【KAC20226】とある焼き鳥の思い出

狐月 耀藍

とある焼き鳥の思い出

 あなたはもう、忘れたかしら。私の存在を。

 あの子をついに抜き去った私を、あなたはことのほか喜んで。

 私をあなたの部屋に迎え入れてくれた、あの夜。


 私を生まれたままの姿にして、そっと、こわれものを扱うように、私を包み込んでくれた。あなたの手のぬくもりを、私のからだに滑らせる指の感触を、私は今でもはっきりと思い出せる。


 あなたに激しく求められて、全身を火照らせながら、けれどもあなたの求めに応えたくて。あんなに熱く体を火照らせて悶えた夜は、あの時が初めてだった。


 うれしかった、あなたの求めに応えられることが。


 そして、初めての夜で、初めての刺激に、私はイッてしまった。

 達してしまったのだ。

 生まれて初めての、その熱い夜に。


 そして、忘れられた。

 男の人って、手に入れたものにはすぐ興味をなくすって、本当だったのね。


 でも、捨てられてもいないということは、わたしは、あなたにとって――


 そう、思ったときだった。



  ―― ◆ ◇ ◆ ――



 押し入れに眠っていたそのパーツを、俺はひさびさに取り出した。

 二度と動かない、ThunderbirdサンダーバードコアのAthlon 1GHz。


 あの頃の自作PCはアツかった。IntelとAMDのギガヘルツ競争は、今から思えば滑稽だったが、それでも互換CPUとして後塵を拝してきたAMDが先に1GHzの壁を破った――それは本当に痛快だった。


 そして、そいつを迎えたあの夜、あの時、突然ブラックアウトしたモニタ。

 あのころのCPUには、今のように、焼損防止のためのクロックダウンとか強制シャットダウン機能とかがなかった。


 調子に乗ってオーバークロックしすぎて、焼損してしまった――通称「焼き鳥」。もしかしたらコア欠けを恐れるあまり、CPUクーラーの取り付けが甘かったのもあったかもしれない。

 いずれにせよ、高価なCPUが一瞬で逝ってしまった、泣くに泣けないあの衝撃も、今となっては懐かしい。


 あの頃のクロック至上主義、バランスよりも尖った能力をもてはやす狂騒は、今、思い返せばバカバカしいこだわりだった。

 でも、1MHzでも早く――それがあの当時の楽しさだった。液体窒素で強引に、なんて話もあった。


 もちろん、いまだってこだわってる人はいる。今には今の楽しさがあるだろう。

 俺はもう、そういった狂騒に加わる体力も気力もなくなったけれど、でもあの頃――thunderbirdを「焼き鳥」にしてしまった頃の熱情は、懐かしさと共に、時々思い出すのだ。


 バカだった、けれど最高に楽しかった、あの頃を。

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