長寿 ☆KAC20225☆

彩霞

長寿

 ピピッ、ピピッと、電子音が一定のリズムを取っていた。


 静かな部屋からはその音しか聞こえない。しかし窓が開いているお陰で、外からは風の音と柔らかな鳥のさえずりが聞こえて来る。


 リヒトは椅子に座って紙の本を読んでいたが、ふっと目を離し、この部屋の中央を陣取っている、卵型の大きなケースを見た。半透明なふたからのぞいて見えるのは、白いワンピースを着た一人の少女の眠っている姿である。


 リヒトは「もう少しで終わるだろうか……」と思いつつ、何気なく窓を見上げた。

 天井に備え付けられた丸い窓からは、程よく陽光が差し込み、人が必要な光を部屋に入れてくれる。


 ――心地いいな。


 そう思ったとき、リズムを刻んでいた電子音がピーっと鳴った。


 リヒトが「やっと終わった……」と呟くと、医師と看護師が穏やかな表情で部屋に入って来た。


「終わりましたか?」


 医師に問われたので、リヒトはうなずく。


「はい」

「じゃあ、起こしましょうか」


 そういうと、彼は卵型のケースについている電子キーボードを叩くと、蓋が自動的に開いていく。


「さあ、終わりましたよ、お姫さま」


 そう言われて、ケースの中で眠っていた少女がゆっくりを瞼を開ける。潤った瞳が、リヒトを捉え「おはよ」と呟いた。


「おはよう。先生、それで。どうでしたか?」


 リヒトが少女の代わりに尋ねると、医師はにっこりと笑った。


「健康そのものですね。問題ありません」

「よかった」


 安堵するリヒトに、少女はちょっと不機嫌そうな顔をする。


「リヒト、これ、ただの健康診断だから。それに私、まだ87歳よ?」

「分かってるって。今や平均年齢300歳の時代だもん。でも、毎年の健康診断はちゃんとしないと」

「健康診断っていっても、ここで寝ているだけだけどね。ふぁ~あ、よく寝たぁ」


 ミツキはそう言いながら、天井に向かってぐーっと腕を伸ばした。


「じゃあ、ミツキさん。あとは支度をして、お帰り下さい。お支払いはお手持ちの電子機器からでいいので」

「分かりました。ありがとうございます、先生」


 医師はミツキにお礼を言われて出て行こうとしたが、あることを思い出してくるりと振り返った。


「それと、今日がお誕生日じゃなかったですか? 88歳おめでとうございます」


 ミツキは困ったように笑うと「ありがと、先生」と言う。


「じゃあ、僕らも帰ろうか。皆、ミツキの誕生日パーティの準備を進めてる」

「今回はどこへ行くのかしら」

「火星って言ってたよ。新しいリゾートホテルが出来たから行きたいんだって」

「それ、私が行きたいところじゃないんだけど?」

「ははっ、そうかもね。でも、僕はミツキがいるところならどこでもいいよ」


 するとミツキは「仕方ないわね」と言って笑う。


「まあ、いいけど。行きましょう、リヒト」

「うん」


(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

長寿 ☆KAC20225☆ 彩霞 @Pleiades_Yuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ