焼き鳥から串を取ることを許さない男
空本 青大
焼き鳥から串を取ることを許さない男
「ん、ん、ん・・ぷはぁーーー!ビールうめぇ!」
がやがやと賑やかな居酒屋の店内。
店の隅角で男3人が飲みに興じていた。
「
「・・っす」
「おう!仕事お疲れ!
俺の名前は
でかい仕事が片付いたので、お疲れ会を兼ねて会社の後輩2人を引き連れ飲み会を開いている。
快活な性格でマイペース男の
居酒屋で3人そろってビール片手に和やかな飲みを楽しんでいる。
「色々頼んでいーっすか?」
「おう、頼め頼め!今日は俺のおごりだ!」
「マジっすか⁉烏丸さんおっとこまえー♪」
「あはは、褒めてもなんもでねーぞぉ!」
「なんだい!褒めて損した!くそぉ!くそぉ!!」
「ええ・・すぐ本性表すやん・・」
そんなやり取りをしながら俺は、羽鳥の横にいる小鳥遊に目をやる。
ビールをちびちびと飲みながらお通しの枝豆を口に運んでいた。
「羽鳥も遠慮なく頼めよー」
「・・っす」
店員を呼び、注文をすました俺たちは仕事の話やらくだらないバカ話に花を咲かせる。
そして数分後頼んだ料理の数々がテーブルを埋める。
ポテト、軟骨揚げ、おつまみキャベツ、卵焼きに焼き鳥。
着いたついでに追加のビールを頼み、俺たちは料理に箸をつける。
「腹減ったし食いまくっぞぁ!」
「そうっすねぇ!」
「・・っす」
俺が注文したものであり俺の大好物の焼き鳥に手を伸ばしたその時―
「あ!焼き鳥みんなで食べやすいようにしますねー」
焼き鳥の串に伸びた俺の手は空を切り、羽鳥が皿の上に盛られた焼き鳥から串を抜き始めた。
あっという間に串を抜かれた焼き鳥の肉が俺の目の前に置かれる。
「烏丸さん!どうぞ」
満面の笑みを俺に向けながら皿をずいっと俺の前に置く羽鳥。
ほんの数秒放心状態に陥った俺は、徐々に心の奥底から怒りがせり上がってくるのを感じた。
「・・おいてめぇ、なにしてくれてんの?」
「羽鳥最高!抱いて?」
「なにひとつあってねーよ!」
怒りをあらわにする俺に我関せずといった後輩2人は、
皿に積まれた焼き鳥をパクパクとつまむ。
「美味いっすよー、もぐもぐ」
「・・っす、もぐもぐ」
「お、おまえら一旦食うのやめろ・・」
すると2人はピタッと2秒箸が止まり、すぐさま食べ始める。
「確かに言う通り一旦やめたけどさ!そういうことじゃなくて!もういいや!食べながら聞いてね!?」
諦めた俺は食べ続ける後輩達に先ほどの怒りの講釈を始める。
「焼き鳥はな、串がなかったらもう焼き鳥じゃないんだよ。たんなる焼いた鶏なんだよ?わかるか?」
「でも焼いた鶏美味しいっすよ?」
「まあ確かに美味い。でも論点はそこじゃないんだわ」
やれやれと肩をすくめ俺は話を続けた。
「焼き鳥って言うのは鶏と串とワンセットだからこそ焼き鳥を名乗れるんだ。焼き鳥ってスマホで検索してみ?串にささった焼き鳥しか出てこないだろ?」
「まあそうっすね」
羽鳥がスマホの画面を操作しながら返事を返す。
「それに焼き鳥に限った話じゃねえ。パフェはあの円錐形のグラスに入ってこそパフェだ。グラタンだってグラタン皿に入ってるからこそグラタンなんだ。調理器具と中身の料理がニコイチの料理がこの世には数多く存在する。だからこそ焼き鳥は串から外してはいけないのだ、わかったか?」
「でも味には関係なくないっすか?形は何であれ平皿に盛られても焼き鳥もパフェもグラタンも味変わんないっすよ?」
「違うんだよ!味とは別のスピリチュアル的な?とにかく精神に訴えかける味が変わるんだよ!!」
「よくわかんないっすね・・」
熱を帯びて語る俺は、肩で息をしながら羽鳥に睨みつけるような視線を向け、話を続ける。
「家で食べる焼きそばは美味いよ。でも海の家だったり、祭りで食べる焼きそばってなんか違うやん?要はそれと同じで箸で食べる鶏と、串で食べる鶏っていうのは情緒が違うんだよ!俺は串にささった鶏をワシワシ口で食べるのが好きなんだよぉ・・」
感情が溢れすぎて最後のほうは泣き崩れるような声になってしまい、そのままテーブルの上に突っ伏す俺。
唖然としながら眺める羽鳥は横にいた小鳥遊に問いかける。
「俺はどっちでもなーって感じなんだけど小鳥遊はどう?」
「そっ・・すねぇ・・」
今まで静観していた小鳥遊がボソボソと小声で話し始める。
「俺は烏丸さんは串みたいなもんだと思ってます。職場の空気読んでいろんな人達をまとめあげてくれていつもすごいなぁって。ただの鶏肉である俺みたいな奴も、烏丸さんのおかげで焼き鳥っていうメジャーで皆に人気の料理になれてるなら、やっぱ串って存在は重要視されるべきなんじゃないかなって思うっす」
「た、小鳥遊・・」
いつも口数少ない小鳥遊が語る想いに目頭が熱くなる。
「すんません烏丸さん。小鳥遊の言葉で目が覚めたっすわ!俺今後は串から外さないっす!」
「羽鳥・・。ていうか俺の言葉は全然響いてなかったんだな・・」
釈然としない想いを少し引き釣りながら後輩2人を見据える。
「串をさす・・もとい釘をさすようだがもう外さないんだな?」
「もちろんっす!」
「・・っす」
2人の返事にようやく笑顔を取り戻した俺は再度焼き鳥を注文する。
到着した焼き鳥の串を掴み、俺たちはしっかり”焼き鳥”の味を楽しんだ。
「く~~やっぱこれだわ!どうよ2人とも?やっぱ違うだろ?」
「変わんないっすね!」
「・・っす」
この日俺は普段なら飲まないであろう強い酒をしこたま飲んだ。
この串に刺されたかのような鋭い痛みを忘れるために―——
焼き鳥から串を取ることを許さない男 空本 青大 @Soramoto_Aohiro
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