我輩は、焼き鳥である

マクスウェルの仔猫

第1話 名前は品名で言うならネギマ

 我輩は焼き鳥である。

 名前は無いが、品名で言うならネギマである。


 小粋な焼き鳥屋店主の絶妙な腕前、火加減によって大いに香ばしく炙られた我輩は、若い女性二人組の卓に運ばれていく。

 さあ、アツアツの我輩を堪能するがよいぞ。


 という意気込みで我輩が卓に置かれてから、かれこれ10分。横になってジッとしているうちに身体が冷え始めている無体な状況にヤキモキしている。


 ほぼ減っていないお通しの枝豆と、それだけは進む生ビールを、眼力の及ぶ限り睨みつける。だが女性陣は会話に忙しい様子で、我輩の不満も何のその。何と、再度生ビールを注文したではないか。


 ふと、我輩を差し置いて、この娘達は何の話に興じているのであろうか。それが気になり、娘達を見る。


 一人は、哀しげな表情を浮かべている。そしてもう一人は怒りの表情で捲し立てている。

 そんな表情では会話の内容が非常に気になるではないか。


 そして、我輩は、紳士である。レディファーストは紳士のダンディズム。


 もう5分だけ、娘達の様子を見てやることにした。その会話の流れで判断すればよい。


 どんなんかなどんなんかな〜?と思いつつ、聞き耳を立てる。


「五股で付き合うとかマジあり得なくない?何なのよソイツ!!」

「うん…」

「菜々、ちゃんと別れてきた?引っ叩いてきた?!」

「…泣いて帰って来るのが精一杯だった。私も気づくべきだったんだよ」

「アタシが張り倒してきてやるよ!」

しぃちゃん詩乃、待って落ち着いて」


 菜々と言う娘と五股で付き合っていたであろう男の話であった。何と凄まじい話ではないか。

 我輩も、溢れるダンディズムで娘達の引く手数多であった。だが五股はいけないだろう。菜々と言う娘に同情する。


 若い頃、店主に香ばしく炙られて店内外の娘達を魅了していた我輩もホトホト罪作りであった…と想い出していると、娘たちの会話が続いた。


「しぃちゃんがそうなると思ってしばらく黙ってたんだよ。スッゴい悔しくて悲しかったけど、自分の中ではもう区切りがついたから」

「そりゃそうなるだろ!…全く菜々はもう〜」

「えへ」


 吹っ切れたような菜々嬢の恥ずかしそうな笑顔は、冷えはじめた吾輩の体温を50℃位上げてしまうのではないかという魅力に溢れていた。


「…もしも!万が一!これからまた悲しい思いをする時は…そうなる前に声をかけてよね。一緒に怒って、悲しんで、泣こうよ。ちっさい頃からの付き合い、大親友でしょ?私はずっとそう思ってる」

「しぃちゃ〜ん…もちろん私も!これからもずっとずっと大親友!今回だけは、いろいろと黙っててごめんね」


 菜々嬢が、嬉し泣きの表情をして詩乃嬢に手を伸ばす。

 二人の間で、しっかりと手が握られ…乙女の友情、素晴らしいではないか!

 もし、その男と会う時があれば、我輩が乙女の恨みを晴らすのも一興である。全身を燃え滾らせ、葱の部分は溶岩の様に…と考えてる間に。


 我輩は二人の嬢の口元に運ばれていた。


 ああ!そんなに噛みしめたら!あふん!葱の汁が!汁が…あ、冷めているから熱くはないであろうな、テヘペロ♪などと考えている内に、我輩の意識は消失した。


 ●



 我輩は焼き鳥である。

 名前は無いが、品名で言うならネギマである。


 小粋な焼き鳥屋店主の絶妙な腕前、火加減によって大いに香ばしく炙られた我輩は、提供されるのを待つ。


 恍惚と炙られている間、カウンター席から男女の声が聞こえてきた。


「浩司さぁ、ホントにもう他に女いないんだよね。菜々とか言う女しつこそうだったし。調子にのんなって感じ!」

「恭子だけに決まってんじゃん!菜々は言い寄られてウザくてさぁ(嘘)…エッチどころかキスもできなかったし詩乃とか言うツレの女は冷てえし(小声)…でももう切れたからさ!」


 カウンター席では、妖怪大戦争の様な風体の男女が喧しく会話している。そういえば、菜々嬢と詩乃嬢はもはやここにはいないのであろうか…?


 話の内容からして、なるほど菜々嬢は確かに、先程までは見る目がなかったのであろう。このような会話を平気でするような男と誼を結ぶとは。


「ショッボイ焼き鳥屋だけどいっぱい食って嫌な事忘れようぜ!」

「取りあえず私、焼き鳥盛り合わせが食べたい!」

「おおー、恭子と俺はやっぱ気が合うねー!」


 ほぉん!これは千載一遇!

 店主、我輩の葱の部分を…おや?店主?熱い熱い我輩焦げちゃうの待って待って串燃えてる燃えてるでござ候!


 慌てて店主を見上げると、店主の口元がニヒルに歪んでいるではないか。

 どうやら、己が城をショボい呼ばわりされた店主と、狙いが一緒のようだ。これは愉快愉快。


「焼き鳥盛り合わせ、お待たせしやした」

「来たきた、遅えんだよ」

「ねー!もっと早く出してよ!」

「すいやせんでした」


 我輩を一本ずつ口に入れた男女の絶叫と共に、我輩の意識は消失していく。店主とイメージでハイタッチももちろん忘れてはいけない。あ、手に刺さないようにね。


 ネギマ生、また楽しからずや。


 ●


 我輩は焼き鳥である。

 名前は無いが、品名で言うならネギマである。


 小粋な焼き鳥屋店主の絶妙な腕前、火加減によって大いに香ばしく炙られた我輩は、提供されるのを待つ。


 む、そこな紳士淑女よ。

 我輩をジィッと見つめるのは何故なにゆえか?

 スマホと我輩を見比べるのはどうした事か。

 焼き鳥屋ではネギマなど、珍しくもなかろうに。


 さあ、アツアツのうちに、我輩を堪能するが良い。

 ふふふ。





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