焼き鳥屋と犬

倉沢トモエ

焼き鳥屋と犬

 稽古の差入れには焼き鳥がよいのでは。ビールが届くのは決まったらしいし、と、昨日打ち合わせた通り、近所の店に買い出しに行った。夏。午後4時。


「こんばんはー」


 店は商店街の東の端にあり、飲むための座席はないが、表の通りに焼き上がりを待つ客のための長いベンチが1台、入口脇にあった。


「こんばんは」


 そこにいた先客は、近所に住んでいる人だろうか。年配の男性で、膝の上にシーズーがいる。


「お先に、どうも」


 膝の犬が、ぬいぐるみのようにおとなしい。


 たれ30本、塩30本が焼き上がるまで、僕もベンチの隅で待つことにした。


「どうも」

「どうも」


 犬はやはりおとなしい。


「鶏肉の匂いの前に、おとなしいですね」


 貴族のような風格さえ感じる。


「なんでしょうねえ、食べ物の前だとカッコつけるんですねえ。仔犬の時からなんです」


 カッコつける。


 それをきっかけにひとつふたつ話したところ、この男性は単身赴任で、これから半年こちらに住むのだという。一昨日引っ越してきたばかりと。


「犬といっしょに」

「いえ。明日、妻といっしょにこの子だけ帰るんです」

「あ、じゃあ今、奥様がお家で焼き鳥待ってらっしゃるんですね」


 技術職であるために、引退したつもりが呼び出されたのだという。そういうこともあるのか。


「お若い方は、集まりですか」

「ええ」


 来週の町内会の盆踊りの練習を、うちのゼミ(郷土芸能)が手伝いをしている関係で、焼き鳥は差入れだと話した。


「みんな、理由つけて飲みたがりますから」

「ははは。暑いですからね」


 犬はその間もおとなしいのであった。

 名前は〈しいちゃん〉だそうだ。


「お待たせしました」


 先に男性の注文分が焼き上がり、


「では」


 と、とことこ歩くしいちゃんといっしょに帰って行った。


 * *


「練習……してない……」


 練習場所の河川敷では、町内会のおっさんとおばさんたち、僕らゼミ生と教授がブルーシートを敷いて歓談していた。


「あ、焼き鳥来た来た」

「打ち上げ、早くないですか?」

「まあ、今日はいいから、いいから」


 なんだか、前にもこんなことがあったような気がする。

 あ、去年の秋の芋煮会だ。

 宮城勢と山形勢とが争わないように、宮城風と山形風、ふたつの大鍋を河原で囲んで、何かというと、それを口実に昼からビールを飲むのである。芋煮会って、そんなものだったのかと、初めて知った。


「あ、飲めないっけ? ラムネあるよ、ラムネ」


 ラムネを渡され、ひとくち飲んで人心地ついた。なんだかんだ言って、西日が暑かった。


「去年の芋煮会も、矢吹くんラムネだったねえ」


 本郷が言うのだが、素面の人間がいて助かっただろう。なんで河原で芋煮会してるグループは、やたら川に飛び込みたがるんだ。うちのゼミだけではなく、見知らぬ人たちまで同じなので、戦慄した。


 それからしばらく談笑していたのだが、町内会メンバーの白鳥さんが、娘時代の盆踊りについて興味深い話をしていたその途中、


「あれ? なに? めんこい!」


 佐々木のおっさんが指をさして叫んだその先では。


 見覚えのあるシーズーが、長いリードが絡まりそうな勢いで、広い河川敷に興奮して走り回っていた。


「あ。しいちゃん」

「知ってるの?

 しいちゃーん!」


 佐々木のおっさんが呼ぶので、しいちゃんのそばにいた老夫婦が、こちらを向いて会釈した。


「どうも……」


 さっきの男性だ。奥様らしい女性も僕に気づいたみたいだぞ。ちょっと恥ずかしい。


 しいちゃんは、先ほどの落ち着きはなく、ひたすら走り回っていた。


「こちらで、どうですかー?」


 佐々木のおっさんの社交性には驚かされるのだが、とにかく僕らは、しいちゃんの、転がる毛玉のような様子にしばらくそのまま見とれていたのだった。かわいいな。

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焼き鳥屋と犬 倉沢トモエ @kisaragi_01

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