【KAC20226】 野田家の人々:焼き鳥が登場する物語
江田 吏来
第6話 焼き鳥が登場する物語
俺は熱弁をふるっていた。
「いいか、弟よ。人類はこのままではいけない。望むものを手に入れようとする欲望と、疎ましいものを排除したい衝動が、世界に争いをもたらしているのだ。己の幸福のみを追求せずに、痛みを共有して、共に支えあわねばならない」
「……意味がわからん」
「はあー、情けない。よく聞け、酔っ払ったオトンが、焼き鳥を買ってきた。何本ある?」
「五本」
「オカンはダイエット中だから食わない」
「だから、三本と二本にわけてるだろ」
弟はイライラした様子で五本の焼き鳥を二つの皿に移している。そして二本入った皿を俺の前に置いた。
「兄貴はじゃんけんで負けた。三本食うのはオレだ」
絶対に勝ちたいじゃんけんだったが、負けてしまう。普段のじゃんけんなら負け知らずなのに、大事な場面ではいつも負ける。
「自分だけよければ、それでいいのか? 貴様には思いやりという言葉はないのかッ!」
アホらしいと言いたげな面持ちで、弟は容赦なく焼き鳥を食おうとした。
「待て、待て、待て! こうしよう」
俺は焼き鳥を串から外して、ネギと肉にわける。
「なにすんだよッ。串穴から肉汁が漏れて、鶏のうまみが逃げるだろ」
「まあ、落ち着けって。どうせ冷めた焼き鳥だ。固くなって肉汁も逃げないって。ほら、食え」
ネギだけの皿を弟に差し出した。
「殴っていいか?」
「……冗談だ。この串から外れた焼き鳥に酒をふるだろう」
「それ、オトンの大吟醸。高い酒だから怒られるぞ」
「ほんの少しだけだ。ほら、こいつにゆるくラップして、電子レンジに。頼んだぞ」
「面倒くさい」
「冷めて固くなった焼き鳥も酒をふって温めたら、ふんわり、やわらかジューシーに生き返るんだよ。その間に俺は」
小さなフライパンにめんつゆと水を入れて火にかけた。
煮立ったら、電子レンジで温めた焼き鳥とネギを加えて、溶きほぐした卵を回し入れる。
あとは熱々のご飯の上にのせて完成だ。
「ほらできた。焼き鳥をリメイクした親子丼だぞ」
「おおぉ、いいにおい。卵もトロトロでうまそうだな。兄貴、料理好きなんか?」
「女にモテるためなら、なんでもする!」
「何もできない男のほうが「私がやってあげなきゃ!」って母性本能をくすぐるらしいけど?」
「なんだって!?」
男が料理をしている姿は珍しく、魅力的に見えるとゼミの女の子が話していた。
真剣なまなざしで食材を切ったり、手際よくこなしたりする姿に惚れると言っていたのに。
全部、ウソなのか?
「あら、いいにおいがするね」
オカンがにおいに釣られてやってきた。
「焼き鳥をリメイクした親子丼、オカンも食べる?」
どうせダイエット中だから食わないだろう。そう思っていたのに、オカンはうまそうに食ってる弟をチラッと見て「ちょうだい」と。
「え、食うの? ダイエット中じゃ」
「一口でいいから」
「…………」
この言葉を
「お、いいにおいがするな」
酔っ払って寝ていたオトンまでやってきた。
すると弟はとんでもない早さで親子丼をかっくらいはじめた。オカンはすぐさま手をあわせて「いただきます」と。
ふたりとも、親子丼をオトンにわけるというやさしさを持っていないようだ。
もちろん、この俺にもそのようなやさしさはない。
「親子丼はもう売り切れた。残ってないから」
「おれが買ってきた焼き鳥なのに?」
「あっ……」
そういえば、そうだった。
「兄貴、己の幸福のみを追求せずに、食べ物は分け与えるだっけ? さっきなんか言ってたよな」
分け与えるなど言っていない。
弟め、都合よく言葉を変換しやがった。
「あら、そうなの? さすがお兄ちゃん、偉いわねー」
「素晴らしい! 我が息子よ、立派に育ったなー」
褒められると、悪い気はしない。
俺は無言で親子丼をオトンに差し出した。
こんなことになるなら、焼き鳥二本で我慢すればよかった。
焼き鳥も親子丼も食えなかった俺は、心のノートに刻み込む。
全てを欲した結果、全てを失う。
欲張りもほどほどに……と。
【KAC20226】 野田家の人々:焼き鳥が登場する物語 江田 吏来 @dariku
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