訳あり食堂のとろける焼き鳥

曇空 鈍縒

第1話

 ガラガラと建付けの悪い古びた引き戸が開けると、そこは居酒屋だ。


 ここは、夜の『訳あり食堂』。常連はほとんど明るい道を歩けない人たち。そんな人たちが酒を飲みにやってくるのが『訳あり食堂』の夜。


 どうぞごゆるりとお楽しみください。



「やってるか?」


 そう言いながら入ってきたのは、この店の常連の一人。近くの暴力団で勧誘をやっている太った男だった。


「やってるよ。看板かけといたはずだぞ」


 店主は男にそう返す。訳あり食堂の店主に喧嘩を売る暴力団はいない。この店で喧嘩する奴もいない。たとえ敵対している組のモンがいてもここでは仲良く酒を飲む。


 そんな夢のような状況を作れる程度には、彼は強かった。


 男は、カウンター席に座るとビールと焼き鳥を注文した。


「鹿肉のトロトロ串焼き、濃厚たれじゃなくていいのか?」


 店主は不思議そうにそう聞いた。この料理はこの店の看板メニューで、濃厚なたれと旨味のある肉が絡み合い、舌がとろけそうなほどおいしいのだ。


「今日はさっぱりいこうと思ってな」


 男はそう言うと、自慢の太鼓腹をたたいた。店主は、ビールをやめた方が効果的だぞと忠告したくなりましたが、しませんでした。


 店主はまずビールを男に渡した。男は、泡をすすりながら受け取る。この店で出しているのは店主の舌にかなう旨い泡を持ったビールだ。


 誰にも言っていないが、近くにある一見寂れた地ビールの店から大量に仕入れている。知られざる醸造所だ。


「ほんと。ここのビールは上手いな。どこで仕入れてんだ?」


 男が聞いてきた。ちなみに、男は飲むたびに聞いている。


「それ言ったら商売成り立たねよ」


 店主は男の心からの頼みを全力で突っぱねた。


 店主は焼き鳥に塩を振って炭火であぶった。肉の焼けるいい香りがあたりに満ちる。


「へい。おまち」


 店主はそう言うと、男に焼き鳥を出した。男は目を輝かせて、串をつまむとかぶりつく。


 ジューシーな鶏肉に塩見がきいて舌がとろけるような食べ応えだ。塩見はのどの渇きを誘い、旨味は酒に彩を添える。


 男はビールを飲みながら、焼き鳥を一心不乱に食べている。店主はその様子を見ながら、全然さっぱりいっていないじゃんと思ったが、口には出さなかった。



 立て付けの悪い引き戸を開けば、そこには食堂があります。

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訳あり食堂のとろける焼き鳥 曇空 鈍縒 @sora2021

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