羽ばたいて、逃げろ!(世界平和の為に、その⑥)

月猫

ゾリヤナが啼いた日。

 40歳を過ぎたパブロは、一人暮らしの寂しさから鳥を飼うことにした。


 白い羽に覆われた体。黄色い冠羽かんう。赤いほっぺの喋る鳥。日本では、オカメインコと呼ばれているがオウムの仲間である。


 言葉を教えて会話を楽しもうと思ったパブロだが、ゾリヤナと名付けられた白い鳥は喋らない。


「パブロ、おはよう! パブロ、お・は・よ・う!」

「……」

「頼むよぉ。『パブロ、おはよう』って喋ってくれよ。 ゾリヤナ~」

「……」

 籠の中で、無表情のゾリヤナ。


『はぁ、なんだよ。全然喋らねぇ。やっぱりオスにすれば良かったなぁ。オスの方が喋るって店員さん言ってたもんなぁ』と後悔したが、あとの祭りである。

 喋らないゾリヤナにイライラしたパブロは、ついこう言った。


「ゾリヤナ、いいか! だんまり決め込んでいたら、焼き鳥にして喰っちまうぞ!」


 もともと口の悪いパブロだ。本気でもないのに、こんな言い方をしてしまう。とうとう『焼き鳥にして喰っちまうぞ!』が口癖になってしまった。

 そのくせゾリヤナを可愛がり、毎朝、右肩に乗せて散歩するのだった。そんなパブロに、ゾリヤナはとても懐いていた。


 2022年2月、パブロの職場で嫌な噂が流れ始めた。

「戦争が始まるかもしれねぇ」

「いやいや、そんなことはねぇだろう」

 何となく、ザワザワする日が続いていた。


 そして、とうとう戦争が始まってしまったのだ。パブロの住む地域にだって、いつミサイルが落とされるかわからない。


 カーテンを閉めた暗い部屋でパブロはお酒を飲み、誰に言うともなく叫んでいた。

「戦争なんかやめちまえ! 馬鹿野郎!」

 何度もそう言いながら、眠る日が続いた。


 天気の良い朝だった。ゾリヤナを肩に乗せて散歩するには絶好の日。


『ここの所、散歩してなかったもんなぁ。ちょっと位、大丈夫だろ。食料も調達したいし……』

 そう思い、ゾリヤナをカゴから出したその時だった。大きな爆発音と共に、アパートが崩れた。パブロは瓦礫の下敷きになった。胸から頭だけが、瓦礫の外にある。ゾリヤナは、パブロの頭を口ばしでつついた。


 必死で、パブロを起こそうとしている。

 そして、ゾリヤナが叫んだ。

「パブロ、焼き鳥にして喰っちまうぞ! 焼き鳥にして喰っちまうぞ!」

 そう言いながら、羽をバサバサと動かす。


「……くっ、お前、喋れるようになったのか?」

 パブロは、意識を取り戻した。だがもう、自分は助からないだろう。覚悟を決めたパブロは、ゾリヤナに言った。


「ゾリヤナ、俺に構うな。お前は、自由だ。あの空に羽ばたいて逃げろ! ここにいたら、危ない」

 ゾリヤナは、パブロから離れようとしない。近くで、銃声の音がする。もう一度、パブロは叫んだ。


「逃げろ、ゾリヤナ! ここにいたら、本当に焼き鳥にされて喰われっちまう。飛べ!  飛ぶんだ!! 頼む」

 パブロの必死の想いが通じたのか、ゾリヤナが羽ばたいた。


 そして、パブロの上空を旋回し叫ぶ。

「戦争なんかやめちまえ、馬鹿野郎! 焼き鳥にして喰っちまうぞ!」

「戦争なんかやめちまえ、馬鹿野郎! 焼き鳥にして喰っちまうぞ!」

 繰り返し、繰り返し、そう叫ぶゾリヤナ。


 あいつ……、今まで全然喋らなかったのに。それにしても、口の悪い鳥だな。そうか、俺のせいか……。 ゾリヤナ、俺の分まで生きてくれ。


 パブロは、瓦礫の中で息を引き取った。


~~~~~~~~~~~ 


 この様子を見ていたウリエルが大泣きしている。涙と鼻水で、顔がぐしゃぐしゃだ。隣に立つガブリエルが、ウリエルの背中をさすっていた。 

「もう、これだから戦争なんて嫌なのよぉ。パブロちゃんだって、本当はまだまだ寿命が残っていたのにぃ~~~」

宇梨ウリちゃん、そんなに泣いたらお化粧崩れちゃうよ。はい、ティッシュでチンして」


「うっ、うっ。だぁ。ありがと」

「あのさ宇梨ちゃん。あの鳥・ゾリヤナちゃん。さっき保護しようと思ったんだ。『戦争なんてやめちまえ』って飛んでいたら、目立って狙われちゃうから。そうしたらこう言うんだよ。『パブロの想いを届けたい。ずっと喋る続ける』って」


「そう、ゾリヤナちゃんも戦う覚悟なのね。うっ、うっ……」

 ウリエルの止まりかけた涙が、また溢れ出す。


 戦争で傷つくのは、人間だけじゃない。自然も、動物も傷つける。それは、自分たちの住んでいる地球を傷つける行為だ。

 

 ウリエルとガブリエルは、人間を愚かな生き物だと思っている。それでも、助けずにはいられない。人間には、愛があるから……

 





 

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羽ばたいて、逃げろ!(世界平和の為に、その⑥) 月猫 @tukitohositoneko

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