居酒屋デート
平 遊
居酒屋デート
加奈子は今の彼、純一郎とはもう長い付き合いになる。
いずれは結婚するのではないか、なんてことも頭を掠めるくらい、純一郎と過ごす時間はとても居心地よく感じている。
一言で言えば、『気が合う』とでも言うのだろうか。
お互いに、30を超えたいい年をした、それなりに稼ぎもある2人ではあったが、
高級レストランよりは、居酒屋
チェーン店か否かには、全くこだわりはない
お天気が良い日などは、コンビニでつまみや酒類を買い込んで、昼間から広い公園でまったりと飲むことも好き
こんなところで意見がぴったり。
たのしい時間を2人で過ごすことができれば、それが一番幸せ。
値段にかかわらず、『おいしい』と思うものがあれば、尚良し。
お互いに、そんな考え方だった。
そんな2人だったから、たまには映画やテーマパークなどにも出かけるものの、普段のデートは専ら居酒屋。
インターネットの情報を参考に、新しいお店を開拓して楽しんでいた時期もあったが、今ではお気に入りのお店を順繰りに回っている方が多い。
そして大抵、つまみとして注文するものの中には、焼き鳥がある。
お気に入りの居酒屋の焼き鳥はどこも遜色無い味ではあったが、1店だけ、『本格炭火焼き鳥』を売りにしている店があり、やはりそこの焼き鳥の味は別格だった。
「ねぇ、今日あのラーメンが食べたい」
「いいね!」
デートの店は、待ち合わせた駅によって自動的に決まることもあれば、どちらかの食べたいもので決まることもある。
今日は、加奈子の希望で即決だ。
加奈子の希望は『本格炭火焼き鳥』を売りにしている店だった。
そこは、焼き鳥ももちろん絶品だが、締めに食べる白湯ラーメンもまた、絶品なのだ。
焼き鳥、と一口に言っても、種類は色々とある。
加奈子も純一郎も焼き鳥は好きだが、好みは微妙に異なる。
加奈子が注文するのはたいてい、『砂肝』『ハツ』『ささみわさび』『セセリ』『つくね』の中から3種程度。
純一郎が注文するのはたいてい、『皮』『ぼんじり』『焼き鳥(モモ)』『ねぎま』『手羽先』の中から3種程度。
加奈子と純一郎で3種ずつ、計6種を2本ずつ注文するため、かなりの量だ。
それでも、ビールと焼き鳥の相性は抜群で、注文した焼き鳥は瞬く間に2人の胃袋の中に収まってしまう。
焼き鳥で問題になる事は、実はいくつかある。
1.味付け問題
2.串外し問題
3.七味またはレモン問題
職場の飲み会などでは、これらの問題には加奈子は結構気を使っていた。
味付けは塩がいいのかタレにするのか。
運ばれて来た串料理は、串から外すべきか否か。
七味またはレモンはかけるべきか否か。
飲み会の場で気を使うと、酔えるものも酔えなくなる。
たとえ楽しい雰囲気の飲み会であっても、加奈子は気を遣わなければならない飲み会が苦手だった。
職場の飲み会ではなくても。
それがたとえ、親しい人-彼氏と2人の飲み会であったとしても。
好みが異なる場合、どうしても加奈子は相手の好みに寄せてしまう傾向があり、当然のことながら、そんな彼氏とは長く続く事はなかった。
純一郎は加奈子にとって、全てにおいて何の問題もない彼だった。
味付けは基本、お店のお勧めに任せる。どうしても塩、どうしてもタレ、と言う場合は申告するものの、それにしてもお互いに特に異論は無し。
串外しは、したい時はすればいいし、串のままガブリと行くのもまたよし。
七味またはレモンは、気が向いたら各自かければいい。
純一郎は、いつも言うのだ。
「加奈子がおいしそうに食べているのを見るのが好きなんだ」
と。
そしてそれは、加奈子とて同じ気持ちだった。
純一郎が楽しそうに笑っているのを見るのが好きだ、と。
「おー・・・・ラーメン、おいしそうっ!」
締めのラーメンは、既にお腹が膨らんでいる2人にとって、1杯を1人で完食するのは難しい量。
だからいつも、1杯を2人で分けて食べる。
お店側も心得てくれているため、器を2つに分けて提供してくれる。
なんとも優しい心遣いだ。
白く濁った鳥骨スープ。
そのスープがよく絡む中太縮れ麺を箸でゆっくり持ち上げると、立ち上る湯気の中で、麺に薄っすらと絡みついた油膜が、店内の光をキラキラと反射させる。
その香りに。そのビジュアルに。
腹9分目くらいまで満たされていても、食欲はいやでもそそられてしまう。
「おいしいねぇ」
一口食べて、加奈子は満面の笑みを浮かべる。
「うん、旨い!」
続いて一口食べた純一郎も、嬉しそうに笑う。
ビールと焼き鳥とラーメンを堪能した加奈子と純一郎は、お互いに突き出た腹を撫でて笑いあいながら、手を繋いでそれぞれの家へと帰る。
きっともうしばらくの後には、帰る家は一緒になるのだろう。
お互いに、そんな事を思いながら。
【終】
居酒屋デート 平 遊 @taira_yuu
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