。あんまり女の人が来る店じゃないけど、焼き鳥はおいしいよね。

 誰と行ったの?……ただ聞いただけだよ、どうして怒るのさ。


 今日は仲良くしようよ。久しぶりなんだし、俺も反省したんだ。せっかく君といられる時間に、つまらないことで怒ったりして申し訳なかったって。うん、反省したよ。この前はごめん。

 でも、ちゃんと答えてほしかったんだ、だってだいぶ親しそうに見えたから。……ああもう言わないよ、ごめんごめん。焼き鳥食べて。お酒のおかわりは?

 そう、この映画、前に見たいって言ってたから用意したんだ。一緒に見よう。


 今まで本当にごめんね、映画見る時間すら作れなくて。これからは気をつけるよ。

 ……あれ、何だか君はあんまり面白くなさそうだね、けっこういい映画だと思うけど。

 え、見ちゃったの?何だ、そうなのか。ちょうど先週テレビで?いや、やってないよ。

 勘違いなの?ふうん。見ちゃってたのか。じゃあ別のにすれば良かったな。でもここまで見ちゃったから、最後までいい?ありがとう。


 君、家にテレビ置いたんだね。置かないって言ってたのに。

 パソコンのこと?そうなんだ、俺パソコンはあんまり詳しくないから。

 ああ、いい終わりだな。……ふふ、最近ちょっと好みが変わってさ。みんな死んじゃうようなバッドエンドも楽しめるようになったんだよ。そんなのもいいかなって思えるようになってね。


 まだいいだろ、送って行くから。さっきからそわそわして、何か用事?こんな夜に?……明日は休みだろ、知ってるよ。さっき携帯電話の画面に表示されてたよ。

 見えたんだよ、偶然だよ。それとも何か見られたらまずいことでもある?いや、見ないよ、当たり前だろ。

 でももう少し君と話したい。せっかくこんなにゆっくりできるんだから。

 

 焼き鳥、冷えちゃったね。レンジで温めなおそうか。


 うん、すごくたくさん作ったよ。おみやげにあげられるくらい。だって暇だったし、材料がいっぱいあったからね。冷蔵庫全部焼き鳥だよ。持って帰って会社で配っていいよ。……あはは、そうだね、酔っ払いのおみやげみたいになるか。


 うん、実はいっぱい作り過ぎて困ってた。味見した時、やっと少し気が晴れてさ。調子に乗っちゃったなあ。

 ……そうかな、そうだね、よくやっちゃうもんね。夢中になるとまわりが見えなくなっちゃってさ。


 それでも君は俺についてきてくれるものだって、何だか勝手に思っちゃってたよ。君にも君の考えがあるし、君の時間がある。当たり前だよね、君は俺の持ち物じゃないんだから。


 もっと君を大事にしていたら良かったのかな。

 でも、仕事を頑張ったのも君との将来を考えて……いや、うん、ごめん。そうだよね、放っておき過ぎた。寂しいって言ってたもんね。

 こうなる前にもっとやり方があったはずなんだ。こうならないやり方が。……ううん、何でもないよ。


 何だかあんまり進まないね、おいしくないかな?

血抜きが足りなかった?固い?

 ……そんなことないよ、焼き鳥だよ。他に何だって言うのさ。

 電話が気になるの?何か用事?ああ、いつもこのくらいの時間に君は話し中だもんね。誰か決まった人と話してるの?


 怒らないでよ、聞いただけじゃないか。うん、わかってる、君は答えてくれなくていいよ。いつもそうだもんね。

 だから俺は自分で調べたんだよ。君とあいつがどんな関係なのか。


 飲み過ぎてないよ、俺がお酒強いのは知ってるだろ。最近は特に、いくら飲んでも全然酔えないんだ。その代わりに現実が夢みたいに思えるけどね。


 夢なのかな。君がいてくれる。俺は君に俺だけのものでいてほしかった。俺だけを見ていてほしかった。


 夢から覚めたら君はいなくなって、俺の冷蔵庫も空っぽになるのだろうか。


 はは、何でもないよ。ひとりごとだよ。

 気分が悪いの?飲ませ過ぎちゃったかな。大丈夫?……ああ、洗面所はいかない方がいい。お風呂場でさばいたから、少しまだ臭いが残っているかもしれない。台所の方がいいよ。

 待って、お風呂場はダメだってば。どうしたんだよ急に。電話の音がそっちから?君がかけたのか。


 まだ電池が残っていたんだな。何であいつに電話したんだよ。

 そうだよな、いつもこの時間にあいつがかけてたもんな。ご丁寧に非通知で。でもあいつも片手落ちだね、自分の履歴はそのままなんだもの。俺に見られるとは思わなかっただろうな。

 あいつの携帯電話がここにある理由?

 ……うふふ。


 今更吐いても遅いよ。少しはもう消化してしまったはずだよ。

 見るかい?さばいた後の生ゴミはまだ袋に入れて風呂場に置いてあるから。頭は肉が少ないし、こそげ取るのも面倒だからそのまま入れてある。もちろん鳥の話だよ。当たり前じゃないか。


 泣かないで、可愛い君。俺には時間がたくさんあるんだ。こんなことになって、仕事なんてしても仕方ないじゃないか。ずっと君と一緒にいるよ。


 さあ、顔を拭いて。

 焼き鳥はまだまだあるよ。一緒に食べよう。

 

 

 

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当たり前じゃないか、それは焼き鳥だよ 澁澤 初飴 @azbora

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