終章 それでも続いていく。

「また新聞に出たのかあ。」

杉ちゃんは、大きなため息を着いた。

「ほんと、報道関係者も懲りないですね。なんでそんなに、彼女の事を報道したがるんでしょう。全く、他にネタというか、そういうものは無いんでしょうかね。」

ジョチさんは、新聞を閉じながら、大きなため息を着いた。新聞の片隅に、伊達さつきの娘が、お琴を始めたという記事が載っていたのである。流石に、花村さんの名前は掲載されていなかったが、有力な奏者に師事し始めたというのは、しっかり載っていた。

「なんで、花村さんのことは掲載しないで、伊達さつきの娘と、具体的に載せてしまうんだろうかな。ほんと、そういうところが頭に来るな。」

と、杉ちゃんも、呆れた顔をしていった。

「まあ、仕方ありませんね。伊達さつきさんの娘であることは、誰が見ても明らかですし、きっと、そういう事をされなければならないのは、もう宿命的なものと考えるべきなのかもしれませんね。それで彼女は間違いなく、お母さんにも叱られるでしょう。ですが、それも仕方ない。どうやら、その辺り、受け入れてくれたようですね。自分の失敗を、誰かの予防のために使ってほしいと、記事の最後に書いてありました。」

と、ジョチさんは、そこだけは進歩したというように言った。

「そもそも、なんで彼女、精神がおかしくなっちまったのかな。高校でてから、徐々に体調を崩したって言ってたけど、学校で、なにかいじめでもあったのかな?」

杉ちゃんが、そういう事を言った。

「その辺りを、報道関係者は、記事にしてくれたら、確かに失敗することの、予防にはなるなあ。」

「そうですね。」

ジョチさんも、杉ちゃんに合わせた。

「まあ、それも彼女が、背負って生きていかなければならないんでしょうけど。人間って不思議ですね。一つだけ背負っていけばいい人間もいれば、何十も重いものを背負って生きている人間もいる。なんで、そうなるのか、見当も付きませんよ。」

「本当だな。そして、それを軽くしてくれるやつは誰もいないという。やれれ。」

二人がこうして笑っていられるのも、他人だからできることだった。誰でもそうだけど、本気になって誰かのために考えられるという人は、そうはいないと思う。誰かを、よほど好きであるとか、そういうことでも無い限り、誰かの事を、考えるなんて出来はしないのだ。

「御町内の皆様、どうかこの、伊達さつき、伊達さつきに暖かい一票を、よろしくおねがいします!伊達さつき、この日本を変えるために、精一杯の力を込めて、戦って参ります!」

外では、そんな声が聞こえてきた。選挙カーが、伊達さつきさんの事を、宣伝しているんだろう。なんだか、めい子さんのことは、いつまで経っても解決しないまま、伊達さつきさんは、選挙活動を続けるのである。

「どうかこの、伊達さつきに暖かい一票を、、、!」

選挙カーは、すぐに走り去っていってしまった。車に乗れるというのも、ある意味ではすごいことなのだ。だって、伊達さつきさんの娘さんは、車に乗ることはできない。当たり前のようにしている車も、実は特別なことだと言うことを、大体の人は知らずに乗っている。そして、それを伝授する人もおらず、当たり前だと思い続けていることが、問題点なのではないかと思われる。

「すみません。」

不意に玄関先から声がした。

「あれ、誰だろ?」

杉ちゃんとジョチさんは、顔を見合わせた。急いで、玄関先に行ってみるといたのは、伊達さつきさんの娘さんである、出島めい子さんが立っていた。

「めい子さんじゃないか。どうしたんだ?」

杉ちゃんが驚いてそう言うと、

「はい。水穂さんの事を手伝いに来ました。このまま、新聞に載せられたからって、放置して、無責任なことはしたくありませんから。」

と、めい子さんは言った。杉ちゃんとジョチさんは、思わずぽかんとしてしまう。

「そうか、じゃあ、手伝ってやってくれよ。何をやっても、どうせ記者から目をつけられるんだってわかったら、ちょっと気持ちが大きくなったな。そうそう、人間そういう気持ちで生きていくもんだ。いいぞ、入れ。」

と、杉ちゃんが、そういったため、めい子さんは、よろしくおねがいしますと言って製鉄所の中に入った。そして、まっすぐに四畳半に行った。

「水穂さん、こんにちは。というよりお久しぶりかな。私の事を覚えていらっしゃいますか?」

と、めい子さんは、水穂さんの前に立った。水穂さんは、静かに彼女の方へ顔を向けた。

「今日は、何を手伝ったらいいかしら。食事は済ませましたか?それとも、着替えとか、そういうことかな。」

めい子さんは、水穂さんの近くにある小さな桐たんすを開けた。確かに几帳面な水穂さんらしく、着物が丁寧に畳まれて入れてあった。それは良いのだが、全部が銘仙の着物である。この着物を着ているということは、事情があるんだと言うことは、めい子さんももう知っているが、めい子さんは、別の感情が湧いたようだ。

「ねえ、着替えは、もう銘仙しかないのでしょうか?」

水穂さんは、そう言われて、小さく頷いた。

「それでないと、いけないことがあるのでしょうか?」

めい子さんはそうきく。

「いけないというか、身分がバレたら、それこそおかしいことですから。身分が低いくせに、紬の着物を着て、なんて言われたら、こちらが溜まったものではありません。」

水穂さんは、正直に答えた。

「そうかも知れないですけど、あたしだって、新聞記者からさんざん目をかけられているんです。こないだだって、私、また報道されちゃって、それで、母に散々叱られました。でも、あたし、自分のことだから、諦めませんよ。自分のことだから。人のことじゃないですもん。そのまま、生きていくしか方法が無いこともあるんだって、少しわかったの。」

めい子さんはにこやかに言った。その表情から、彼女は、なにか、大事な事を掴んだようなことが読み取れた。それはある意味、成長というものかもしれなかった。成長というものは、自分の前に立っている壁を叩き壊すとか、打ち破るとか、そういうことばかりではない。それは、もうできないので、それと一緒に生きていくことも、また成長なのだ。

「だから、銘仙の着物を着るのをやめろとはいいません。ですが、水穂さんにも、幸せになってほしいなと思うことはあります。」

「どういうことですか?」

と、水穂さんが言うと、

「あたし、水穂さんに、着物を縫って差し上げたいんです。」

めい子さんは言った。

「大げさに言えば、それを目的としてもいいと思います。せっかく、お琴も習って、まあそれは、母が怒ったせいで、取り止めになっちゃったけど、それでも、和の世界というか、そういうものにちょっと足を入れることができたから、それを、人生の目標にしてもいいと思うんです。」

「ほう!そいつはすごいじゃないか。それなら、ぜひ、和裁をやってもらいたいもんだな。それなら、まず、長襦袢とか、簡単な物を仕立てることから始めよう!」

めい子さんがそう言うと、杉ちゃんが、それに割って入った。

「よし、じゃあ、今から、和裁のレッスン始めるか。まずはじめに、縫うことから始めような。ねえちょっと、僕の針箱持ってきてくれない?それでは、始めような。」

感じの速い利用者が、杉ちゃんの針箱を持ってきた。杉ちゃんは針箱を開けて、縫いかけの着物を取り出して、着物を縫うことの説明を始めた。めい子さんもそれを興味深そうに見ている。

それから、めい子さんは、毎日製鉄所へやってくるようになった。お母さんに叱られるのではないかと、心配されたが、そんなことは気にしていないのか、毎日来訪してくれるようになった。そして、水穂さんの世話をしながら、暇なときは、杉ちゃんと一緒に、和裁の稽古をしている。やがて、数日後には、巾着を縫うことができるようになった。巾着を縫うことができるようになると、彼女は、それを、フリマサイトで販売したいといった。こういうとき、そのようなフリマサイトは、役に立つものだった。始めて、巾着を購入してくれたときの、喜びようは、みんな嬉しくなるくらい、大喜びしていた。

それと並行して、水穂さんの方は、布団にすわることが、たいへんになってきたようだ。食事はしてくれても、疲れてしまった顔をしてすぐに横になってしまうのである。杉ちゃんたちは、春なので気温差が大きいからだと言っていたが、めい子さんは、だんだん水穂さんを心配しているようになった。

その日。

「水穂さん、また、布を買ってしまいました。」

と、めい子さんは、布屋さんで買ってきた布をもって、水穂さんに見せようと四畳半に入ってきたのであるが、水穂さんの返事はなかった。代わりに返ってきたものは咳だった。めい子さんは、すぐに布を畳に置いて、水穂さんのそばに駆け寄った。

「水穂さん大丈夫ですか?」

そう聞いても返事はなかった。

「じゃあ、救急車呼ぶのもできないでしょうし、病院に行きましょうか?」

水穂さんは、咳き込みながら、首を横に降った。めい子さんは、急いで水穂さんを背中に背負って、急いで病院に向かって走り始めた。そしてまた、成松医院に飛び込んだ。

「なんですか。また、なにか引っ掻き回しに来たんですか?もう、こんな汚い着物を着ている人なんて、うちは見ませんよ。どこか他の病院に行って貰えないでしょうかね!」

受付は、決め台詞のようにそういったのであるが、

「いいえ、水穂さんは私の大事な人です。私、治療してもらうまで、帰りませんから。水穂さんを見てもらうまで、私、ここにずっといます。何があっても帰りません!」

めい子さんは、急いでそう言い返した。それは、なんだか今までの彼女とは、違っているように見えた。

「あなた、伊達さつきさんの娘さんですよね。お母様が一生懸命選挙活動やっているのに、その名を汚すような事をヘイキでするんですか。」

と、受付は言ったが、めい子さんはそれにもめげなかった。

「いいえ、私と母は違います。母がいくら偉くても私が愛する人はまた別にいます。それは違っていいはずです。お願いです。彼を助けてください!お願いします!」

めい子さんは頭を下げずに、そういう事を言うのだった。奥の診察室から成松医院の医者が出てきて、

「一体どうしたんですか。こんなところで。」

と、二人にそういうのであるが、めい子さんは、水穂さんを背負ったまま、

「あのすみません!この人を見てやってくれますか!その時に、母がどうのこうのとか、そういうことは一切言わないでください。私は、私の意思でここに来ましたし、母の代わりで来たわけでもありません!」

と、一生懸命言ったので、医者もその態度に驚いてしまったらしい。

「わかりました。そうしましょう。じゃあ、こちらにその男性、寝かせてくれますか?」

とまるで、物を扱うように、隣の治療台を指さした。

「わかりました!」

めい子さんは、水穂さんを、治療台の上に寝かせてあげた。医者は、聴診を始めたが、めい子さんが、それを手抜きをするなという顔で見ていたので、しっかり聴診をしなければならなかった。そして、看護師に指示を出して、薬を持ってこさせ、水穂さんの体に点滴させた。めい子さんは、それがすべて終了するまで、医者を睨みつけていた。医者は始めは馬鹿にしているように見ていたが、めい子さんの態度を見て、ちょっと考えを変えてくれたようだ。そうなってくれたおかげで、水穂さんは点滴をしっかり受けられて、咳き込むのもやっと静かになった。

「まあ良かったですね。あなたが、その男性を好きでいてくれるのなら、きっと彼も幸せよ。」

医者がそうからかい半分で言っても、めい子さんは、医者や看護師をずっと睨んでいた。もしかしたら、これもまた、衣笠に見られているのかもしれないが、それは、もう気にならなかった。めい子さんは、水穂さんと自分がつきあっていると報道されても、もう気にしないつもりでいるのだろう。

点滴が終わると、めい子さんは、水穂さんを動かすのは可哀想なのでタクシーを呼んでくれるように受付に頼んだ。受付は、彼女の態度が変わって、驚きを隠せない様子で、ストレッチャー付きのタクシーを呼んでくれた。タクシーは、水穂さんとめい子さんを乗せて、無事に製鉄所まで、運んでいってくれた。

「おかえり。」

と、杉ちゃんが出迎えた。

「ただいま戻りました。」

めい子さんは、タクシーの運転手が、水穂さんをストレッチャーで運んでいくのを眺めながら、にこやかに笑った。

「で、水穂さんの容態はどうだ?」

杉ちゃんが聞くと、

「ええ、何も言われませんでした。ただ、点滴だけしてもらって帰ってきました。」

めい子さんは事実をいうだけ言った。

「そうか。まあ、それには馬鹿にされるという意味も含まれているのかもしれないが、まあ、いずれにしても良かったことだよね。」

と、杉ちゃんもそう返した。水穂さんも、変えることができないことを抱えている。みんなそうだと偉い人は言うけれど、普通の人は、自分だけ大きなものを抱えていて、他の人は、のうのうと生きている様に見えてしまうのである。水穂さんのように、抱えているものがはっきりとわかる人ならいいけれど、大体の人は、それを持ったままいろんな事をしでかしてしまうから、事件が起こるのだ。

「まあ、とりあえず、発作が止まれば、それでいいことにするか。まあ、根本的なことは僕らには解決できないけどな。」

「ええ。」

杉ちゃんがそう言うと、めい子さんもにこやかに笑った。

「お前さん、なんか明るくなったね。」

杉ちゃんに言われて、めい子さんは、そうかしら?と聞いた。

「ああ、明るくなったよ。お前さんは、前よりずっと変わった。そりゃ、お母ちゃんが偉すぎて、叱られることだってあるんだろうが、その中でも、生きていかなくちゃいけないってこともあるよ。」

と、杉ちゃんに言われてめい子さんの顔は真っ赤になった。まあ、そんな事、とめい子さんは、照れくさそうに言う。

「やっぱり、人間、明るくなきゃ、いけないよね。」

杉ちゃんに言われて、めい子さんは、

「ええ、わかりました。」

と、にこやかに言った。

「あたし、またあの衣笠って言う人に、マークされてたかしら?まあでも、いいわよね。どうせ、あの人は、母のことを書いて、あたしが、水穂さんとつきあっているという不祥事をしでかしたって書くに決まってるわ。そして、新聞に載るの。それでいいじゃない。衣笠のすることは、衣笠のすることよ。」

「そうそう。衣笠とかいうやつは、お前さんの不祥事を書いていかないと、やっていけないやつだから、それは、お前さんがあいつを食わしてやっていると思ってさ、それで、納得してやりな。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「誰でも、生きていくためには、必要なことだってあるさ。お前さんのお母ちゃんだって、議員にならなきゃ生きていけないだろうし、お前さんだって、これから生きていかなきゃならないんだしな。まあ、そういうことだ。人生ってのはそういうもんだよ、はははは。」

「ええ、じゃあ、杉ちゃん、和裁のレッスン始めてよ。頑張って、水穂さんの着物を作るっていう目標があるんだから!」

めい子さんは、眠っている水穂さんを見て、にこやかに言った。

「よし。やろう。あれだけ巾着が縫えるんだったら、今度は、本格的に着る物を縫ってもいいな。よし、裾除けとか、そういう物を作ることから始めようかな。」

杉ちゃんは、裁縫箱を開けた。

一方その頃。やはりめい子さんを、道路で偶然見かけた衣笠は、また、記事を書こうとしてパソコンに向かっていた。とりあえず、伊達さつきの娘が、銘仙の着物を着ている男とつきあっていると、言う内容の文章パソコンで書いてみたのだが、そこまで描き終えて、ちょっと手を止めた。めい子さん、つまり伊達さつきの娘が、あそこまで真剣に、銘仙の着物を着ていた男を、愛することができるのだろうか?そのようなことがあったとしても、母親や世論が止めてしまうだろう。そうなると、こんな記事を書いても意味はないかもしれない、と、衣笠は思ったのだ。それなら、別の人物をネタにしたほうがいいのかな。衣笠は一瞬そう思ったが、でも、これを、記事にしたら、また世界が変わるのか、と考え直し、記事を書き直し始めた。

その数日後、参議院選挙の投票が行われた。伊達さつきさんの事務所では、本人や関係者の人たちが、バンザイを三唱していて、多くのテレビや新聞などの関係者が詰めかけていた。由紀子は、テレビを見ながら、なんでこんな人が、当選したんだろうと思ったが、それでも、私の仕事は続いていくと思い直した。同時に、家の郵便受けに新聞が入ってきた事がわかったので、新聞を取りに行った。トップ記事には、伊達さつきさんが当選したことが早くも乗っている。その片隅には、伊達さつきさんの娘とおもわれる人物が、同和関係者と逢引をしているのではないかという記事も載っていた。由紀子は、この記事は、真実であったとしても、それでも生きていかなきゃいけないだろうなと思いながら、新聞を閉じた。そして、駅員帽をかぶり、吉原駅へ出勤した。

その日も、いつもとかわらなかった。由紀子はいつもどおり駅員の仕事をした。確かに伊達さつきさんは、この岳南鉄道を潰してしまえと発言していたことがあった。でも、駅長からも、他の駅員からも、何もそのような話は出なかった。由紀子は、ひとまず良かったのかなと思いながら、駅員の仕事を続けた。

もう、駅近くの公園では桜が咲き始めている。いくら、人間が止めてくれと言ったって、ときの流れは止めることはできないのだ。それは、誰に対してもそうだ。偉くても、馬鹿でも、どんな人でも。きっと、変わらないと人間は呟いているが、世界はなにか少しずづ変わっていくのである。

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出ぬ出ぬ出島 増田朋美 @masubuchi4996

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