生かすも殺すも
染井雪乃
生かすも殺すも
ふとすれ違っただけでも、目が離せなくなる。そういうデザインが世の中にはある。
シンプルなデザインで、だからこそ、身につける人間がセンス良く他の服と合わせなければならない。そんなピアスだった。
多くのデザインやアートが集結するイベントの一角で、その青年は静かに自分のブースに座っていた。着ているものも、ブースの雰囲気と合わせてか、簡素なデザインだ。ごちゃごちゃしていない、というか。
「あの、これ作った人って」
「俺ですよ」
何か気になることがおありですか、と問うてくる瞳は自信に満ちていた。そして、この顔立ちには、覚えがあった。
自分の作品に自信のある人間は、好ましい。凪は、この時点で彼を飲みに誘うことに決めた。
ざわざわとしていて、音が聴き取りにくいので、こういったイベントは避けていたが、そうも言っていられないと無理に来てみて、本当によかった。
「あ、席は俺の左にしてくれる?」
訝しげにしながらも、彼は凪の言葉に従った。
「右耳、ほぼ聴こえないんだよね」
「えっそうなんですか。会場、きつくなかったですか」
「多少きついけど、まああれもいい機会だしね」
凪はぼんやりとメニュー表を眺めて、注文を決めた。
「注文決まった?」
「はい」
それじゃあ、と言う前に、凪を気遣ってか、彼が頼んでくれる。
「糸川さんのが、焼き鳥盛り合わせと、マルゲリータともち明太と、ビールで、俺がウーロンハイと、牛ハラミごはん、で、お願いします」
にこやかに店員が注文を繰り返し、去っていった。
「糸川さんって結構食べるんですね」
「そうかな。会場で疲れたってのもあるから今日は多めに頼んだけど。そうだ、これ、俺の名刺」
NAGI ITOKAWAと書かれた名刺を手渡す。彼も名刺を差し出してきたので、受け取って名前を見た。
「へえ、学生なんだ」
素直に驚いた。あのデザインは学生の域ではないだろうと思っていたからだ。
「ようやくお酒飲めるようになったくらいですね」
「ふうん。それで、遠野君は何でデザインやってるの? 俺は視覚に訴えかけるデザインそのもののありかたにはまった、みたいな感じで今に至るんだけど」
遠野鋼は、凪の言葉を聞いて、さらっと言った。
「俺は、身近に素材いいのがいたんですよ。兄なんですけど」
その兄に心当たりがあると言いたくなかったので、凪は、「お兄さんいるんだ」と当たり障りない反応をする。
「いますよ。何だっけ、理系で、物理だったかな、今大学院生やってるんだけど、ファッションセンス皆無っていうか、興味なし、みたいな人で」
遠野
「顔はいいし、何着てもまあ映えるんですけど、自分で服選ぶのも面倒くさがるし、選ばせたら選ばせたで、漫画に出てくる理系男子かよってくらいひどいから、兄の私服って、俺が選んでるんですけど」
遠野、全身弟にコーディネートされてたのか。
「本当に、顔はいいんですよ。でも、本人がまったくファッションに興味なくて。まあ好みとかないから、俺が着せてみたい物だいたい着てくれるんでやりやすいんですけどね」
「お兄さん、そんなにファッションに興味がないんだ……」
「何着ていくか考えるのが面倒くさいってぼやいてたから、一週間の服装×春夏秋冬のセット作ったらその通りに着てます。だからまあ、好きにいろいろ着せられるモデルが一人確保できてる、みたいな感じなんですよ」
遠野、一人暮らしも余裕でできるし、みたいな顔して、弟に服選び頼りきりなのか。おもしろいな。
「元々俺は、ファッションとか興味そこまでなかったけど、人に着せるのが楽しくて、自分が着るのには興味ないだけだったんです」
「たまにいるよね。そういう人。俺は自分で着るのが一番楽しいけど」
「糸川さんも素材いいし、いろいろ着てもらいたい気します。本当、いい素材を生かすも殺すも、俺の腕次第って思ったら楽しくなります」
晴れ晴れとした顔で語る遠野鋼の将来が、楽しみになった。
「お兄さんと仲いいんだ」
「仲いいっていうか、お互い喧嘩する理由もないから喧嘩しないって感じです。喧嘩はしないけど、たまに理系の常識で喋るのはやめてほしいかな」
笑って、遠野鋼は店員の持ってきた、焼き鳥をはじめとした凪の食事を受け取ってテーブルに並べていく。
「あ、ありがとう」
「糸川さん、本当に量食べますね」
「お腹すいてるし。そっちこそ、イベントの最中そんな食べれなかっただろうに、それだけでいいの?」
「あ~、俺は少食らしいんですよね」
凪に遠慮してということではないのだろうか。わからないが、聞くに聞けない。
人に着せるのが楽しくて、自分が着ることには興味ないという遠野鋼が割とおもしろくて、凪は楽しくなってしまった。
「遠野君が作るものをこれからも見たいな。着せる側だけを楽しんでいるタイプのデザイナー、周りに少ないし、いいデザインするし」
「……糸川さんにそれ言われたら嬉しいですよ、本当に」
嬉しさが表情に出ている遠野鋼を、兄と違って可愛げのある子だなと眺めて、凪はビールを飲んだ。
(了)
生かすも殺すも 染井雪乃 @yukino_somei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
余白を綴る/染井雪乃
★37 エッセイ・ノンフィクション 連載中 188話
一人、黄泉路へ向かう/染井雪乃
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 7話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます