やきとりのおんがえし
なごやういろう
第1話 やきとりのおんがえし
「おんがえしにきました! 私は昨日あなたに食べて頂いた焼き鳥です!」
出し抜けにそう告げられ即座に玄関のドアを閉め鍵をかける。春は怖い。
「なんでドア閉めるんですか!? 開けてくださいよ!!」
けたたましくドアを叩きながらそれに負けない声量で文句を言っている外の生き物をどうしたものかと寝起きの頭をなんとか動かす。気の短い隣家から壁を叩かれる前になんとかしたいがあからさまな危険人物とは関わり合いになりたくない。こんな時こそポリスメンの力を借りるべきとスマホに手を伸ばす。
「昨日、私のこと好き勝手に食べておいて無視するんですか!!」
とんでもない誤解を生みそうなことを言い出した少女をドアを開けて玄関に入れる。……はめられた。
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「ですからおんがえしにきたんですよ」
玄関に入れてしまったと思っているうちに「立ち話もなんですから」とするりと上がり込み勝手に座布団の上におさまっていた少女は切り出す。
「おんがえしって言われても俺には君が誰かも分からないんだけど?」
見た目の年の頃はどう見ても成人しているようには見えない。ジーンズにパーカーでラフな格好もあるが顔付きもせいぜい高校生だ。黙っていればかわいらしい顔立ちに見えなくもないが言動がすべてを台無しにしている。
「私たち鳥業界ではお世話になった人におんがえしをするのが昔から鉄板なんですよ。私は鉄板焼きじゃなくて炭火焼きでしたけど、フフッ」
こたつテーブルを挟んだ反対側に座る少女は自分で言ったつまらない冗談にくすくすと笑う。朝から疲れるので勘弁して欲しい。だいたい鳥業界ってなんだ。
「昨日食べた焼き鳥だって言うのならどうしてそれが恩返しになるんだ。それに鳥の姿の霊になるとかじゃなくてなんで女の子になってるの」
「それは簡単な理由で私もともと女です。あと死んだ時に魂的なアレになるんですが『怨返ししたい!』て呪っ……じゃない、願ってると波長の合う人になれるんです」
こいつさらっと呪うって言いかけなかったか?
「怨返しってそっちかよ。そもそもなれるってどういうことだ」
「ううん、なんと言えばいいんでしょう。乗り移るというか、部分的に上書きというか、混ざり合うというか、なんかそんな感じです」
なにそれこわい。
「頭痛くなってきたな……」
「昨日みたいな飲み過ぎは体によくありませんよ」
二日酔いで頭痛がするわけではないのだが、どうして彼女は俺が昨日酒を飲み過ぎたことを知っているのか。
「君が、ああ名前をそもそも聞いていなかったか。名前はなんて言うの?」
「名古屋コーチンでしたのでコーちゃんでもいいですけど、世を忍ぶ仮の名前は山田小鳥ですのでやっぱりコーちゃんでいいですよ」
頭のネジがだいぶ飛んだ物言いをする少女ではあるが名前は案外普通である。
「じゃあね山田さん……」
声をかけるが名字で呼ばれるのは大層お気に召さなかったようで口をとがらせてそっぽを向かれた。鳥業界はどうだか知らないが山田業界ではいろいろあるのだろう。
「分かった分かった。じゃあね小鳥さん」
「はい。なんでしょう」
コーちゃん推しではあったが名前で呼ばれる分には名字のようなことはないようだ。
「結局小鳥さんはどんな怨返しをしに来たの?」
「……やっぱり昨夜は酔っていて覚えていないんですね」
露骨にしょんぼりとされると昨日の俺はなにをしたんだと不安になる。いつもの焼き鳥屋で上司の無茶振りへの愚痴を肴にしっかり酔う程度に飲んだ後は家に帰ってすぐさま寝たことしか覚えていない。なにかこの小鳥という少女に怨まれるようなことをしてしまったのだろうか?
「昨夜あなたに助けて頂いたんです。本当にありがとうございます」
先程までの傍若無人ぶりはどこへやら。急にしおらしくなって深々と頭を下げる小鳥。
「どうしてもお礼を言いたくて。でもすごく嬉しかったからお礼を言って『はい。サヨナラ』じゃなくてお話したかったんです。怨返しっていうのは話を聞いてもらう方便です」
「まあどう助けたのかさっぱり覚えてないけど気にしなくていいよ」
「……もう少しだけお話してもらえますか?」
「いいよいいよ」
おずおずと聞いてきた小鳥の顔がパッと明るくなる。
「じゃあ焼き鳥だのなんだのは作り話だったのか。そりゃそうか」
当たり前といえば当たり前のことであるし、またこの娘に怨まれるようなことをしていなかったことにホッとする俺に小鳥はにっこりと笑いながら言うのだった。
「さあ? 私、鳥頭だからよく憶えていませんね」
やきとりのおんがえし なごやういろう @uirou758
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