第15話 友だち

 その響きは、私にとっては死刑宣告と同様の意味合いを持っている。


 「ライトニング・パニッシャー!」


 デモンズが技名発生すると空にいくつもの魔法陣が瞬時に浮かび、赤い雷鳴となって私に降り注いだ。

 私が驚いて両手を振り回すと、空中に漂う箒に手が届いた。


 誰か使っていた箒だ。ありがたい事にチェーンはない。魔力瓶もある。

 誰かの箒を使うのは駄目だけれど、正直選んでいる暇はない。私は急いで跨るとハンドルグリップを捻った。

 高速で左右に旋回しながら、私は雷から必死に逃げる。雷が落ちた建物や魔物は爆散し、下に落ちていく。


 「こ、こんな膨大な魔力…!一体何をやったんだ⁉デモンズ!」


 雷は私の行く手を塞ごうと襲ってくる。だが、当たらない。龍の感覚が使える訳ではないのに、何故かギリギリで避けれていた。

 だが、その事を考える暇なく雷は襲ってくる。


 雷の音と近くに落ちた衝撃で身が震えそうだ。

 私は恐怖を押し殺しながら、必死に飛んだ。


 「何とか人のいない所に行かないと!」


 このままでは絶対に巻き添えが出る。それだけは避けなければならなかった。

 遠くの方、広い中庭のある建物が見えた。


 「よしっ!あそこなら!」


 私が言うや否や、雷が箒に少し掠った。後ろから火を噴き、コントロールが上手くいかなくなる。

 焦りと緊張が全身に走るが、雄たけびを上げ、その感情を遠くに押しやる。


 「負けるかぁああああああ‼」


 ふらつきながらも、私は建物へと向かっていく。

 一番大きな雷が、私のすぐ近くに落ちたすぐ後、私は中庭に不時着した。

 その衝撃で箒が壊れてしまった。

 痛みを堪え、何とか立ちあがる。


 「箒を持っていた人、ごめんなさい」

 

 私は小声で詫びるとここがどこなのか調べようと辺りを見回すと、すぐに分かった。


 「ここ、学園だ。戻ってきちゃった」


 そこは学園だった。何度も見た学び舎。広い中庭。そしてその中心に立つ学び舎よりも、ずっと高い時計台。

 必死で飛んでいたから気づかなかった。私は気づいたら学園まで戻ってきていたのだ。

 

 「お前が死ぬ場所には相応しいなぁ!ライト!」


 壊れた声が響いた。声がした方を振り向くとデモンズがそこに立っていた。

 フラフラでデモンズスーツ自体がもうボロボロだ。色んな意味で奴は壊れた悪魔になっていた。

 デモンズを見ていると胸が苦しくなってくる。彼をこんな風にした自分の罪深さに嫌気がさす。


 デモンズは身体を揺らしながら、ゆっくりこちらに近づいてくる。

 

 「ライトぉ…。何故だぁ?何故、絶望しない?こんなに追い詰めているのに。僕はお前の絶望した顔が見たいのに。何故恐れない?」


 優しく知的でいつも手を貸してくれた友人は完全にいなくなっていた。その事がとてつもなくやるせなくて、そうしてしまったのは自分なんだと分かっているはずなのに、涙が勝手にあふれて止まらなかった。


 「そりゃあさ!怖かったさ!逃げたかったさ!でも、でも逃げたから!逃げたから君はそんな風になったんだろう!私が逃げた所為で!」


 言葉が喉の奥から飛び出してくる。嗚咽と共に私は自分の感情をぶつけた。


 「だから、今度は!逃げない!恐れない!絶望もしない!私は!私はここから逃げないぞ!」


 しばらく、デモンズはしばらく何も言わず呆然とそこに立っていた。

 だが、少しずつ身体を弓なりに曲げていくと、凶悪な両手で頭を押さえた。


 「ふざ、けるなぁああ。お前を絶望させたくて、準備、したのにぃいいい…」


 デモンズスーツの亀裂から、赤い魔力が噴き出した。


 「ふっざけるなぁあああああ‼」


 魔力が吹きだした途端、スーツが僅かに煙を噴き出し、明らかに破壊音が聞こえ始める。危険な状態なのは素人目にも明らかだ。


 「デモンズ、待て、それ以上は…!」


 私が言い終わるよりも早くデモンズは私の首を掴み、共に空に舞い上がった。

 

 「お前を潰す!」


 デモンズが叫びながら、首を掴んだ状態で私を時計台にぶつけた。


 「っぐあぁああ!」

 

 完全に骨が折れた感触がする。

 だが、デモンズは気にせず私を時計台に押し付けながら、ガリガリと私で外壁を削りながら登っていく。

 来ている甲冑と僅かな魔力を振り絞って、身体を守っているがかなり痛い。


 デモンズは完全に正気を失い、首を揺らし私と目が合っていなかった。

 時計台の鉄片まで来ると、デモンズは時計台から、離れた。首から手を離すと、あの尻尾が私の足首を捉えた。

 すぐさまデモンズが尻尾で私を振り回す。


 あまりにも回りすぎて、かなりきつい。周囲の景色がどうなっているか分かりづらい。すると身体がまっすぐに飛んだ。デモンズが時計台に向かって、私を放り投げたのだ。

 壁に突っ込み、そのまま穴を開け中に入ってしまった。


 痛みと衝撃ですぐに身体を動かせなかった。だが、このまま寝ころんだ状態ではどうなるかは明白。

 私はせめてと思い、首を何とか動かし、辺りを見渡した。


 まず自分の身体。身体中、あちこち骨にヒビが入っているのが分かる。あまりの激痛に顔を歪め、苦悶の声を漏らす。甲冑も同様に壊れかけだ。

 自分の頭を触ると兜は割れ、頭部が丸出し。うっすらと血も滲んでいる。

 

 時計台内部は思ったよりも広く、そして天井がかなり高い。5メートルぐらいあるだろうか。

 そして所狭しと並べられた物には見覚えがあった。

 透明なケースの中に、一つずつ入れられたボウリング玉サイズの球体。そしてそれがすっぽりと収まるであろう筒。


 「これ、は…確か」


 確かあの時、彼が教えてくれた物。


 「花火?パーティーに使用する…」


 こんな所にあったのかと驚いた。時計台から打ち上げると聞いていたけれど、もう準備していたとは。

 だが、今は役に立ちそうもない。


 ゆっくり身体を起こすと、自分が開けた穴が目に入る。巨大な穴。その向こうにデモンズがいた。

 デモンズは私に両手を向けて、こちらにゆっくり向かってくる。

 身をよじらせ、何とか逃げようとするが痛みとダメージですぐに逃げれない。


 「ライトぉ…。お前だけはぁ…。何が、あってもぉ…」


 デモンズの両手が私を捕まえようとする。

 すると、私の甲冑の胸の隙間からぷにるが飛び出し、デモンズの顔に飛び掛かった。


 「ぷにる!」

 

 「っぐ!な、なんだ!視界が!」


 デモンズがぷにるを引きはがそうとするが、ぷにるはかなり強く抵抗する。

 何故、ここにぷにるがいるのか分からないが、今はそんな事どうでもよかった。


 「ぷにる!よせ!」


 私の静止も聞かず、ぷにるは必死に捕まっている。

 

 「このぉ!」


 デモンズが無理やりぷにるを引っぺがして地面に叩きつけようとするが、ぷにるはその粘着力を生かして、破損している胸部に捕まった。

 その時、偶然かはたまたぷにるが狙ったかは謎だが、破損の所為で露出した胸部の中にあるコードをぷにるが掴んだ。

 ぷにるがずるりと落下すると掴んでいたコードが千切れた。


 「ぐっがぁぁあああ!」


 放電するかのように魔力があちこちに飛び散る。

 コードが千切れた事で魔力コントロールをギリギリ保っていたシステムが使えなくなったのだろう。

 

 デモンズは苦しそうに悶えていた。

 スーツの隙間から魔力が噴き出し、あちこちに飛んでいる。


 「魔力暴走だ…。スーツが魔力を押さえられていないんだ」


 悪癖の独り言を口にしながら、私はぷにるをひっつかむと、胸に抱えて距離をじりじりととった。

 もうこうなってはどうする事も出来ない。


 これまで強大な魔力をコントロールしていたスーツが壊れ、その魔力が行き場を失い噴き出そうとしているのだ。

 本来、内なる力である魔力は暴走しない。別の何かに注いだ魔力が、その何かが壊れた事によって起きるのが魔力暴走だ。


 「ぐっうぅぅうう!こ、こんな、こんなのこんなの!」


 デモンズが魔力を押さえようと手足をばたつかせているが、それが水に溺れる人のように見えた。力の代償だ。

 持つには大きすぎる力だったんだ。


 「お、おぉおおおお!」


 デモンズが雄たけびを上げると、魔力が徐々に彼の内側へと戻っていく。


 「も、戻らなければ。このままでは…」


 彼はうわ言のように呟くと、私に背を向け何度も落ちそうになりながら、ゆっくり飛んでいく。


 私には理解出来た。


 (今、デモンズはかなりマズイ状態なんだ。私を無視してでも。戻らなければならない程に…!あと、一撃。あと、一撃さえ入れば。絶対、デモンズの魔力に作用して爆破出来る!)


 だが、身体はボロボロで収集物ももうない。魔力は元から心もとないし。結局何も出来ない。

 ぷにるが不安がっているのか僅かに震えている。

 すると、ぷにるが私の手から飛び出した。


 「ぷにる⁉」


 ぷにるを慌てて手元に戻そうとすると、ぷにるは、花火玉と打ち上げ筒の間をぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 私にはぷにるが何を伝えたいのか理解出来た。


 「そうか…、お前は天才だよ」


 私は打ち上げ筒を掴むと、手元に引き寄せた。ぷにるが花火玉を転がして持ってきてくれる。

 

 「ありがとうぷにる」


 私はぷにるから花火玉を受け取ると、打ち上げ筒に入れた。

 

 「旧式の打ち上げ筒は、ロックシステムがないから不用心だな」


 打ち上げ筒に書かれてある魔法陣。認証システムも何もない。最新のは防犯上、そういう所がしっかりしている分、値が張る。学園側がケチったのか知らないが幸運だ.

 私は膝立ちになり打ち上げ筒を右手で抱え持つと、左手で魔法陣に触れた。


 左手にありったけの魔力をかき集め、魔法陣に注ぐ。

 打ち上げ筒を飛んでいるデモンズに定める。


 彼は魔力制御が上手くいかずかなりゆっくり飛んでいる。

 背中を向けた不用心な今がチャンスだ。

 魔法陣が輝くが、魔力が足りない。

 龍の力がない今の私では魔力が圧倒的に足りていなかった。


 (今だけ、今だけで良い。ほんな僅かで良いから…!)


 私の想いが膨れ上がり、魔力はそれに呼応して僅かにであるが増えた。

 私は魔力を一気に注いでいく。汗が吹き出すし、呼吸が浅くなるが何とか身体の震えだけは堪えた。


 (私もこれで魔力切れだ。これが最初で最後の一発!)


 私は打ち上げ筒を彼の背中に狙いすます。本来これは攻撃用ではない。空に打ち上げる物だ。それでも構うものか。当てる。当ててみせる。


 私は緊張する心を抑え込み、魔法陣に再度触れた。


 「ルナ!」


 私が彼の名を呼ぶと、彼は停止し振りかえった。

 砲台が白い火を噴いた。

 少し遅れて、虹色に輝く閃光がルナを捉えた。


 空に轟く爆破音。

 ルナのスーツに装着された二対の翼は大破し、コントロールを失った彼は回転しながら落ちていく。


 打ち上げ筒から手を離し、骨が折れている事も忘れ私は落ちる彼を穴の淵から見た。

 彼は仰向けになって落ちていく。彼が纏っていた赤い魔力が尾を引き、なくなっていき、同時にデモンズスーツが徐々に、彼から散り散りに剥がれていく。


 地面に落ちた彼を確認した私は、ゆっくりと穴から離れた。ぷにるが心配そうによってくるので私は痛みを堪え、笑顔を作る。

 骨にヒビは入っているが幸いに片足は生きている。

 私はぷにるを片手に持ち、近くにあった掃除用のモップを杖替わりに使って時計台の階段を降りていく。


 外に出ると、日は暮れていた。夕焼けに染まる空を見ながら、私は短く息を吐いた。地面には完全にデモンズスーツがなくなったルナがそこに横たわっていた。

  私はルナにゆっくり近づく。


 腰を下ろし、ぷにるを傍に置いてルナの顔を見つめた。

 ゆっくりと彼は目を開き、私を見つめ返す。

 呼吸は非常に頼りなく続いており、彼が長くない事を悟った。


 「じろじろ見んなよ、気持ちわりぃ」


 彼は顔を横に向け、悪態をついた。

 私はそれに何も言い返せなかった。よく映画なら最後の皮肉のやりとりとかあるんだろう。でもこれは、どうしようもなく現実だ。

 それを理解しているから、胸を貫く程の罪悪感があるから、私の口から出たのは嗚咽混じりの情けない言葉だ。


 「ごめん…」


 涙が溢れた。止める気はなかった。こんなの何の意味もないのに。泣いても誰も何も救われないのに滑稽な程に涙と謝罪は溢れた。


「ごめん…。助けれなくて、ごめん」


 展示会の時、魔物に襲われた時、そして君がデモンズとなった時、救えなかった。

 もし、一つでも違っていたら君を助けれた筈なのに。こんな事を君にさせずに済んだのに。


 そう言いたかったのに言葉は出なかった。ただ馬鹿みたいにごめんと繰り返すだけだった。

 

 しばらく私が泣いていると、ルナがクックックと笑い出した。それはデモンズの時の笑い方だ。

 

 彼は獰猛な笑みを浮かべ、私を見た。

 とても怖い笑みだ。


 「そんな。そんな謝りで。そんな物で、僕の憎しみ恨みをどうにか出来るとでも?呪うぞ。この国を呪ってやる。お前も一生僕の呪いを背負って生きろ」


 ルナの声は掠れていたが、私の耳にはその余韻がよく残った。

 私はルナの両手を握った。


 「存分に呪え。私は君の呪いと共に生きる。私は君の友達だから」


 ルナはそれを聞いて、少し驚いた表情を見せたが、獰猛な表情が消え、昔のようなニヤリとした笑みを見せた。


 「お前は」


 ルナがそこで血を吐くが、言葉を続ける。


 「お前は、優しいからな。これから先、どれだけ金や名声や女を得ても、心のどこかで俺への負い目を感じ、満ち足りた気分になれないだろう。お前は一生幸せになれない。ずっと、ずっと後悔しながら生きていくんだ。自分に幸せになる資格がないと思うから」


 ルナの目は虚空を見つめて、虚ろ気味になっている。


 「ざまぁみろだ。お前は俺の死を引きずりながら、これから先、生きていくんだ。お前はなるべく苦しんで苦しみ抜いて死ぬんだ」


 私はその言葉を深く胸に刻んだ。この言葉がどれだけ重い物であるか理解した。間違いなくこの言葉は私の人生の足かせとなり、苦しませる物だろう。

 けれどそれが良い。

 それが私の罰だ。


 「うん、そうだよ。私は沢山、沢山、苦しみ抜いて死ぬんだ。だからちゃんとそっちで待っていて」

 

 デモンズが目を閉じ僅かに握り返した。


 「約束だぞ?今度はちゃんと来いよ」


 ルナはそう言った後、すぐに呼吸が聞こえなくなった。

 眠った彼を置いて、私はぷにるを抱えてゆっくりその場を離れた。遠くの方から箒に乗った騎士団が来ているのが見える。

 私は彼らに見えないよう細心の注意を払って、逃げた。

 あそこにいたら、色々聞かれて面倒だ。


 傷ついた身体を引きずって、私は適当な所で座り込んだ。

 痛みと疲労で満身創痍といった状態だ。

 空を見上げれば、騎士たちが魔物たちを薙ぎ払っていっている。


 結局、世界を救うのは私ではなく、彼らのような大勢の勇気ある人なんだな。と勝手に考えた。

 身体に応急処置魔術をかけ、少し痛みが和らいだので私は自宅に向かった。

 何故、そうしたのかは分からないが何か引き寄せられるように向かっていった。


 私は自宅に戻る事に成功した。幸いにも家は魔物たちの脅威から逃れていた。

 棚の引き出しを開けると、ルナがくれた横笛があった。

 床にはあの蝙蝠ドローンが、落ちている。


 それを見て、何が起きたのか理解した。ルナが返しに来てくれたんだ。


 「遺品に、なっちゃたな」


 私は静かにそう言うと、窓の外を見た。まだ戦いは続いている。ルナの連れてきた魔物たちは、各地で暴れている。それを見た私は横笛を口に着けた。

 それは笛の力でどうこうしようとした訳ではなく、ただこの戦いの喧騒から、笛の音で少しでも私自身から遠ざけたかったから。


 笛から、流れ出る優しい響きは私を包み、その音色は家の外にまで届いているようだった。

 荒んだ心が穏やかになっていくのを感じた。どれくらい吹いていたか、5分か10分か。或いはもっと長いかもしれない。


 笛を口から離すと周りが静かなのに気づいた。

 外を見ると、魔物がいなくなっている事に気づく。

 まだ遠くの方に若干残っているが、少なくとも都市部からは退いている。


 遠くの方に縦笛が合体した蝙蝠ドローンが見えた。瞬間、私は気づいて、横笛を口に着け吹いてみる。

 すると、ドローンから横笛のメロディーが聞こえてきた。

 その曲が響くと、周りに漂っていた魔物たちは、次々に逃げていく。


 しかも各地に残るドローン一体一体が、曲を流している。しかも、ドローンたちは、街に追い込まないよう、自動で編隊を組んで、被害が及ばないよう遠ざけているのだ。


 私はその事に気づいて夢中になって吹いた。

 力の限り、吹いていく。どこかで爆破音、戦闘音が聞こえる。やはり、この事を知らない騎士団員たちがドローンや魔物に攻撃を仕掛けているのだろう。ただ、それでも私は吹いていた。決してこの曲が止まらないように。


 しばらくすると、曲はもう聞こえなくなっていた。

 笛をいくら吹いても何も響きはしない。

 笛を口から離して、息を深く吸い込む。


 その場で私は寝ころんだ。

 身体に圧し掛かる疲労を感じる。


 あまりに多くの事が起きすぎて私の脳では処理しきれない。

 停滞する脳内思考でも理解出来る事が一つある。

 ドローンが魔物を国外へと引っ張っていったあれ。


 (ルナはこの状況を想定していた?自滅的思考に走っていたルナが?もしかして…。最初からどこかでやめようと?いや、私がルナを倒したあの時にプログラムを書き換えたのか?最後の最後に私や国を思って…)


 ありえない話ではない。死に行く時にドローンのプログラムを書き換えるぐらい、我が友人は出来るだろう。

 しかし窓の外に広がる燃え行く街を見ながら、私は首を横に振った。


 (いや、違うよな。きっと君は自分が魔物に襲われない為に、横笛の曲を用意していたんじゃないか?きっとそうだよな、ルナ?)


 答えてくれる声はなかったが、私は自分勝手に美談にするよりもそちらの方が良い気がした。友はこの国と私を呪いながら死んだ。それでよい。それを変えるつもりはない。


 私は起き上がり、痛みを堪えしばらくうずくまっていると、騎士の一人が窓の外から声をかけてくれた。

 彼は自宅に入ってきて、私に治療魔術をかけてくれた。

 痛みも和らいだ私は箒に乗せてもらって、避難所まで直行した。


 彼曰く、避難に遅れた人の救助をやっていたらしい。

 何故、そんな恰好をしているのかと聞かれたが、私は上手く答えれなかった。


 避難所の地下シェルターに移動した私は、10時間ほどそこで過ごした。医師から本格的な治療魔術をかけてもらった。全治3カ月と言われた。でも、龍の力を使ったらもっと早く治るかもしれない。

 いずれにしても今は使えないけれど。


 しばらくして、魔物が全て駆除されたと知らせを受けた。

 10時間ぶりに出た外は悲惨の一言だ。

 結界は戻っているものの、景色のほとんどが変わり果てていた。

 浮かんでいた建物のほとんどは落ち、地上にあった建物も建物が落下してきた影響でつぶれている。


 子どもの「お家どこいっちゃたの?」と泣きじゃくる声がこだました。

 それはここにいる全ての人が言いたい言葉だ。老人も若者も、親も子どもも、病人も怪我人も。みんな絶望的な顔をしていた。

 勝ったから終わりではない。始まりだとその場にいる全ての人が認識していた。

 

 魔物たちが残した傷跡。それがどれだけの規模かは分からないが、治るまで時間がかかるだろう。

 その最中、治安が悪くなる事も予想しやすい。

 この後、何をすべきか私の中で答えは出ていた。

 私は拳を強く握りしめた。


 そしてあれから一カ月経った。


 横笛を懐にしまい学園に出かけた。

 今日から、また学園生活だ。

 学園はあれから正常に機能し始めた。


 私たちの学園は元より国民を魔物の脅威から守る為にある。むしろこんな時だから、みんなあちこちで忙しく動いていた。

 教員から、あの日の戦いについて説明を聞かされる。

 騎士団がドローンを破壊し、統率を失った魔物。

 我が校の先輩で、魔道具班きっての天才が結界に代わる新たな魔物除け装置を動かしたらしい。


 そう言えば以前、ルナが教えてくれたっけ。

 とんでもない先輩が結界代わりのすごい発明をしたとか。

 まだ調整が必要な代物だったそうだが、あの戦いの最中で間に合わせたそうだ。

 すごい先輩だ。


 魔物除け装置装置と騎士団の活躍で魔物は倒した。

 でも、全てはこれからなんだ。今はどこも人手不足。私たち魔物研究班もあの戦いで、新種の魔物が発見されたのでその研究をしなくてはならない。

 

 教員の説明が終わった後、私も魔物研究をするべく教室を移動していた。

 その途中廊下で彼女とすれ違った。

 まずはあのパーティーの日に遅れた事を謝った。

 でもあまり話せなかった。彼女も復興支援で忙しいらしい。


 「またな。遊びにでも誘ってくれよ」


 心なしか力なく冗談を言う彼女の顔は疲れがにじんでいた。

 私はまたね、と言えなかった。元々仲良くなかった彼女との関係だが、あのパーティー以来、更に微妙になった。

 でも、距離をとれて良いと思う。

 もう、多分あんまり会わない方が良い。


 私は頭に襲い来るゼリーのような感触によって意識が覚醒した。家に帰ってきてから眠っていたようだ。

 最初に私が知覚したのは、我が家の天井だ。

 天井には空中菜園がいくつも紐でぶら下がっている、全て私の趣味だ。

 

 「知らない天井だ…。なんてね」


 悪癖である独り言を口にしつつ、頭にのっかるゼリーのような感触に手をやった。


 「ぷにる~、なんだよ。帰ってきたばかりだろう。もう少し寝かせてくれ」

 

 私は沈んだ声を出しながら、感触の正体を優しく撫でる。

 感触の正体は、私のペットである水色の丸っこいボディーが特徴的な魔物、スライムだ。

 スライムであるぷにるは、しゃべる事は出来ない。ただぷにるの言いたい事もなんとなく最近は分かってきた。ぷにるが少し身体を震わせている。


「ん…?そうか、よし見てみよう」


 私は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。周囲の景色が全て見通せる。この街全体。更に遠くの方まで私には分かるのだ。あちこちで何が起きているのか触れるように私には理解出来る。

 龍の力だ。力も回復し、いつも通り使う事が出来る。

 力を使い、街を見ていると、遠くの方で何者かが暴れているのが見えた。銀行に二人組が押し入り、銀行員を脅している。


 「銀行強盗か」


 私はハンモックから飛び起き、身支度する。恰好が制服だとマズイので私服に着替えた。

 ぷにるが私の手を離れ、袋をもってきてくれる。そうだ出る前に友人たちに挨拶しよう。


 「おはよ~デイリー、モイジー、マイピー、調子どう?」


 私は、目の前に並ぶ三つのキノコに話しかけながら、受け取った袋から粉をふりかけた。時間がないので日課の世間話はなしだ。


 キノコに粉を振りかけ終わると棚に置いてあるクルストの茎と、鬼蜂たちの羽に話しかける。全てあの日の戦いの後、こっそり回収した残骸だ。


 「やぁ、クルスト。今日も頑張ってくるよ。ルリーポ、マルダ、メンべ、スイミン、ラーメン、チャーハン。ごめんね、みんなの命を使い潰して。代わりに私の命を使い潰すから」


 挨拶を終え、私は棚にぎっしりと詰まれた箱を見渡した。これら一つ一つに私の収集品が入っている。ぷにるがリストを投げ渡してくるので、それを受け取り素早く確認。


 「鉄火石が少ないなぁ。やっぱり爆破系は沢山ほしい。鬼蜂は危険すぎるからもう使えないから、代わりになる奴を探さないとな。ビリビリ虫も役に立つかもなよし、確認オッケー…」


 淡々と確認し終えた私は、机に散らかされた書類や何やらを横にやりフルーツバスケットからリンゴを取り出しかぶりついた。。


 私はさっきと別の棚に並べられた、ひょうたんのような形をした手のひらサイズの壺を一つ取り出した。


 「…あっと、そうだそうだ、忘れる所だった」


 私は一旦戻ると、棚に置いてある遺影に手を合わせた。


 「父さん、母さん、いってきます…」


 今はもう亡き両親に挨拶を終えたら急いで玄関を出た。

 眼下に広がるは、見慣れたくない光景。

 いつも見ていた景色。

  地上から50メートルぐらいは浮かぶ建物。

 煉瓦と木材で作られた建物一つ一つが空中に浮かび、そしてその建物の間をつなぐ橋。上下左右あちこちに所狭しと建物が浮かぶ。もう懐かしいとすら感じる。

 その建物を行きかうのは絨毯やら、箒にまたがる人々。


 いつも挨拶してくれる陽気なおばちゃんも、あの時、ぶつかりそうになったおじさんも。いつもやかましい煙のニュース映像も。


 もうない。ここにはない。


 浮かんでいる建物は少なく、橋もない。箒で行きかう人もいるがみんな暗い表情をしている。住む家を働く職場を奪われ、生きる事も難しいのだ。


 数日前ならありえなかったこの光景に心が沈む。

 でももたもたしている暇はない。


 玄関の扉をしめカギを掛けたら、傍に立てかけてある箒の盗難防止用のチェーンを外し、それにまたがる。

 箒に跨ると、柄の部分に壺の注ぎ口を下にしてペットボトルの蓋のように回して取り付ける。

 柄の部分のグリップハンドルを手早く回す。

 壺の中に入った緑色をした何かが強く光り、私は空に舞い上がった。


 そのまま東に向かって30分ほど飛んでいると目的の場所に到着した。

 空、真下に見える銀行。あの戦いで数少ないながらに残った建物の一つ。

 私は横笛の入った懐を握り締める。


 あの時、龍に出会った時、龍は私に言った。

 その力を巡って争いが起きる可能性を。それでも、私は戦わねばならない。

 その果てに行きつくのが混沌とした戦場でも。友の声に従い、私は為さなければいけない。

 最後の約束を守る為に。

 

 「見ていてくれ、ルナ」


 私は重苦しい空気を押し出すように、亡き友に願う。

 息を大きく吸い込み、空に向かって呪文を叫ぶ。


 「ドラグゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンン!!」


 身体全身から緑色の光が迸り、身体が変化していく。

 肌色は緑色に、爪は伸び、全身は鱗を纏い、頭には二本の角。

 

 その姿は龍人そのものだ。前回の変身と違う点は、衣服が残っているという所だろう。あの日以来、こっそり練習して衣服が残るよう訓練していたのだ。

 全身が変わった事を確認した私は、箒から真っ逆さまに飛び降りた。


 地面がどんどん近くなる。

 なのに、心臓は平時と変わらず動いていた。

 


 

 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

 

 


 

 

 


 


 


 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

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龍戦士・ドラグウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウンンン!!! サマリノ @samarino99

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