仕事終わりはお腹が空くのぉ

ぬまちゃん

屋台の焼き鳥屋さん

「アンリミテッド・フラッシュ!」


 ハイトーンな掛け声と共に、彼女が振り下ろしたピンク色のスティックの先端にあるクリスタルからは、虹色の眩いばかりの光が異形の怪物に向かってほとばしる。


「うぐぉおお」


 異形の怪物はおどろおどろしい叫び声を上げながら霧状になって消えていく。


「はぁー、今回の魔物は結構強かったわね。久しぶりに時間がかかっちゃった。あとは被害に遭った方の手当てかな」


 魔物を退治した魔法少女は、魔物に襲われて道に倒れている人達に近づいてスティックを軽く振り回して、キラキラした粉をかけながら回復魔法をかけていく。


 そして、彼女は倒れた人達の意識が回復する前にその場を急いで離れてから魔法少女の変身を解く。


 * * *


 あーあ。今日は働きすぎちゃったかな。魔物ももう少し出て来る頻度減らして欲しいわ。もうチョット学生の身になってて欲しいわよね。ヤマカンだけじゃ成績なんか維持出来ないんだから、もー。


 魔法少女の変身を解いた彼女はショーウィンドウのガラスに映る姿を見て、制服のスカートのヒダをパタパタとはたきながら身支度を整える。そして学生らしく明日の試験の事を考えて口をすぼめて愚痴をこぼす。


 さっきお婆ちゃんの家で食べた夕ご飯、もうお腹に残ってないわ。お腹がペコペコ。どーしようかな。今日はお婆ちゃんの家で夕ご飯食べるってお母さんに言っちゃったから家に帰ってもワタシの分の夕ご飯ないんだろうし……。


 そう思って悩みながら表通りに出ると、屋台の焼き鳥屋が彼女の目に飛び込んで来た。焼き鳥屋の屋台には会社帰りのオジサンがお酒を飲みながら美味しそうに焼き鳥を摘んでいる。


 屋台のオッチャンがパタパタと叩く団扇から生み出される風は、焼き鳥の香ばしい匂いを彼女の鼻口に向かって流し込んで来る。

 彼女のお腹はその焼き鳥の美味しそうな匂いに敏感に反応してキュウーと可愛く鳴く。


 ああ、駄目よ。そんな買い食いなんて。しかもオジサンが食している屋台の席に同伴なんかしてしまったら。誰が見てるか分からないし、パパ活してるの? って悪い噂が広まってしまうわ。


 彼女は柱の陰から焼き鳥屋を見ながら、想像で赤くなった頬を両手で押さえてイヤイヤと身体を振る。


「おー! 野辺良さんじゃね? 今晩わー、何してるのそんな柱の影で」

「あ、あの。ちょっとお買い物、かな。そそ、そんな事より、角川君こそ、なんでここに?」


 クラスメートで隣の席の彼に変な場面を見られてしまった恥ずかしさでワタワタしながらも慌てて誤魔化す彼女。

 そんな彼女の振る舞いを見て不思議そうな気分になりながらも、彼女に会えた嬉しさに会話を続けようとする彼。


「あー、あそこの屋台。焼き鳥屋の屋台って俺のオヤジがやってるんだ。そろそろ夕飯だから俺が今から代わるんだわ」

「あ、そうなの。そ、そのね。実はスーパーで焼き鳥を買って来てってお母さんにお使い頼まれたんだけど売り切れちゃってて。それで、そこの屋台を見つけたの。だけど、お酒飲んでるオジサンが席に座ってるでしょ? 恥ずかしくて……」


 彼女は咄嗟にそんな嘘をついて、柱の影でフルフルしていた事を誤魔化そうとした。


 彼はそんな彼女の嘘に素直に納得して。

「あー、そんな事なら俺が何本か見繕ってくるからチョット待ってな。いつもテストのヤマ教えてもらってるからな。ソレぐらいお安い御用だぜ」


 彼はそう言うと大急ぎで屋台に行って、焼きたての美味しそうな焼き鳥を何本か詰めた袋を手に戻ってきた。


「はい、コレぐらいで良いだろ? 言っちゃあ何だけど、ウチの焼き鳥って結構評判なんだぜ。こ、こんど、もっと明るい時間帯に来れば酔っ払いとかもいないからさ。そ、そしたら、俺が焼いてやるから、さ」

「あ、あ、ありがとう。わ、分かったわ」


 彼女はやっとそこまで言うと、頭を90度まで下げて、彼から焼き鳥の入った袋を引ったくるようにしてその場所から大急ぎで離れた。


 よーし、このまま少し歩いて曲がった場所にある、灯りの点いてる公園のベンチで焼き鳥食べちゃおう。だってホラ、焼き鳥は焼き立てが美味しいって言うでしょう……


(了)



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